意識
「チケット?」

 アイドルを目指して躍進中のご近所さんから渡されたのは、一枚のライブチケットだった。差し出す手から一向に取ろうとせず、首を傾げていたら「さっさと取りなよねえ」と怒られてしまった。一緒に行こうってことかな、でも一枚は一人で行けってことだよなあ。

「あれ、Knightsって泉の入ってると噂のユニット」
「噂も何も、俺のユニットのライブ。一度も来たことない可哀想ななまえに特別にあげる」

 私の部屋だというのに、勝手にベッドに横たわり泉は笑う。おい、勝手に寝るな。と足で泉のお腹を押すと「足ぐせ悪い、女として終わってる」と睨まれた。はいはい、悪かったですねえ。悪態をつきつつ、寝ている泉の横に座る。整った顔に長い手足、しっかりと鍛えられた身体は、自身を商売道具としているだけある。

「一人でファンに混ざるの?私、泉以外誰も知らないよ」
「俺だけ知ってればいいの。一番良い席なんだからちゃんと応援してよねえ」
「うえー」

 渋々同意をする。確かに、この3年間どこかでライブには行ってみたい気もした。しかし、部活に熱中していた私はライブの予定と部活がほぼ被り、この3年の冬まで一度も行けたことがなかった。いつも、泉がどういうライブをしたのか説明してくれるのを聞くだけ。といっても、練習や試合で疲れた私はその話の途中で寝るのがデフォルトだったけども。なんだっけな、デュエル?っていうのはちょっと行ってみたかったかもしれない。

「今週末だから、ちゃんと来ること」
「かわいい泉ちゃんのために行ってあげますよお」
「うざ」



 ライブ当日、一番前ど真ん中という末恐ろしい席で呆然としていた。周りに沢山の女の子がいるんだけども、みんな「泉くん」とか「嵐くん」とかメンバーのうちわやらグッズを持っている。しかもメイクばっちり、今日のためにとびっきりのおしゃれをしてきてるんだなって分かる子ばかりだった。思わず自分の服装を確認する。黒スキニーに泉が要らなくなったから譲り受けたちょっと大きめの白ニット。コンビニへ行くくらいのノリの服装で来てしまったことを今になって後悔するとは、ドレスコードとかでも作ってくれれば楽だったのに。もー。入り口で渡されたサイリウムをカチカチ光らせて落ちかせる。目の前の大きなステージからは、私なんてちっぽけなものだろうな。泉は気づいてくれるだろうか。

「!」

 会場が暗くなって歓声が上がる。周りがみんな立ち上がるものだから、つられて私も立ち上がった。真っ暗だったステージがスポットライトが当てられメンバーが現れる。わっ、泉がいる。本当にいる。泉は、笑顔で「ようこそ、お姫様」なんて臭いセリフを吐く。いつも悪態を吐く口と同じとは思えないセリフに思わず吹き出しそうになってしまった。周りの人たちは「泉くんー!!」と黄色い悲鳴をあげるものだから、これがKnightsにいる瀬名泉のデフォルトなのかもしれない。

 メンバーが各々ファンサをしていく中、泉はセンター、つまり私の目の前で立ち止まる。何をするんだろう、と思って泉を眺めていると私の方を見て指を指し、その指を自身に向け、挑発的な笑みを浮かべた。

「よそ見、しないでよねえ」

 甲高い悲鳴が響き渡る。周りからは「あれ、絶対私にやってた!」と泣き喜ぶ子もいた。いや、いやいや、あれ多分私、いや、そうじゃなくて。

「かっこよすぎて、しんどい」

 雑誌とかで決めポーズをとる泉は何度も見てた。Knightsの曲だってもらったCDで何度も聞いていた。でも、こんな煌びやかなステージで輝く彼は今までの比じゃない。心臓の音がわかるくらい高鳴っている。しんどい、語彙力が追いつかない。泉から目が離せなくなった。ライブが終わって、自分の心拍数が上がったままなのに気づく。昔からイケメンでもて囃されていた彼を、改めてかっこいいと思ってしまった。どうしよう、暫く泉が見れない。そんなことを思った矢先、携帯が震える。着信は、泉だった。

「はい」
「なまえ?今どこにいる?」
「今ちょうど、校門出たところ」
「じゃあそこで待ってて、着替えたらすぐ出るから」

 「動かないでねえ」と一方的に切られてしまう。なんだろうか、暫く泉を見れないと思ったばかりだから無駄に意識してしまう。観客も帰り、ぽつんと私一人が取り残される。さっきまで暖かかったけれど、寒さが戻ってくる。すると、校門から人の気配を感じて目を向ける。そこには、泉がいた。泉だと認識した途端、私は顔がまた赤くなる。

「なまえ」

 いつもの幼馴染なのに、まともに顔が見れない自分がいた。泉は、視線を逸らす私に呆れたのかぐいっと腕を引っ張り私の顔を覗く。そして、ステージの時とは違うたまにしか見れない笑顔で笑った。

「惚れちゃった?」


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