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 コンビニを出て、近くの公園のベンチに座る。外は、日中の汗ばむような暑さから少し涼しいと感じる程度に落ち着いていた。

「頂きます」
「はーい」

 司くんはアイスキャンディーを一口かじる。口に合うかな、なんて心配したのも束の間、目を大きく開き嬉しそうに私へと顔を向けた。

「Marvelous!美味しいです!いつも食べているIce creamとは全然違います!」
「良かったあ、こっちも食べる?」
「はい!是非!」

 はい、と差し出すと司くんはそのまま、私の持っているチョコレートのアイスにかじりついた。一瞬、司くんの髪の毛が手に触れる。その瞬間私の神経は、一気に司くんの髪が触れた部分に集中した。大したことでもないのに、意識しすぎだ自分。

「Delicious!」
「よ、良かった」

 司くんは嬉しそうな顔をする。私は未だに心臓がばくばくとうるさくて、それどころじゃなくなっていた。
司くん、そんな大胆なことするんだ……。


「お姉さまと久しぶりにお話している気がします」

 他愛のない話をしていた中で、ぽつりと司くんが呟いた言葉。司くんとは別に毎日会って話す約束なんてしてたわけじゃないけれど、数日前までは毎日のように顔を合わせて話をしていた。
久しぶりと言えど数日、けれどそれは私にとっても司くんにとってもとっても長い数日間だったみたい。私は、司くんに視線をやり少し申し訳なさげに笑う。

「……ごめんね、私が一方的に避けちゃって」

 何処から話せば良いんだろうか。うまい言葉が出てこなくて私は黙り込む。そんな私を見て司くんは困ったように笑った。

「話し辛い事なのですね、無理に話さなくても大丈夫です」
「いや、なんていうかね、大した事じゃないの」

 ここで話さなかったら、例えこれから司くんと普通に話せても私がもやもやしちゃう。私は、あのね、という言葉に続けてゆっくり話し出した。

 転入して来て初めてまともに話せた相手が司くんだということ、司くんに優しくされて嬉しかったことや、瀬名先輩に怒られた時に慰めてくれて励みになったこと。
 それを自分が勝手に特別だと思ってたこと。
 けれど、司くんが「お姉さま」と呼ぶのは私だけじゃないってあんずちゃんに嫉妬したこと。そんな嫉妬をする自分が醜くて、恥ずかしくて、嫌になったこと。
 司くんに合わせる顔が分からなくなった、だから避けた。なんて、全部自分勝手すぎる事をしたんだろう。司くんは怒るかな、もしかしたら呆れてるかな。私は司くんにとって何者でもないのに。
 話しながら私は、自虐的に笑った。

「名前お姉さま」

 全てを話し終えて、暫くの沈黙。そんな沈黙を破ったのは、司くんの私を呼ぶ声だった。
 司くんは、私の片手に自分の手を添える。私の手はいつの間にかスカートをぎゅっと握っていたようで、司くんの手が重なったことでそれにやっと気づいた。私はゆっくりスカートから手を離す。強く握っていたのか、スカートにはシワが出来てしまっていた。

「話してくれて、ありがとうございます」

 司くんは、怒ることも呆れることもせず感謝の言葉を口にする。私はそれだけで、涙が出そうになった。

「私のこと考えてくれていたのですね、嬉しい」

 そう言うと、司くんは照れながら笑う。司くんは私の言葉を一字一句逃さず、しかもストレートに受け取ってくれたんだろう。その結果出た嬉しい、という言葉。想定していた言葉とは違う言葉をかけられ、私は一気に恥ずかしくなる。

「私にとっても、名前お姉さまは特別です」

 ぎゅっと手が握られる。さっきよりも司くんの熱が伝わってきた。
 特別、その言葉がやけに耳に残った。それに反応するように心臓が高鳴り出す。私の顔、今どんな顔してるだろう。にやけちゃったりしてないかな。

「とくべつ」
「ええ、多分お姉さまが私のことを思っているのと同じくらい」

 同じくらい、私はその言葉に少し戸惑う。特別に思ってくれていることは嬉しい。けれど司くん、私は多分――

「ありがとう」

 いや、やめとこう。それ以上欲張りになってどうするの。話が出来ただけ、それで満足だよ。私はぐっ、と口から出そうになった言葉を堪える。
 気づけば陽はほぼ落ちていた。片手に持っていた食べかけのアイスは、溶けてポトポトと汁が地面に垂れている。

「司くん、そろそろ」
「お姉さま」

 帰ろう、そう言いかけた時だった。司くんと私の言葉が重なる。司くんはさっきの笑みから一転、真剣な眼差しで私を見ていた。
 僅かな夕陽が、司くんの紫の瞳に光を当たりきらきらと輝く。私は、その瞳から目を離せなかった。

「いえ、名前さん」

 お姉さまではなく、名前で呼ばれる。出会った時以来の呼び方。それに加え握られていた手が、更に強く握られる。まるで離さないとでもいうように、痛くはないけれど力強かった。

「あの時の好きは、どういう意味ですか」

 その言葉と同時に、殆ど溶けていた私のアイスがぼとりと地面に落ちた。
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