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自分は、いつでも普通だった。何かが秀でているわけでも、何かが劣っているわけでもない。普通に努力をすれば、平均的な結果を得れる。そんな人生を送っていた。私もそれに満足していたし、それ以上を求めることはなかった。
夢ノ咲に来ては、それが当たり前ではなくなった。周りの人は普通すらイレギュラー、平均的な努力は当たり前。むしろ、それ以上でなければ結果すらついてこない。その環境は、私を焦らせた。
頑張らなきゃ、結果を出さなきゃ。私の焦りは、日に日に積もる。私は何でここに来てしまったのだろう、そう思って泣いた日は数え切れない。

「まさか名前ちゃんがこっち側だとは、予想外だよ」
「はは、それは私も思ってます」

黒の衣装に青薔薇のコサージュ、まさに敵役と分かるようなユニット衣装を着たその人物は英智先輩。私の姿を目に止めるなり、上から下へと視線を動かし微笑む。プロデュース科の私たちは、ライブがあれば何かしら動かなければならない。それは、今回のジャッジメントも例外ではなかった。

「いつもKnightsと一緒にいるのを見かけるから、こっち側だと新鮮だね」

英智先輩は、ステージ袖から下手側の袖を覗く。手で招かれ、私も一緒に顔を出す。向こう側ではKnightsのメンバーが、最終調整をしていた。そこには勿論、司くんの姿も。マントを纏い、凛月くんと話している司くん。そうか、彼が王様なんだ。全然知らなかった、それだけで胸がぎゅっと締め付けられる。

「朱桜くんが気になるのかい」
「あ、いや」
「ふふ、顔に出てるよ」

英智先輩は、私と目が合うと優しく微笑む。全て見透かされてる気がして、私の口からは間の抜けた笑いが零れた。

「最近司くんと、Knightsのみんなと全然話せてないんです」

結局、この当日まで私は教室でも彼らと話す事はなかった。余程、暗い顔をしていたのだろう。真緒くんが心配して話しかけてくれたりしたけれども、そこから凛月くんや嵐くんに繋がることもなかった。もしかしたら、元から私は良いものと思われてなかったのかもしれない。そう思うくらい、ネガティブな考えは加速していた。

「元から嫌われてたのかなぁ……」
「ネガティブだね、名前ちゃん」

本当だよ。
もう一度だけ、怖いもの見たさで私は袖の先を覗く。司くんは、こちらを見る事なく真剣な眼差しで先輩らと話していた。
司くんが遠くて、寂しいや。


「名前」

ナイトキラーズの身支度も終え、水分補給にと持ってきた水を飲んでいると、後ろから聞き慣れた声がした。

「月永先輩」
「準備、手伝ってくれてありがとな」
「いえ、これくらいしか出来ないので」

結局、今日まで私は何も手伝うことはなかった。ただ、月永先輩らナイトキラーズの練習に立ち会い、この日が来るのを待っていただけ。あんずちゃんだったら、言われてももっと動いてしまうだろうな。何処と無く、無意識に比べてしまう。自分の悪いところだって分かってるのに、直せない。気持ちを飲み込むように、私は小さく拳を作った。

「そろそろ始まるな」

いつもより冷静に見える月永先輩。私の数歩前に進み、くるりと向かい合うと歯を見せて笑った。

「そんな変な顔するなよ!」
「べ、別に変な顔なんて」
「大丈夫、名前は良い子だ!」

陽気な笑い声を上げ、月永先輩は私の頭をまるで犬と戯れているかのように撫でる。お陰で髪の毛はぼさぼさだ。文句を言ってやろうと、威嚇するかのように月永先輩を睨みつける。それと同時に、BGMのボリュームが上がった。

