君を探して、君を追って
爆音で流される音楽、足元にまで響く重低音。暗くて狭い部屋には人がごった返し、楽しそうに曲に乗っている。手元のテキーラショットは挨拶のように飲み干され、気づけば継ぎ足されていた。2杯目も束の間向けられる携帯のカメラ、やめてよ盛れるわけないじゃん。バカのように笑いながら、ピースして2杯目を飲み干す。そんな事してるとタイミング良くやってくるナンパ。イケメン以外は興味ないんです、なんてふざけたこと言いつつもアルコールのお陰で会話は盛り上がってしまう。誰だったらいい?だなんて友人が囁く。はは、全員やだよ。私は苦笑いで答える。

「何やってんだろ」

私の呟きは、EDMの電子音で掻き消される。都会に憧れ地方から上京し、大学に入って3年目。大した信念も持つことなくふらふらと大学生を送っている私は、気付けば友人について行って遊びに暮れる毎日だ。楽しいから良いんだけれども、少し、時折少しだけ虚しくなる。

「ごめん!ちょっと行って来るね!」
「はいはい、いってらー」

男に肩を抱かれ、友人の1人はふらりと何処かへ行く。今日入ったクラブ、詳細聞かずに来たけれどどうやらナンパ箱だったらしい。他にも一緒にいる人は居るけども、そいつらも男と盛り上がっている。大して顔が良い訳でもない男に煽てられて、何が楽しいんだろう。理想が高いと言われてしまえばそこまでかもしれないけれど、こんな所で出会った人と深い仲にはなりたくないし、浅い体の関係なんて築きたくもない。私はその空気にどうも乗れず、バーカウンターへと向かった。

「オレンジジュースひとつ」

お酒に飽きた私は、オレンジジュースを頼む。成人してから、いや、白状してしまえばそれよりも前から飲んでいたアルコール。未だに美味しさが理解できないし、私にとって羽目を外すときに言い訳するもののひとつだと思っている。アルコールよりもオレンジジュースが美味しいから、身は成長しても自分はまだ子どもだ。

「わっ」
「あっ!ごめん!」

不意に、背後からぶつかった衝撃を得る。その拍子に、手元のオレンジジュースがこぼれた。ストローの刺さったグラスが倒れ、手元はオレンジジュースに濡れる。運良く服は汚れなかったけれど、一口しか口をつけていないオレンジジュースは殆どなくなっていた。最悪、私は後ろを振り向いてぶつかってきた人物を睨む。声からして男だろう。ナンパに夢中で、ソフトドリンクを飲む女に気付かなかったのだろうか。腹たつなあ。

「大丈夫?服とか、汚れてない?」
「大丈夫です。大したことないです」
「嘘つくなよ〜。それほぼなくなってんじゃん」
「いいですよ。もう飲み飽きたんで」

その男は、片付けようとしていたグラスを指差し困り顔をする。私は目を逸らし、会話を終わらせようとそっぽを向いた。今はひとりで居たかったら、尚更。

「すみません、これと同じもの2つ」

けれど、その男は私の話なんぞ聞くことなく横に来てドリンクを頼み出す。いらないんですけど、言いかけた時にはもう遅く簡単にオレンジジュースが2つ手元に来てしまった。

「ごめんな、はい乾杯」

グラスが重なり音を鳴らす。男はグラスに入ったジュースを飲むと、「ジュースじゃん!びっくりした!」と目を丸くした。私は、その言葉に答えずオレンジジュースを飲む。うるさいな、ナンパなら他当たれば良いのに。

「酒は飲まないの?」
「いいんです。こういう気分だから」
「はは、俺も俺も〜」

嘘つけ、歯を見せ子どものように笑う男に目線だけ寄越す。
その時、改めてその男の顔を見た。オレンジ色の髪に、人より少し大きく吊り上がったエメラルドグリーンの瞳。顔はそこら辺の男の人より整っていて、きれい。思わず見惚れそうになって、私は慌てて目を逸らす。この人なんで、ここに来ているのだろう。そう思ってしまうくらいだ。

「クライアントがこういうの好きらしく連れてこられたけれど、音楽を楽しむってよりナンパを楽しんでる空間じゃん。ここ」

疲れたー、男はため息をついてカウンターに寝そべる。どうやらつれて来られたらしいこの男は、曲が変わるたびに曲名を当てAメロがどうとかこの作曲家は他の曲が良いだとか口々につぶやいていた。そういう事に関して詳しいのだろうか、薄暗い空間でも目立つオレンジ髪を見ながら考える。

