恋をはじめよう
「俺、夢ノ咲のアイドル科に行く」

 その言葉は私にとって狙いを定めて飛んで来た爆弾であり、凄腕スナイパーが放った一撃必殺のレールガンで、踏んだら即死の地雷だった。
 横の席で進路調査のために配られた紙を見ながら、真白は何てこともないように言う。ああ、今日も横顔が綺麗。幼い顔立ちが今後の成長を期待させる。

「アイドル、科……」

 夢ノ咲学院アイドル科、男性アイドル育成に特化した有名私立高校。今テレビに出て売れているアイドルには夢ノ咲出身は多いとか、巷で噂の高校だ。
 そっかあ、お前はアイドルになりたかったのかあ。ちょっと前まで、「普通にサラリーマン」って言ってた気がするけれど。受験が本格化する前に夢を見絞った感じかな。そうかそうか……。

「やめてよ真白、冗談がきついって」

 紫之くんなら分かるよ。あの人はいつも私たち女子陣よりも、汗がきらきら輝いてて良い匂いがするもん。でも真白はいたって普通じゃん。普通科高校に入って、そこそこ格好良い人たちとつるんで「あの人格好良いよね」って噂される類じゃん。そこで十分なんだよ、君は。
 苦笑いになりながら、横に座っている真白を見る。確かに格好良い。格好良いけども。

「冗談じゃないから。偏差値もそこそこ高いから勉強頑張らなきゃなあ」
「は、はは、そうだね」

私の乾いた笑いは、彼に伝わる事はなかった。






 気づけば4月、私は偏差値普通の普通科高校に入った。隣の席でアイドル科に行くと話していた真白は、見事合格。紫之くんと一緒に夢ノ咲へと進路を決めた。
 おめでとうとは言えたけれど、それ以上は何も言えず。抱いていたであろう恋心は、卒業式の日も「またな」と手を振られた時にも抑え込んでしまった。これから真白は、別世界の人になっちゃうんだろうなあ。そんな現実つらすぎかよ。新生活を期待して、胸を弾ませる時期であるとは分かっているけども。
 私は憧れていた制服に袖を通して、今日も俯きがちに歩く。今後の成長を見越して買った少し大きめの制服は、袖が長くてまだ「着られている」感が強い。本来ならば真白も同じ高校だったし、家が近いから一緒に帰っている予定だったのに。高校に入ってから、一回も真白の姿を見ていない。真白はいつ帰ってるんだろう。考えるだけで、胸は苦しいし頭も痛くなる。なんだ、考えるなって言ってんのか。

「真白くん」

 唐突に、聞き慣れた苗字を呼ぶ声がした。はっとして声のする方を見ると、背の高い高校生。かっこいい。そこら辺にいる高校生と、顔の整い方は比べ物にならない。気怠げに「真白くん」と呼んだ彼は、ゆっくりと呼んだ相手へと足を進める。

「お、高峯も来てくれたんだ!ありがとう」

 その瞬間、私は勢いよく顔を上げた。自分の聴覚は、一気にその声の主へと集中する。栗毛色に染まった髪、大きな瞳、少し太めの眉。私の知ってる真白だ。
さっきの男の人と仲良さげに話す姿を見て、私は動揺する。アイドル科の制服、アイドル科の人。視界に入った真白は、相変わらずな屈託のない笑顔を見せていた。私は思わず物陰に隠れる。どうしよう、話しかけていいのだろうか。話しかけると言っても、どうやって。心拍数が高まっていく、それに比例するように体が石のように固まりだした。

「あれ、もしかしてなまえさんですか?」
「ひいっ!」

 突如後ろから私を呼んだのは、セーラー服を着た紫之くんだった。相変わらず女子顔負けの可愛らしさで、勝てる気がしないと本能で思ってしまう。それにしても、なんでセーラー?私は思わず、紫之くんを2度見した。

「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「いや、大丈夫だよ。あの、久しぶりだね」
「そうですねっ!卒業式以来、でしょうか」

 紫之くんは、私と顔を合わせると両手を合わせ目を輝かせる。やっぱりかわいいなあ。

「紫之くん、なんでセーラー服?」

 私は、紫之くんの来ている服を指差し首を傾げる。夢ノ咲の制服は、さっきの男の子が着ていたブレザーのはずだ。こんな可愛い子にしか似合わない服、制服というわけではなさそう。

「これは、ユニット衣装なんです!ほら、あそこにいる友也くんも着てますよ」
「真白も……?」
「友也くーん!なまえさんですよ〜」
「ちょっ、ちょっと紫之くん!?」

 紫之くんは私のことを思ってか、大きく手を振り真白を呼ぶ。突然のことすぎて反応が遅れた私は、振り向いた真白とばっちり視線が合ってしまった。

「みょうじじゃん、久しぶり!」
「は、はは、久しぶり……」

 嬉しそうに手を振る真白に、私は苦し紛れに手をあげる。頭の整理が追いつかず、しばらくその場から動けなかった。
 本当だ、真白もセーラー服……。お腹が見えそうなくらいあざとい丈のセーラーに、膝が見える短パン。

「真白、可愛いね」

 誰しもがそう言うだろう。常日頃真白を格好良いと思っていた私も、ついその言葉が漏れた。

「や、やめろよ!俺まだこの衣装に慣れてないんだ」
「可愛くなってしまったんだね」
「なんだよ、その言い方」

 拗ねるように頬を膨らませる真白。なんだよ、その仕草。中学の時は、そんな可愛らしい仕草見てないぞ。その衣装の影響か?そのセーラーがお前を変えてしまったのか?

「友也くん、アイドルしてる時とっても可愛いんですよぉ」
「おいみょうじに余計なこと言うなよ」
「可愛い……?」
「お前も真に受けなくていいからな!」

 真白は、顔を赤らめ私へと詰め寄る。いやいやいや、可愛い顔じゃないから。この人の顔、私格好良くて大好きなんだから。思わず顔を背け、真白と私の間を遮るように手を出す。こんな近い距離に来ないで欲しい、久しぶりで恥ずかしいのだから。

「あっ、ごめん……」
「俺こそごめん、つい熱が入っちゃった」

 私が顔を背けたことで察したのか、真白は身を引き私から顔を背ける。口元を抑え、少し頬を赤らめている姿は可愛い。けれど、その顔に続く首筋が男であることを主張していて、やはり格好良いなあなんて再認識させてくれる。

「なまえさん、これからお時間ありますか?」
「これから?帰宅途中だったから暇だけど」
「なら良かった!」

 紫之くんは、手を合わせて笑顔になる。そして、真白に微笑む。紫之くんの笑顔を見た真白は、嬉しそうに笑った。

「なまえ 、俺たちのステージ見てよ」
「ステージ……?」
「もうすぐ、俺たちここでライブするんだ」

指さす先には、簡易に設営されたステージ。気に留めていなかったけれど、ここら一帯今日は何かイベントが催されているようだ。真白のステージ、アイドル姿の真白……。久しぶりに会った好きな人に、「見てよ」なんて言われて返す言葉は決まっている。

「も、もちろん!」

 私は大きく頷く。それを見た真白は、照れながらも「ありがとう」と感謝を述べた。


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