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 何だか焦っているような表情を見せる司くん、久しぶりに顔を合わせたことから、私は気まずくなる。

「名前……お姉さま」
「つ、司くん」

 先に動いたのは、司くんだった。私の元まで駆け寄ってくると、一度衣更くんを睨むようにして見る。そして、再び私へと視線を戻した。なんだか久しぶりに見たからか、司くんをまともに見れない。私は、司くんの視線から逃げるように目線を下にやった。すごく、気まずい。

「名前、俺先教室戻ってるな」
「えっ、衣更くん」

 苦笑い混じりに立ち上がった衣更くんは、空の食器を乗せたトレーを手に去ってしまった。衣更くんなりに空気を読んだのかも知れないけれど、全然読めてない。お願いだから司くんと私を2人にしないで。

「お姉さま、少しお時間良いですか」

 私の思いも虚しく去って行く衣更くんを見ていると、司くんは私の横の空いている席に座る。そして、私を見上げるようにして見た。普段私が司くんを見上げることが多いからか、見慣れない角度からの司くんに尻込みする。何を話せば良いんだろう、私が一方的に避けちゃっているだけなのに。しかも大した理由でもないのに。
 私は少し躊躇いつつも椅子に座り直す。そして司くんの方に視線を向けた。−−やっぱり気まずい、今司くんと話す勇気が持てない。大した理由じゃなくても、言わなきゃ分かり合えないって衣更くんも言っていたのに、私には難しすぎる。

「最近eye contactが減りましたし、こうやって今もお言葉に困ってらっしゃる。私、気づかぬうちに何か気に触ることをしてしまったのでしょうか?」

 ぽつり、と司くんから発された言葉。私は、思わず司くんの方に顔を向ける。さっきまで私を見ていたはずの司くんは、目線を下に落とし寂しげな表情をしていた。

「お姉さまは、私のことが苦手なのですか?」
「ち、ちがうよ!」

 とっさに否定の言葉が出る。違う、違うんだ。私は司くんが苦手だからさけているわけじゃない。司くんはこの学院に来て最初に優しくしてくれた人で、私を慕ってくれてできる後輩で、どんな私でも素敵だって言ってくれて、嫌いというより、

「むしろ好き……」

 その瞬間、自分の顔が一気に内側から熱くなる。焦って自分の口を手で抑えたけれど、すでに遅かった。恐る恐る司くんの表情を伺う。

「よかった……!」

 どうやら私の言葉は最初しか伝わってなかったようで、司くんは心底安心したような顔を見せる。お陰で私が焦った事なんて気に留めていなかった。ばくばくと大きな音で脈打つ心臓を抑えながら司くんを見る。普段大人びているのに、安心しきっているのかその笑顔は幼い。笑ってくれた、嬉しいなあ。私は釣られて口角が緩んだ。
 こんなに私の言動で表情をころころと変えてくれる司くん。嫌いになるわけないじゃん、こんなに司くんの言動に振り回されているのに。心臓の音を抑えようと、ぎゅっとブラウスの胸あたりを掴む。それでも司くんを見るだけで、自分の心臓は更にうるさくなる。なんで、こんなにうるさい。もしかして私は、司くんが好きなのか。

「よろしければ今日、一緒に帰りませんか」

 司くんは、首を少し傾げて微笑む。

「でも司くん車じゃ?」
「お姉さまとゆっくりお話する時間が欲しいのです。送らせてください」

 迎えには伝えるので問題ありません、と自信ありげな表情を見せる。異性と一緒に帰る、なんて小学生の集団下校以来だ。しかも司くん、私の収まりかけていた心拍数は再び上がり出す。緊張が圧倒的に上回る、けれどここで断ってしまう理由はない。私は緊張を振り払うかのように、首を思い切り縦に振った。


 放課後玄関で待ってます、と言われお昼は終了した。思えば、司くんに私がどうして彼を避けていたなんて一切話していない。もしかしたら、時間を考慮した上で誘ってくれたのだろうか。さり気無い優しさに、気づくのが遅かったと少し悔やむ。私はバカだから、はっきり言ってくれないと分からないよ司くん。

 約束された放課後はあっという間に来てしまった。私は、いそいそと荷物をまとめて教室を飛び出す。一緒に帰る、それだけのことがとても嬉しくて無意識に顔が綻ぶ。司くん、もう来てるかな。
 靴を履き替え、玄関を見渡す。玄関の隅で、すぐに目当ての人物は見つかった。

「司く、」

 声を掛けようとした私の言葉が詰まる。視線の先にいる司くんは、無表情のまま外の景色を眺めていた。いつも私に対しては微笑んでいる事が多かったり、レッスンの時は百面相のように表情が変わる司くんだからこそ、無表情は珍しい。

「名前お姉さまっ!お疲れ様です」
「司くんもお疲れ様」

 思わず見惚れていると、司くんはこちらに気づいてすぐさま駆け寄って来た。私を見ると目を細めて微笑む。それに釣られて私も笑った。

「帰ろうか」
「はい!」

 私が歩き出すと、司くんも続いて歩き出した。心なしか、司くんの足取りはスキップしているかのように軽い。そう思えたのは一瞬だけで、私はこの状況に改めて緊張する。今、司くんとふたりで帰ってるんだ。昼に落ち着いたはずの心臓は、ばくばくと再び音を立てる。聞こえたらどうしよう、そう思うくらいうるさかった。

 学院から私の家までは歩いて30分も行かない距離。もともと家から少し遠い夢ノ咲の姉妹校に通っていた身だから、転校が決まった時はその近さに喜んだことを覚えている。そう思うと、結局30分くらいしか一緒にいれないのか。利点であったこの近さをちょっとだけ悔やむ。もう少し一緒にいたい。

「司くん、アイス食べたくない?」
「Ice creamですか?」

 首を傾げる司くんに、奢ってあげる、と言葉を加えて数メートル先のコンビニを指差した。

「Supermarketでしょうか?それにしては小さいですね」
「違うよ、コンビニ。行ったことない?」
「こんびに……?初めてです!」

 きらきらと目を輝かせる司くん、初めてのコンビニらしく私はその反応が嬉しくなる。

「奢ってあげるよ、何が欲しい?」

 コンビニに入り、アイスが冷やされているケースへと司くんを誘導した。司くんは私の言葉は既に耳に入っていないのか、その冷風漂うショーケースに詰め込まれたアイスに興味津々の様子。その姿が面白くて、私は一緒にショーケースを覗き込んだ。

「気になるものあった?」
「このice candylとchocolate iceで悩んでいるのですが……」

 司くんの手には夏らしいソーダ味のアイスキャンディーと、チョコにコーティングされたアイスがあった。しかも、悩んでいる間にも他のアイスに目移りしている。これじゃ、キリがないなあ。

「じゃあ、私こっちにするよ。2つとも半分こしよ」

 私は、司くんの両手にあるアイスを取って笑いかけた。司くんは最初、意味を理解出来なかったのかきょとんとした顔を見せる。

「そ、そんな……!お金はお出しします」
「いーの、今日は私が出したい」

 レジに向かう私を見届けてから理解したのか、慌てて財布片手に横にきた司くん。私がそう言うと少し戸惑いつつも財布をしまってくれた。ちらりと隣にいる司くんを見ると、彼は嬉しそうに横で店員さんの動きを見ていた。まるで、初めてのおつかいに来た子どものよう。目がきらきらと輝いているものだから、私は自然と笑みが零れた。
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