「クラブ、普段は来ないの」
「まあな。この小さい世界、俺にはちょっと息苦しいかな〜」
「はは、確かに」

自嘲気味に笑う。小さい世界で生きている自覚なんて、とうの昔からあるものだから。楽しいからいいじゃん、反抗しようかと思った言葉はなぜか自分に突き刺さる。それは多分、言い訳にしかならないからだろう。高校の時は部活もして、目標も持って生きていたのになあ。いつの間に、こんな廃れた人間になったのだろ。グラスの中の氷が溶けて、小さく動く。私は、こんなところで欲求を満たして終えていくのだろうか。

「楽しい?」

不意に、疑問を投げかけられる。気づけばオレンジ髪のその男は、私の方を向いて頬杖をついていた。口は薄く弧を描き、エメラルドグリーンの瞳は細く私を見ている。

「たのし、い、はず」

確信の得られない言葉が口から出る。楽しいだなんて、ここ最近心の底から思えたことがない。何処かしらで、不安と未来への不明瞭ば焦燥感を抱えている。今日一緒にクラブに来た友達だって、ずっと一緒にいれる気はしない。じゃあ私はどうする?意を決して上京した私は、何も見つけられずひとりでこの都会にいなきゃならないのだろうか。もやもやする。口からは思わずため息がこぼれた。

「全然楽しくなさそうじゃん」

楽しいと思い込んでいる私を一蹴したのは、その言葉だった。

「楽しくないときは楽しくないって言えばいいんじゃないの?そんなんじゃ、インスピレーションすら湧いてこない!何もできなくなるぞ」
「そんな事言ったって、」

出来ないんだから、仕方ないじゃん。私が言いかけた言葉は、クラブの大きな音で掻き消された。男の耳には届いてなかったらしく、彼は首を傾げる。私はもう一度言う気にはなれなかった。けれどそれも察したかのように、男は歯を見せ笑う。

「あ〜〜もう耐えられない!ペン持ってない!?紙でも可!」
「ぺ、ペン?」

そう思ったら男は頭を掻いて、ライオンのように唸った。ペンなんて持ってたっけ、当ても無く自分の服のポケットを漁る。あ、あった。私は、偶然入っていたボールペンを取り出す。

「あった」
「本当か!嬉しい!ありがとな」
「ど、どうも」
「俺もメモ帳見つけた!これで作曲が出来る」

私からペンを受け取り、男はメモ帳をテーブルに広げて何かを書き出す。作曲?そう言ってたみたいだけれど、私は覗き込むように男の手元を見た。そこに書かれていたのは、とめどなく溢れる音符たち。ひとつひとつを拾って、頭の中で音楽を奏でる。こんな電子音と重低音で音が散漫している中、この人が奏でるのはピアノで奏でるような可愛らしい音楽。何を思って、綴っているのだろう。私は思わず男の顔を横顔を見た。彼は、楽しそうにその動きを止めない。まるで、自分の世界に入っているようだった。

「……ねえ、」
「さすが、俺は天才だな!」

私の呼びかけなど無視して、男は広げたメモを見渡す。どうやら完成したらしい。満足げな顔をすると、思い出したかのように私の方を向いた。

「お前、名前なんていうんだ?」
「私?なまえだけど」
「なまえな!俺はレオ!」
「レオ」

歯を見せて少年のように笑うレオ。私のボールペンを持って彼はメモ帳の1枚目、一番上に何かを書き出す。

「そしてこの曲のタイトルは“なまえの溜息”だ!」
「えっ、やだ。私の名前入ってるとか恥ずかしい」

しかも溜息って。私は思わず笑ってしまう。レオから見て私は、どれだけ憂鬱な顔をしていたの。

「今のなまえにはこれがぴったりだからな〜」

レオは腕を組み、悩んだ素振りを見せる。多分、これは考え直すつもりないな。私は、苦笑いになりながらそのメモをもう一度見る。可愛らしい曲調に、どこか捻くれたような音符の並び。まるで、私のようだ。可愛らしい、は置いといての話だけれども。

「私に、こんな可愛い曲調は似合わないよ」

その言葉すら、捻くれていただろうか。私は、言った後に少しだけの後悔をする。でも、本当のことだもん。私には、ここで流れているEDMがお似合いなわけで。

「俺は、なまえの事こう見えた。それでいいじゃん」

相変わらず、少年のような笑顔を見せるレオ。その言葉の意味を察して、顔がじわじわと熱くなる。いやでも、自意識過剰になってしまうからやめよう。私は、レオの笑みに答えるように笑いかえす。うまく笑えているだろうか、そんな不安要素すら今の私にはどうでもいい気がした。

「じゃ、またな!」

人に呼ばれ、レオは立ち上がる。またな、と手を振る姿に手を振り返し見送った後に、連絡先すら聞かなかった事を後悔する。レオはもう、ここには来ないだろう。けれどもし、何処かで会えるなら。もっと、胸を張ってレオに会いたい。特徴的なオレンジにエメラルドグリーン、私は忘れないようにレオ、と呟き心の中に閉じ込めた。



