この時期になると自分の卒業式を思い出す。袴を着て、友人たちとじゃあまたねと笑い合った卒業式。それももう1年前なんだなと思うと、寂しいものだ。花咲学園高校の校門近くに車を停めて、賑やかに別れを惜しむ生徒を眺める。今日は、万里と咲也くんの卒業式。卒業後、万里は美大の演劇科に咲也くんは演劇の道を極める事が決まった。あんなに演劇をなめていた万里が、演劇科に行くなんて聞いた時には流石に驚いた。けれどその反面、彼が成長したのだと思うと自分の事のように嬉しく思えてしまった。
 ふと、目立つ集団が目に入る。男女混合のグループで、学生時代のヒエラルキーを思い返せば1軍と呼べる人らだろう。多分、万里はあそこにいるな。腕を組んでそのグループを眺める。私は、万里の高校生活なんてそこまで知らない。だから、それが新鮮でもあり少しだけもどかしいような気もした。あれだけ社会適応力がある万里だ。大学生になれば、交友関係も広がり今以上に知り合いも仲の良い人も増えるのだろう。そうしたら、私みたいなただの会社員は忘れられてしまうかもしれない。あ、しかも、卒業したら毎週金曜日に来ることすらなくなるじゃん。「お疲れ、ミキさん」なんていつも待っていた姿を思い出す。それがなくなるのは、ちょっと寂しいかもしれない。

「ミキさん!」

 ふと感じる寂しさを抱いていると、聞き慣れた声があのグループから聞こえた。輪を抜けて駆け寄ってきたのは、案の定万里。ブレザーの胸についた花が、ヤンキーの万里には不釣り合いで少し笑ってしまう。

「卒業おめでとう」
「ありがと、ミキさんこういう時は素直なんだな」
「うるせえ、ガキ」

 相変わらず一言余計なんだよ、私は自分より幾分背の高い万里の頭を軽く叩く。今日は機嫌が良いのか、私に叩かれた万里は「いてえ」と一言だけでへらへらと笑った。まあ卒業式だし、そうなるよな。私も、万里の晴れの舞台に茶々を入れるつもりはない。釣られるように頬が緩んだ。その時不意に、ブレザーのボタンが付いていないことに気づく。誰かにあげたのかな、別に貰いたい訳じゃなかったけれども他の女の子に上げたのだと思うと少しだけ胸が痛んだ。いや、万里にとって私はカンパニーのおまけ程度。学生生活には、いないから。誰にあげたって、関係ないはずなのにね。

「あ、第二ボタン欲しい?」
「……え?」

 私は思わず万里の目を見る。どうやら私は、無意識に万里のブレザーを凝視していたよう。目が合った万里は、少しニヤついた顔で私を見ていた。恥ずかしくなって、私は目を逸らす。こいつの勘の鋭いところ、本当むかつく。

「ブレザー、もう付いてないじゃん」

 冷静を装って返した言葉は素っ気なく、なんだか拗ねたように出てしまった。それが更に私の羞恥心を駆り立たせる。いつも自分が万里にガキと罵っているのに、今日は自分がガキに思えてしまって恥ずかしい。けれど万里は、そんな私の葛藤を気にすることなく「実は」とポケットを漁りだした。

「ミキさんの為に、とっておいた」

 はい、と差し出す万里。私は、思わず万里の顔をもう一度見る。視界に写った万里は、照れたように笑っていた。

「俺が卒業した記念、貰って」

 第二ボタンは確か、大切な人を意味している。こいつはどういう意味で私の為に取っておいて、差し出してきたのだろう。そこまで意味を知ってるのかコイツは、そしたら私はその立ち位置なのだろうか。

「……ポーチに入れたら、良いことあったりする?」

 その手から受け取り、私は恥ずかしさを隠すような言葉が出る。

「ずっと持ってたら、俺のこと好きになっちゃうかもな」
「あ、じゃあやめとこう」
「冗談だって」

 笑う万里に対して、私はうまく顔を見ることの出来ないまま鞄からポーチを取り出した。そんな事冗談で言って、年上をからかうのが趣味なんだろうか。好きになっちゃう、何ていうのは分からないけれど万里がわざわざ私に第二ボタンを渡してきた事は嬉しい。多分今、緩みきってて変な顔になっている。

「ミキさん」

 不意に、万里が真剣な声色で私を呼ぶ。化粧品の沢山入ったポーチの中にそのボタンを入れ、緩んだ顔をぐっと引き締めて万里を見た。

「ん?」

 さっきまでの顔とは違い、真剣な表情を見せる万里。その顔に私は思わず、胸が高鳴った。不謹慎かもしれないけれど、顔が整ってるななんて余計な事を考えて冷静さを装った。

「大学生ってどんなんかわかんねえけど、これからは忙しくなるかもしんねえ」

 自分の大学生活を思い返す、授業の課題にアルバイト。自由な時間は多くても、やることは沢山あったな。そうか、そんな生活を万里は過ごすのか。友達も増えるから飲み会にも行って、私が金曜に寮に行っても帰ってこないこともあるだろう。そしたら、会える時間は減ってしまうんだ。

「でも、あと2年ほど経てば成人するし……ミキさんと一緒にお酒も飲める」

 少し私から視線を外して、万里は独り言を言うように口ごもる。私と真剣な話なんて滅多にしないものだから、恥ずかしいんだろうな。だって、私も今凄く恥ずかしいし。いつもは暴言で隠しているけれど、今回ばかりはそれでは誤魔化せられない気がして。

「だからさ、もうちょっとだけ待ってて欲しい」

 間を置いて、万里は私の目を力強く見つめる。その真剣な顔は、初めて会った秋より大人びて見えた。高校生って、一気に成長しちゃうんだな。

「ばっかじゃないの」

 待ってて欲しい、だなんて。毎週の金曜日に労ってくれるあの姿も、カンパニーの大人組と呑んで寝た私を介抱してくれる姿も、いずれは無くなってしまうと思っていた。むしろ私は、置いていかれると思っていたのに。

「これからも、私の愚痴に付き合ってよね」
「沢山甘やかしてやるよ」

 相変わらずの上から目線、いつもなら蹴りの一発かましてやりたいところだけれども。今は、嬉しさが勝っていた。私はここまで我慢して引き締めていた顔を緩め、万里に笑いかける。それを見た万里は、目を細めて笑った。



「あ!ミキさん!」
「咲也くん〜!おめでとう!」

 万里と話していると、駆け寄ってきたのは咲也くん。胸に花をつけて、満面の笑み。横にいる万里と違って、純粋無垢が似合うその姿。なんて可愛いの、私は思わず顔が綻んでしまう。

「迎えに来てくれて、ありがとうございます」

 丁寧にお辞儀をする咲也くん、私は思わず横にいる万里を見てしまった。「なんだよ」と状況が分からない万里に、小さくため息が出た。こいつ、私が車で送るなんて当たり前だと思ってるからな。毎週金曜日に職場まで来て、一緒に帰る習慣。そうだ、今日でそれも終わりだ。少しだけ抱く寂しさを顔に出さず、万里に「なんでもない」と笑う。

「じゃあ、帰ろっか」

 そう言って、私は先に車に乗り込む。「お願いします!」と咲也くんも、「ヨロ〜」と気だるげな返事の万里もそれぞれ車に乗り込んだ。エンジンをかけて、よし帰ろうとなった矢先。咲也くんが不思議そうに声を上げる。

「あれ、万里くん助手席なんだね!」

 その瞬間、横からぶつけたような鈍い音がした。
 何してんだ、ばか。


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