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「まあ、いらっしゃい!」

 レッスンルームに入ると、クラスメイトである鳴上くんの声が飛んできた。それと同時に鳴上くんは私に近づいて力強く手を握る。あまりに勢い良く来るものだから、私は思わず目を見開き引き気味になってしまった。横で司くんも目を開いて驚いた表情をしているから、今私と司くんは同じような顔をしてるんだと思う。

「あの、」
「やっとお話することが出来たわぁ、アタシは鳴上嵐。よろしくね、名前ちゃん」
「よ、よろしくお願いします」

 鳴上くんは、握った手を両手で包むように握り直して更に顔を近づけてくる。鳴上くんの顔はとても整っていて綺麗、そして小さい。昔、ファッション雑誌で見たことあるけれど、モデルさんって生で見ても本当に綺麗なんだなあとしみじみ思ってしまう。そんな彼が私を見て目を輝かせてくるのだから、ちょっと恥ずかしい。

「ス〜ちゃん誰連れてきたの……?」

 見つめ合う状態になっていたところで、鳴上くんの後方から声がした。その方を見ると、ソファに寝転んでこちらに顔だけを見せてくる人がいた。確か、同じクラスの朔間くん。鳴上くんは朔間くんを見ると、すぐさま手を離し朔間くんの方を見て可愛らしく頬を膨らます。

「もう凛月ちゃんたら、クラスに転入してきた名前ちゃんよぉ」
「えーいたっけ……?」
「凛月先輩、お姉様とはclassmateでしょう。ちゃんと覚えておいてください」

 ソファで寝ていた朔間くんを司くんが無理やり起こす。司くんに起こされた朔間くんは、眠そうな目で私を見ると再び寝る体制を取ろうとする。けれど、それを司くんが止めるものだから少し機嫌悪そうな顔をしていた。今日ここに居るのはこれだけ。資料によると後2人いたはずだけど、休みなのかな。司くんに起こされるから諦めた朔間くんは、ゆっくりと起き上がると私のところまで来てじっと顔を見てきた。赤い瞳が鋭く私を捉えてくるものだから、私は少し不気味さを覚えてしまう。足が無意識に引いてしまったけれど、お構いなしに朔間くんは見てくるものだから冷や汗すら出そうな感じ。

「名前だっけ……?」
「そ、そうです」
「なんか普通だねえ……まあいいや、ちょっと血ちょうだい」
「え?血、ですか?」

 何を言っているんだろうと思っていると、朔間くんは更に顔を近づけ鋭い牙を見せてきた。その不気味さに気圧されてひっ、と自分からか細い声が出る。やだ、怖い。

「何してるんですか!」

 声をあげたのは司くんだった。ぐいっと朔間くんの頭を私から引き剥がし、朔間くんとの間に立つ。司くんが私の前に立つことで朔間くんはほとんど見えなくなったけれど、司くんの肩から少し見えた彼は少し不服そうな顔をしていた。

「女性の首筋に噛みつこうとするなんて不躾です」
「えー……ちょっとくらい良いじゃん」
「良くありません、お姉様だって怯えてるじゃないですか」

 そう言うと司くんは私に視線を向ける。先ほど朔間くんの怖い視線を受けたことから、条件反射のように少しびくりと肩が震える。それを見た彼は、眉尻を下げ申し訳なさそうな顔をした。そしてそのまま視線を朔間くんに戻して再び朔間くんと言い合いのような会話を再開する。別に司くんに怯えたわけじゃないよ、と言いたかったけれど伝えず仕舞いになってしまい私は視線を足元に落とす。折角庇ってくれた司くんの恩を無下にしてしまったようで申し訳なくなる。

「もう二人とも、名前ちゃんが困ってるでしょ」

 収拾がつかなくなったところを止めたのは鳴上くんだった。鳴上くんは優しく私の肩に手を置いたかと思うと、力強く押して私を朔間くんと司くんの間に立たせた。突然私が割り込んできたことで二人は少し目を丸くして驚く。私は二人を見てもどうしたら良いか分からず、再び視線を下に向けてしまう。そんな私を見兼ねたのか、鳴上くんが私の後ろから、二人ともちゃんと謝りなさいよぉ、と優しく言った。

「んー……今度は血頂戴ねえ」
「凛月先輩、それは謝ってるとは言いません」

 やはり少し変わったことを言う朔間くんに、司くんは不満そうな表情を向ける。朔間くんは、司くんを無視して私の方に視線を合わせると、さっきとは違って少しだけ優しそうな表情を見せた。あ、これは怖くない。その表情につられて私も少し口角が緩んだ。

「お姉様、私も困らせてしまい申し訳ありません。先ほども怖がらせてしまいましたね」
「そ、そんなことないよ。……司くんが助けてくれて、嬉しかった」

 ちゃんと言えた、と思い司くんに視線を合わせると少し顔を赤らめていた。

「司くん?」
「あ、ああ、いえ、その、良かったです」

 どうしたのだろうかと視線を合わせると、司くんは歯切れ悪く言葉を返してきた。少し恥ずかしそうにするものだから私もなんだか恥ずかしくなる。

 ……それにしても、司くんは私をお姉様と当たり前のように呼んでいるのだけど、これは司くんなりの距離感なのかな。恥ずかしがることもなく私をそう呼ぶのだから、人に呼び慣れているものなんだろう。私だけが司くんにとってお姉様と呼ぶ対象じゃなくて他にもいる、出会って数時間しか経っていないけれどなんだか複雑な気持ちになった。
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