「本当急にごめんね!来てくれてありがとう!」
「大丈夫だよ。今日はバイトもなかったし」

女の子でごった返す場所で、友人は私を拝むようにして感謝を述べる。私は笑いながら、彼女のお礼を受け流した。
あれから数ヶ月、目標もなにも持てなかった私は、レオと同じように作曲をするようになった。元々音楽はしていたのだけれど曲を作るのは難しく、コードから曲進行、多くの勉強をするところから始まった。勉強をし出していくと、知識を得ていく分作曲の楽しさに目覚めていった。レオがクラブで容易に生み出していた音楽が羨ましくて、それを目指したい。今はそれが目標でいいかな、なんて思っている。
あの時のお陰で、交友関係も変わり今では本当に楽しいと思える人たちと一緒に居れる。毎晩クラブに出歩くなんてこともなくなった。大学3年にもなって遅いけれど、これがベストだってやっと気づけたのだ。

「それにしても、凄い人気だね」

ちらりと私は周りを見渡す。見渡す限りいるのは女の子たち。みんな、お洒落をしてペンライトやうちわを持っている。
今日は、Knightsのツアー。このユニットにレオがいる事は、後から知った。まさかアイドルだったなんて。知ったその日から聞く音楽はKnightsに変わり、月永レオという人物はクラブにいた変な男からステージに立つきらきらしたアイドルへと変貌した。一瞬で、私はファンになってしまった。

「常にファン増えてるからね!今日は神席だから、なまえもちゃんと見なきゃだめだよ!」
「これでもファンだから、そこは任せておいて」

興奮気味な友達にそう言いつつも、私の手元にあるのは借りた前のツアーのペンライトのみ。ファンクラブにも入っている友達の急な誘いだった今回のライブ、行くことしか頭になくてなにも用意していなかった。しかも席は、最前列。買っておけばよかったな、なんて思ってしまったり。けれど、レオは多分私なんか覚えていないし、こんな人混みの中じゃ見つけられるわけがない。自惚れんじゃないぞ、と声が聞こえる気がして笑った。

「始まるよ!」

会場が暗転して、歓声が上がる。興奮する友人横目に、私は妙に冷静だった。オープニングムービーすらも、スローモーションで見れる。これは、もしかしたら逆に冷静じゃないのかも。いやでも、レオに会えるのは楽しみなんだ。私は、心の中で自問自答を繰り返す。

優雅に、騎士のように出てきた5人、私が知っているオレンジはセンターにいた。挑発的な笑みを見せ、観客の歓声を受ける。久しぶりに見る生のレオは、本物のアイドルだと全身で証明してくれた。

「かっこいい........」

私の口から、思わず漏れるその言葉。それ以上も以下もない。他のメンバーがどれだけ素晴らしいパフォーマンスを魅せても、私の目はレオに一点集中していた。

「次は新曲だ!」

ライブも終盤、新曲と言われて始まったメロディー。私は耳を疑った。実際に音として聞いたわけじゃない。けれど、このどこか可愛らしさを感じる音楽は、あの時の譜面そのもの。“なまえの溜息”だなんてくだらないタイトルをつけられた音楽。タイトルこそ違うけれど、一瞬で私をあの日に戻してくれた。

レオの表情伺う。優しそうに笑うレオは、私を思い出してくれているのだろうか。
曲も終盤、偶然にもレオは私の目の前に立った。視界には、観客のひとりとしてしか入らないだろう。それで構わない。ここにいるのはレオのお陰だって、私が思えているならそれで。
目の前のレオは、マイクを片手にファンに手を振る。後ろから前へ、ゆっくりと全体を見渡していた。−−ふと、レオの手が止まる。それと同時に、ペンライトを振る私の手も止まった。レオが視界に捉えたのは、私。これは、自惚れではないだろう。ばっちりと視線を交えた私たちは、お互いの時が数秒ほど止まった気がした。

「あっ、」

口から自然と溢れる声。その瞬間、レオはゆっくりとマイクを下ろした。いや、ゆっくりは私の気の所為かもしれない。けれど、歌と歌の少しの間で私を見ていることは間違いない。視線は確実に、交わっている。
レオは、マイクには拾われないよう口だけ動かした。“なまえ”、と。あ、それは私の名前。今、私の名前を呼んだの?

「元気そうで何よりだ!」

マイク越しにそう叫ぶとレオは、あのクラブで見せたような笑みを浮かべた。ファンを誘惑するんじゃなくて、純粋な少年の笑み。この瞬間、私の耳はレオの声だけを捉え心臓を高鳴らせた。手に持っていたペンライトをぎゅっと握りしめ、レオに精一杯の笑顔を向ける。元気だよ、そう彼に言うように。そんな私を見たエメラルドの瞳は、嬉しそうに目を細める。そしてまた、煌びやかなステージへと走り出した。


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