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“Knightsに近寄っちゃダメだ”
 
 昨日から頭を支配するのは、月永先輩のその一言。月永先輩は、理由を教えることなく私をKnightsから突き放した。何で、どうして、と言った駄々っ子のような言葉は遠慮で言えず、私はその場で困ったようにへらりと笑うことしか出来なかった。あの時、Knightsのメンバーがどういう表情をしていたかは見えなかったけれど。みんな、ジャッジメントの事で頭がいっぱいだったかもしれない。
 気づけば朝が来て、学校は始まっていた。2Bの教室を見渡せば、当たり前にいる嵐ちゃんと凛月くん。なんとなく、クラスメイトのふたりにすら接し辛かった。私は、彼らの視界になるべく入らないよう縮こまる。昨日の今日だ。話しかけに行っても労いの言葉すら見つけられず、会話に詰まるのは目に見えてるから。4月に戻ったみたい。私は、ぐっと拳を作った。


「あれ、月永先輩」

 放課後、空き教室で見かけたのは月永先輩だった。作曲に集中しているのか、私の言葉は届かなかった様子。その代わり、楽しそうに楽譜に音符を綴っていた。

「お!名前!」

 偶然にも、顔を上げた月永先輩と目が合う。咄嗟に言葉が出ず、私は先輩にお辞儀をした。先輩はそんな私を見て、おいで、と手招きする。

「あ……」

 引き寄せられるように足を少し動かして、思わず止める。行ってもいいのだろうか、先輩はKnightsに近寄るなと言った張本人だ。しかも作曲中ということは、来週に向けての曲だろう。私なんかが、見ちゃだめなような。

「先輩、昨日の」
「ん?……ああ」

 月永先輩は、思い出したかのような表情を見せる。それもつかの間、私のいる出入り口まで近づき手を引っ張った。足をもたつかせながら、私はそれについていく。さっきまで先輩の居た場所、教室の隅に広げられた楽譜のもとまで来ると、先輩は歯を見せ無邪気に笑った。

「いいんだ、俺は今ナイトキラーズだからな!」
「な、ないと........?」
「ナイトキラーズだ!」

 何だそのダサいユニット名は。思わず零しそうになった悪口をぐっと堪える。代わりに出たのは、へえ、と感動もない言葉。そんな事先輩が気にするわけもなく、私を無視して楽譜の一枚を取って鼻歌を歌っていた。この曲は誰が歌うんだろう、私も1枚拾い上げて譜面を読む。月永先輩が今まで作っていたというKnightsの楽曲は何度も聞いていたけれど、新曲は初めて。

「歌ってやるよ!名前のために」

 そう言うと月永先輩は、楽譜を抱え歌い出した。夕陽に照らされて輝く月永先輩は、いつも以上に輝いて見える。私は、思わず言葉を忘れていた。なんだか懐かしい、そう感じさせる音楽。気づけば虜になっていた。その懐かしさは、音符の並びが有名曲に似ているだとか、Knightsの既存曲に曲調が同じように感じるとか、明確な事じゃない。この声が、この雰囲気が、なんだか懐かしいと感じさせているようだ。

「月永先輩の曲、なんだか懐かしく感じます」

 歌い終えた先輩に、私は思わずそう呟く。その言葉に、月永先輩の青緑色の瞳は細く笑った。

「変わってない?」
「........え?」

 少しだけ開けられていた窓から、風が入り込む。秋らしい涼しげな風は、私たちの髪を優しく靡かせた。
 自分の髪をかき分け、もう一度月永先輩を見る。

「覚えてないか」

 その時の表情は、寂しそうに見えた。覚えてない、私は記憶を辿って何の事かを思い出そうとする。けれど、それも分からない。ただ分かるのは、この姿に既視感がある事。デジャヴだろうか、もしかしたら夢だったのだろうか。月永先輩と知り合って、そんなに経ってないのに。

「月永先輩」
「ん?」

 私は、無意識に先輩の名前を呼んでいた。一瞬だけ見えた寂しそうな表情は消え、いつも通りの表情を見せる月永先輩。この人、本当感情が読めないなあ。子どもっぽいのに、そんな所が何処か大人に感じてしまう。そして、すぐ消えてしまうのではないかと感じさせられる。

「もう、居なくなりませんよね」

 口から溢れたのは、思わぬ言葉。あって数週間の彼に、私が掛けるべき言葉ではないはずなのに。理由もない不安と、悲しみが過る。
 ゆっくりと、私を捉えるその瞳は大きく開いた。ごめんなさい、変な事言いましたよね。謝ろうと口を開きかけた時、先輩は私に手を伸ばした。

「先輩........?」

 気づいた時には、私は先輩の腕の中。さらり、と先輩の髪が私の首筋をくすぐる。私は、訳も分からず立ち尽くしたまま。陽に当たってたからだろうか、先輩からは陽の香りを感じた。

「名前」

 耳元で聞こえるのは、私の名前を呼ぶ低い声。先輩に抱きしめられてる、一気に私をそう実感させた。心拍数が上がる。私の心臓うるさいな、これ絶対先輩に聞こえてる。

「俺が居なくならないようにさ、見ててよ」

 腕の力が強くなる。まるで、私に縋っているような。そんな気がした。
 私は、行き場のなかった手を先輩の背中にそっと回す。

「見ててあげます」

 私は、小さく頷く。ちょっとした罪悪感。思い浮かぶのは、司くん。好きな人は司くんなのに、今は月永先輩の傍に居てあげたい。そう思ってしまう自分がいた。
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