あくまでノームコアに
クリスマスまでに彼氏を作る、なんて無謀な話だった。そうやって、周りに言い出したのはいつだっけ。確か、クリスマスコフレの出る11月頃。デパートの化粧品売り場で、一際煌めくコフレに目を奪われていた頃だ。宝箱のようなコフレに見惚れながら、好きな人から貰いたいだなんて言ってたような。
それもまあ無謀な話。私のクリスマスはなんて事ない平日で、仕事が終われば変わらない日常のまま満員電車に押しつぶされる。イルミネーションなんて、結局見る機会なかったなあ。まあいいんだけども。SNSを開きながら浮かれたクリスマス感に満たされるのも、ここ数年慣れてるし。スマホの画面を指でなぞりながら、平日なのにクリスマスで賑わうSNSをただ流し見する。その時、メッセージの通知が一件画面に現れた。

「お疲れ様、今どこ?」

予想外だった。スマホの画面に表示されているのは、瀬名先輩。高校時代からお世話になっている先輩だ。今でもお世話になってるし、これからもお世話になりたい所存。私は、急いでその画面を開く。今どこ?電車の電光掲示板に目をやり、次駅を確認。あ、ここか。次駅の駅名を打つと、タイミング良く止まった電車から降りた。それを見計らったかのように、瀬名先輩からの電話が鳴る。

「はい!」
『相変わらず元気だねぇ』
「瀬名先輩から電話なんて珍しくて!あ、メリークリスマス!」
『はいはい、メリークリスマス』

仕事の疲れを見せないように、声のトーンを上げる。瀬名先輩の声を聞くのは1ヶ月ぶりくらい。嬉しくて、頬も緩む。

『これから空いてる?』
「空いてますよ〜。どうしたんですか?」
『クリスマスも寂しい後輩に、付き合ってあげようと思ってねぇ』








適当に店予約するから、と言われて数分後、お店の場所とともに「瀬名で予約した。先に入ってて」と連絡が来た。言われるがままにその店に向かい、緊張しながらも「瀬名です」と入口に居た店員に声を掛ける。

「お待ちしておりました」

綺麗めなウェイトレスににこやかに誘導され、通された席はまさかの個室。内装から思っていたけれど、ここは結構良いところなのでは。クリスマスに、しかも当日に予約出来るような処なのだろうかと疑ってしまうくらい。私はルーティンで着こなしているオフィスカジュアルに恥じらいつつも、贅沢にワイングラスに注がれたお水を一口飲んだ。シャンデリアやテーブルに並べられた何本ものナイフやフォークが、私の緊張感を変に煽る。瀬名先輩、早く来ないかな。

「なまえ、おまたせ」
「お、お疲れ様です!」

機嫌よく現れた瀬名先輩に反応して、急いで立ち上がる。挨拶する口がうまく回らなくて、初っ端から恥ずかしくなった。瀬名先輩は、巻いていたマフラーとコートを店員に渡す。そして、私の真正面の椅子に腰掛けた。

「何緊張してんの」

口角を上げ、楽しそうに笑う瀬名先輩。私がこういう所に行きなれてなく、緊張しているのを楽しんでいるのだろう。緊張してません、なんてそっぽを向くと、へえ、なんて含みのある返事が返ってきた。なんだか今日は、とても機嫌がよろしいようで。

「今日仕事は...?」
「早めに終わったんだよねぇ、クリスマスだから皆帰りたかったんじゃない」
「はは、普通の平日なのに気合の入れようが違いますね」
「ほんっと、それならいつもそのスピードで仕事して欲しいんだけどぉ」

そう言う瀬名先輩の話し方は、いつもより優しかった。やっぱクリスマスだから、だろうか。クリスマスは瀬名先輩でさえも浮かれさせてしまう。そう思うと、ちょっと面白く感じた。
何はともあれ、私はこの寂しく終わる予定だったクリスマスを瀬名先輩と過ごせているわけだ。会話の途中で運ばれてきた料理もクリスマス仕様で、今日がクリスマスだと実感させられる。グラスに注がれたシャンパンだって、クリスマスじゃなきゃ絶対飲まない。最高級のシャルドネを使った、料理に合うシャンパンだとか言ってたっけな。庶民の自分には分からないけれど、美味しいのは確かだ。

