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ぶっ殺してやろうかと思った。
上司のミスが私に回ってきたのだ。電話越しで謝るのは私、直接会って罵倒を受けるのも私。上司を見ると、何食わぬ顔で私から目を逸らす。ふざけんなよ、自分のミスは自分で落とし前つけやがれ。理不尽な社会も2年目、さっさと辞めて玉の輿に乗りたい。
仕事を終えて、会社を足早で出る。こんなクソ会社、二度とくるものかと苛立ちつつも明日も仕事だという運命からは逃れられない。皮肉なものだ。死んでくれ。

「おつ〜、居ると思ってたんだよな」

不意に耳に入ったのは聞き慣れた声。そういやこいつが卒業してからは、ここでこの声を聞くことはなかったな。そう思いつつ視線を声の主へと合わせる。私の車、しかも運転席の方でもたれかかって居る万里は、私と目が合うと歯を見せて笑った。

「なんで居るの」
「せっかく来てやったのに酷くねえ?」
「来てくれ、だなんて頼んだ覚えないから」
「そうツンケンすんなって」

車のカギを開け、扉を開けるために万里を手で追い払う。素直に退いた万里は、しばらく私を見ると手を頭に乗せてきた。

「……なに」
「ミキさん、飯行こ」

見上げるとそこには、いつもより真面目な顔の万里。何を思っているのだろう。その瞳からすらも、全然読み取れなくて何だか腹が立つ。今日は疲れが最高潮だ。もう帰って寝たいのに、私は小さく頷いてしまっていた。

「ここ行きたかったんだよな〜」
「そうなんだ」

万里を助手席に乗せナビも万里に任せた結果、ついた場所は落ち着いた雰囲気のカフェ。ソファ席に案内された私たちは、一緒にメニューを見合っていた。このカフェは夜遅くまで営業しているらしく、お酒も飲めるらしい。夜の雰囲気に合わせて暗めの照明が私たちを照らす。明日が休みだったらお酒飲んでたのになあ。あ、でも万里はまだ未成年だし、その前に免許取ってないんだっけ。

「さっさと免許取ってくれれば良いのに」
「ん?なんか言った?」
「あー、いや」

メニューを見ていたはずなのに思考回路ぐちゃぐちゃの私は、思わず声に出していたらしい。大きな独り言に気づいた万里は、メニューから顔を上げて私と目を合わせる。私はなんとなく、目が合わせづらくて逸らしてしまった。退社するときに化粧直しすら諦めたものだから、顔は崩れている。こんな顔、万里に見せたくないのに。お願いだから、見ないで欲しい。

「決まった?」
「……うん」

私が小さく頷くと、万里は手を挙げ店員を呼ぶ。自分の注文をした後、「ミキさんは?」と言ってくるものだから指をさして代わりに頼んでもらう。いつもなら、私が率先して注文するものだから万里が注文をしているという光景だけでとても珍しい。もしかしたら気を遣わせてるのだろうか、私はちらりと彼を見る。水を飲んで、スマホをいじる姿はいつもの万里のはずだ。ああでも、いつもより少ないその生意気な口数。これは多分、私への気遣いからなっているものだろう。こんな年下に気を遣われるなんて、情けない。泣いてしまいそうだ。

「大学、どう?」
「んー、まあ普通かなぁ」

泣きそうになるのを堪え、私は万里に話を振る。そういえば、大学の話はまだ聞いていなかった。もう新しい友達なんて作っているのだろうか。万里の事だから、高校のように男女構わず仲良くなってるんだろうなあ。少し前に見た、卒業式での光景を思い出す。あそこにいたのは、万里の高校生活を知る者たち。それが何処か、羨ましかったことを覚えている。

「でもさ」

続く言葉に反応して、私は漸く顔を上げる。足を組み頬杖をつくという態度こそ悪いけれど、表情はどこかしら柔らかかった。

「ミキさんがいねえと、つまんねえな」

それは、あたかも私が日常生活の一部にいたかのような言葉。ほんの少しだけ、それも金曜日の放課後しか会うことなんてなかったのに。自分と同じように、万里にとっても当たり前となっていたのだと思い上がりそうだ。

「調子乗んじゃねえよ」
「乗ってねえよ、思ったこと言っただけじゃん」

緩みそうな唇を、ぎゅっと噛み締めて可愛げもない言葉をかける。本当可愛くない。こんなに毎日、メイクも態度も気を使っているのに。万里の前では天邪鬼になってしまう。うれしいに決まってるじゃん、でもそれを言葉にしたらこいつは確実に調子に乗る。負けた気がするものだから、それは嫌だ。私は、変なところで律儀に負けず嫌いを発揮するらしい。

「まあ私は、助手席に心置きなく荷物が置けて良いけどね」

いや、本当可愛くねえな。
けれど、その言葉に万里が顔を歪めるものだから笑ってしまう。死んでいた表情筋は、ちょっとだけ痛んだ。

「やっと笑ったな」

私を見る万里の瞳は、ライトに照らされて優しく感じた。


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