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 放課後の誰もいない教室で、私は机に積み重なった資料を見ていた。気力のない手で1枚、また1枚とめくる。頭が働いていないのか、入ってくるのは文字の羅列と時折挟まれる写真や図案。内容なんてものは、全くと言って良いほど頭に入ってこない。やらなきゃいけない事なのに、そう思いながらため息を零した。
 Knightsの人たちを避けるようになって早6日。いよいよ明日が、ジャッジメント本番だ。同じクラスの2人も、もちろん瀬名先輩とも顔を合わせづらいまま毎日を過ごしてきた。例外なく、司くんとも。何で近寄ったらだめなのか。月永先輩とは会うけれど、未だ
に聞けずにいる。私が未熟者でジャッジメントに支障をきたすから?ただ単に邪魔だった?この1週間、劣等感に苛まれて仕方がなかった。

「瀬名先輩!」

 不意に、廊下から聞き覚えのある声がして肩が跳ねる。おそるおそる廊下を覗くと、そこに居たのは瀬名先輩と司くん。顔を合わせるのが怖くて、私は思わず手に持っていた資料で顔を隠した。廊下から聞こえる司くんと瀬名先輩の声、ちょっと前までこの声に囲まれていたのに。
 ジャッジメントが終われば普通に話せるのかな。目も合わそうとしなかった私に、嵐くんや凛月くんは挨拶してくれるだろうか。瀬名先輩は、いつも通り指導してくれるだろうか。司くんはまた、笑いかけてくれるのだろうか。私の不安は募るばかりだ。

「ほら、あんず待ってるからいくよぉ」
「今日はお姉さまもご一緒なのですね!last spurt頑張ります!」

 嬉しそうな司くんの声、その言葉は耳にこびりつくように残った。そうだ、あんずちゃんは今回の件に関わってるんだった。分かりやすい優劣の差。やっぱり、私が月永先輩にああ言われたのは実力がないからだ。自分には、彼らをプロデュースする才能がないから。
 その場を離れる足音が聞こえる。置いてかれるんだなあ。Knightsに、司くんに近づけたと思っていたのは私の思い違い。私が成長しているスピードの倍、彼は先に成長しているんだ。

「合わせる顔が、ないや」

 苦しくなる胸を抑え、私は唇をぐっと噛み締めた。



「名前!待ってた」

 月永先輩は相変わらず、あの空き教室にいた。特に、一緒に何かをする訳ではない。月永先輩はひたすら曲を作り、私はその横で自分の仕事をこなす。時折、月永先輩が話しかけて来て、一緒に笑う。それが、1日の楽しみでもあった。

「お疲れ様です。いよいよ明日ですね」

 私が、教室に入ると浮かべる満面の笑み。それが嬉しくて、私も口元が緩む。さっきの寂しさも、吹っ飛びそうなくらいだ。
 床に広げられた楽譜は、相変わらず月永先輩の音楽で溢れかえっていた。ひとりぼっちでしようとしていた仕事を抱え、私は机に向かう。

「あー、そうだな」

 私の声かけに、月永先輩は曖昧な答えを返す。そしてそのまま、楽譜の埋め尽くす床に寝転んだ。

「どうしたんですか?」

 私は取り掛かろうとしていた手を止め、月永先輩へと近づきしゃがみ込む。相変わらず猫のように自由に転がる月永先輩は、私と目を合わせると何でもないとでも言うように首を振った。

「そういえば、何で近づくなと言ったか分かるか」

 思い立ったかのように勢いよく起き上がった月永先輩は、私と目線が同じになった。近づくな、私はさっきの事を思い出してしまい目線が下に落ちる。実力がないから、足手纏いでしかならないから、私が思いつく理由は沢山ある。でも、それすら言える自信がない私は、首を振った。

「分からないです」

 そっか、月永先輩はそう答えると楽譜を一枚拾って、天井へと高く掲げた。

「あいつらと俺の問題じゃん、今回のは」

 今回のジャッジメントを、行う事になった理由を思い出す。月永先輩が帰ってきて、不安定さのあったメンバーたち。司くんのパフォーマンスの乱れや、他のメンバーのミスの多さ。私には、それを解消させる方法なんて見つけられず。ただそこにいる事しか出来なかった。その時、タイミングよく月永先輩が、Knightsのメンバーに今の在り方を問いただした。

「それなのに、自分はあいつらに何も出来ないって思っただろ。名前」
「……はい」

 月永先輩は、上を向きながら楽譜で顔を隠す。図星だ。私は、うまく表情を作れず変に笑う。月永先輩がジャッジメントを宣告しなければ、私はあのKnightsに困惑するだけだったはずだ。月永先輩が動かなきゃ、あのまま引きずっていた。全て、月永先輩のおかげだ。
プロデュースする身として、どうにかしなければならない。分かっていたけれど、何も出来なかった。人から言われると結構つらいなあ。

「そんな事ないのに、限界になるまで背負ってみようとする。今回、名前は頑張らなくていいんだ」
「そんな、背負ってるつもりないです」
「つもりなくてもダメ。それだから自信なくしちゃうんだよ、昔から」

 楽譜の隙間から見えたのは、歯を見せ笑った口元。昔から、その引っかかる一言に私は思わず「えっ」と口に出す。

「私、月永先輩と何処かで会ったこと...…?」
「いーよいーよ、思い出さなくても」

 顔を隠していた楽譜をひらりと捨て、月永先輩は私を見る。
 でも、そう私が言いかけると月永先輩は立ち上がり、自身の口元に人差し指を当てしーっと言った。

「忘れてしまったものは、頑張っても思い出せないよ」

 月永先輩は私を見て笑う。

「今の名前の仕事は、俺を見てること。良いじゃんそれで」

 眉を下げて困ったように、申し訳なさそうに笑う月永先輩。昔から私を知っているという月永先輩は、いつもそうやって寂しそうに笑う。過去を思い出せない自分が、そうさせているのだろう。私は、このポンコツな頭を恨んだ。
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