「結局、クリスマスまでに彼氏は出来なかったんだねぇ」

料理も食べ終え、食後のコーヒーを嗜んでいると、瀬名先輩はその話を切り出した。私は思わず、コーヒーを飲む手が止まる。ちらりと瀬名先輩を見ると、頬杖をつきにやにやとしていた。アルコールを摂取した顔は、少しだけ赤らんでいる。色っぽいな、なんて思いつつも、バカにして来ている瀬名先輩に不貞腐れた表情で返す。

「仕事が忙しかったんですー。来年は、まだ見ぬ彼氏と過ごす予定ですから」
「へぇ」

心底興味無さげな返事。瀬名先輩はいつもそうだ。私がこういう類の話をすると、茶化すくせに結局は興味なさげな返答で締める。じゃあ何言えば良いんだろう。考えはするけれど、面倒なのでいつも途中で思考は放棄する。多分瀬名先輩は、私をただの後輩としか思ってない。だから、それ以上踏み入った話は要らないのだろう。決めつけだけれど。

「瀬名先輩も、彼女とか作らないんですか」

私は、話題を自分から瀬名先輩へと移す。コーヒーカップをソーサーへと置き、瀬名先輩を見据える。今日は黒のタートルネック、良く似合うなあ。

「少なくとも、なまえには教えない。口軽そうだから」
「残念ながら私、口が固い方です」

仮にも、アイドル養成校に籍を置いていた身。卒業して、大学にも行って就職した今でさえも、彼らの話は人に言いふらしていない。それは瀬名先輩も知っているはず。私は、瀬名先輩が少し顔を歪めたのを察する。生憎、人の表情の変化には鋭いんですよ。

「今日私と居るってことは、片思い?」

彼女がいるなら、私とこうやって食事はしないだろう。ここに呼び出されるのは私ではなく、彼女だろうし。瀬名先輩は私をじっと見ると、溜息をついた。

「ほんっとそういう所、チョ〜ウザい」
「え、なんで」
「なまえさあ、」

私の名前を呼んで、瀬名先輩は暫く止まる。どうしたんだろう。私は首を傾げると、次は頭を抱え出した。今日の瀬名先輩、酔ってるのだろうか。ちょっとおかしい。

「先輩、今日変ですね」
「うっざぁ、誰のせいだと思ってんの」

もういい、瀬名先輩は会話をぶった切って自身の鞄に手を伸ばす。お会計だろうか、私も真似するかのように自分の鞄から財布を探そうとする。トートバッグの奥底に埋められた財布を取り出すため下を向いていると、不意に頭に何かが当たった。

「いたっ」

顔を上げると瀬名先輩、気づけば私の横に立っていた。右手には少し大きめな紙袋。当たったのはこれだろう。瀬名先輩は間抜けな私の顔を見ると、フッと笑った。

「最初で最後だから良く聞きなよねぇ」

そう言うと、瀬名先輩は私にその紙袋を渡す。おそるおそる手に取り、中身を確認する前にもう一度瀬名先輩を見上げた。

「好きだよ」

先輩の髪の毛がふわりと揺れる。いつも睨んだりバカにしてくるその瞳は、何故か優しく見えた。
私は、膝の上に乗せた紙袋と瀬名先輩を交互に見る。よくよく見ると、紙袋の中は見たことのある化粧品ブランド。あ、そうだ、私、先月瀬名先輩に言ったんだ。クリスマスプレゼントとして好きな人から貰いたい、と。彼氏の出来なかった私を哀れんで買ってくれたの?いや、違う。だって、さっきの言葉は−−−。

「告白ですか?」

私は今、どんな表情をしているのだろうか。途轍もなく変な顔に違いない。
瀬名先輩は、私のその言葉に反応して眉間に皺を寄せる。あ、待って、勘違いだった?恥ずかしい。そりゃあ良く一緒に出かけるけれども、そんな素振りは一度も。

「告白だけど、文句あるの?」

文句もなにもない。どうして、いつから、なんで。言いたいことはいっぱい出てくるのに、私の口から言葉は発されない。餌に飢えた魚のように、ただ口をパクパクと動かしているだけ。自分を煽るように、心臓も脈打つ。
そんな私を察したのか、先輩はプレゼントを渡したその手で私の頭を撫でる。あったかい。いや、あっつい。普段も時折してくれるのに、今日は余計に緊張してしまう。

「良いクリスマスプレゼントになったでしょお」

瀬名先輩のばか。返事を用意するまで、クリスマスを引きずる事になるじゃん。
私は、余裕の笑みを見せる瀬名先輩に、今出来る精一杯の睨みで返した。


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