「始まるな」

月永先輩の表情が、一瞬で真面目な表情へと変わった。私はそんな先輩の横に、ただ寄り添うだけ。

「月永先輩」
「ん?」

それならばせめて、このステージが終わるその時まで月永先輩を応援したい。

「が、頑張ってください」

大事なところで言葉が詰まってしまった。私は、恥ずかしさで赤くなる顔を抑える。先輩は一瞬目を丸くしたが、私を見て笑った。

「最後までそこに居てくれよな」

その声は、音楽や観客の歓声で一気にかき消されてしまった。けれど、確かに聞こえた。私は、ステージへと走り去るその後ろ姿をただただ見つめる。

「さいご、まで」

それはまるで、「最期」とでも取れるような言葉だった。アイドル月永レオとして、この舞台がフィナーレであるかのような。


袖から見守るステージは、今まで見たことのない光景だった。ドリフェスでも、学院のアイドル達は勝敗を決められる。勝った喜びや負けた悔しさは次の糧に充てがわれ、それが成長に繋がると、彼らを見て知っている。
しかし、今回は違う。負けたら解散、Knightsには今後を左右する大きな副賞が付いているのだ。
ステージで苦しそうな表情を見せる瀬名先輩。いつも全てのパフォーマンスを完璧にこなす先輩を知っているからこそ、今回のジャッジメントが先輩達にとっても厳しい戦いだと見て取ることが出来る。


「思いっきり遊ぼっか、新入り」

Knightsの結成経緯なんて、文面や人づてでしか知らない。その裏で先輩達が何をしていたかなんて、私にはもっと分からないし一生理解も同情も出来ないだろう。共感なんて、以ての外だ。

「全力で挑みます、紳士的に。ですからあなたも礼儀を尽くしてください」

あっという間に最終戦、ブーツの音を鳴らし、奥の袖から王様である司くんがステージ中央に立つ。マントを翻し闘志の炎を燃やした瞳は、月永先輩に痛いほどの視線を送っていた。
今までの司くんとは違う。直感で感じ取れるここ数日での彼の成長ぶり。身のこなしから、私の知る事のなかった司くんが居ると認識する。月永先輩に勝つため、強くなったんだ。出来るなら、手放しで喜びたかった。

「良い表情するなあ!」

ステージでは笑顔な月永先輩が待ち構える。闘争心に満ち溢れた、この日を待ちわびていたかのような表情。月永先輩に、負けて欲しくない。でも、司くんにも勝ってほしい。どっちつかずの感情は、私の胸をより一層締め付けた。
司くんのパフォーマンスは、見違えるほど成長していた。音楽が流れると同時に、瞳からは溢れんばかりの感情が輝きとともに現れる。絶対に負けない、そんな意思を感じ取れるダンスは、手の先までピンと伸びてテンポのズレなど感じさせない。そして、ブレない力強い歌声だ。声量も、音程の安定感も比じゃない。

「司くん、凄くかっこいいよ」

私は、誰にも聞こえないよう小さく呟く。本当は真っ先に、誰よりも先に彼に伝えたかった。




結果は、Knightsの勝利だった。

身を引き、再び学院を去ろうとしていた月永先輩。そんな彼を、司くんが引き止めた。大団円を迎えたジャッジメントに、私は胸をなで下ろす。
ステージが終わり、お互い袖へと引き返す姿を見守る。真っ先に目が合うのは、月永先輩。吹っ切れたような表情で、私と目が合うと笑ってくれた。その後自然と目が行くのは、司くんの後ろ姿。この数日で随分と大人びた司くん。果たして私は、そんな彼とまた普通に話せる日が来るのだろうか。安堵から一気に不安が襲う。しかしそれも束の間、視線の先にいた司くんがくるりと振り返った。

「お、スオ〜どうした」
「……名前さん!」

その声は、真っ直ぐ私へと向けられていた。月永先輩を通り過ぎ、舞台袖にいる私のもとへ来た司くん。目が合ったその瞬間、マントが私を包む。背中に回る司くんの手。あ、抱きしめられてる。

「つ、司くん!?」
「今まで……今まで何処に行ってたんですか!!」

腕を掴まれ、至近距離で目が合った。今日までの間、目が合うこともなかった彼が目の前にいる。

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