マフラーをとって 幼稚園からずっと一緒だった彼は、アイドルを目指すべく夢ノ咲学院に入学した。どういう経緯だったかは忘れたけれど、本人は不本意だったと言っていたことだけ覚えてる。進路が決定した中学3年の冬、「とうとう離れちゃうね」なんて言ったらいつも気だるげな顔をしている彼が眉間を寄せ「なんでそういうこと言うの」と怒った。いつも怒らない彼が怒ったことにびっくりして返す言葉は見つからず、それから一切言葉を交わすことなく私たちは卒業した。 高校に入学してから、家が近所であることからたまに彼を見かけた。たまに、かっこいい男の人と一緒にいるのを見かけて本当にアイドルになるんだな、なんて思ってしまった。逆方向の高校に進学した私は、姿を見かけることはあっても話しかけることは出来ずにいる。メイクも覚えたし、おしゃれにも気を使うようになった。ちょっとしたモテ期がきてるんだよ、なんて自慢をしたら彼はなんて言うんだろうか、私にべったりだった彼は「なまえが取られる、鬱だ」なんて言ってくれるのだろうか。そうしたら私が前みたいに慰めてあげるのに。もう顔も合わせることすらなくなった幼馴染を思い出すと胸が苦しくなる。 少し肌寒くなってきた秋、そろそマフラーが必要かななんて思いながら家を出た。思いの外風が強くて、やっぱり今日マフラーが欲しいと後悔してしまった。今日は委員会の仕事があるため少し早めに家を出た。いつも通る道は、いつも以上に人が少なくこの寒さがより一層寒く感じた。イヤホンから流れる曲がいつも以上に大きく聞こえて少しだけ音量を下げた。その時、ポケットから一緒にハンカチが落ちた。風に乗って少し遠くに行ってしまったハンカチを追いかけると、ちょうど人の前に落ちたらしくその人がゆっくりと拾ってくれた。お礼を言おうと小走りに駆け寄ったが、相手の顔を見て私の足は止まってしまった。 「なまえ」 気怠げな声は相変わらずで、昔と変わらないトーンで私を呼んだ。中学の時よりすこし、格好よくなったように見えた。「みどり」と、声を振り絞って出した。久しぶりに顔を合わせられて、名前を呼んでくれて嬉しいのに、かける言葉がひとつも見つからなかった。翠は、動こうとしない私の手にハンカチを置くと手持ち無沙汰になった手を頭の上に乗せた。 「久しぶり、元気だった?」 「……うん、元気、みどり、は、?」 「俺は、もう無理、死にたい」 死にたい、と口癖を発しながら見せる顔は少し穏やかだった。心臓がばくばくで言葉出なかった私は、翠のその顔を見てすこし口元が緩んだ。変わってない、いつもの翠だ。「もう学校行くの?」と聞いてくるから「うん、翠も早いね」と言うと「俺は、部活の朝練が……はぁ」とため息をついた。そしてまた私を見て、すこしだけ首を傾げた。 「寒そうだね」 「マフラー持ってくるの忘れちゃって」 「……あ」 思い出したように翠は、自分のマフラーを取って私に巻きつけた。懐かしい翠の香りが漂ってきて、少し涙腺が緩んだ。「ありがとう」というと、少し顔を赤らめた翠が私の頭をまた撫でた。「なんかなまえ小さくなったね」なんて言ってくるものだから「翠が大きくなったんだよ」と笑ってやった。すると、思いの外ショックだったのか「嘘、もう大きくなりたくないのに……鬱だ」とボソボソ言いだした。 「あっ、もう行かなきゃ」 「うん、じゃあまたね」 「また、」 また、会えるの?なんて言いかけてしまい口を閉ざす。翠は、私が線引きをするような言葉をかけることが嫌いだったのだろう。あの時の言葉もそうだった。今になってはっきりと分かる。口を閉ざした私を見て、翠はため息をついた。そして、少し笑って私に手を振った。 「マフラー、ちゃんと返してね」 顔が一気に熱くなった。私は、彼の匂いに包まれながら大きく頷き、逆方向の高校へ向かう彼に久しぶりに大きく手を振った。 |