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 夏休みが終わり、気づけば季節は秋へと移り変わり出していた。
 夏休みはあんずちゃんと一緒に、色んなユニットのイベントを手伝った。高校生と言えどアイドル、夏休みも自分たちの名前を世間に売るため奮闘しなければならない。みんなの必死な顔が、そう物語っているようだった。
 そのお陰で、夏休みはあってないようなものだった。毎日が忙しいのは当たり前で、たまに休みがあれば衣装の手直しや小物の整理。これが普通の高校生じゃなくなった代価か、なんて思いつつ楽しんでいる自分がいた。1年前だったら想像つかなかったなあ。

「名前殿〜!」
「あ、忍くん」

 用事があったため、1年生の校舎を歩いていると声をかけられた。元気に駆け寄ってきたのは、流星隊の忍くん。忍くんとは、流星隊のイベントを手伝った時に仲良くなった。最初は少し警戒されていたけれど、懐くととことん懐いてくれるようで今では私の可愛い後輩ひとり。

「おはようでござる!」
「おはよう、元気だね」

 私を見て目をきらきらと輝かせながら笑う忍くんは、私に今日登校中に起きた出来事を話してくれる。

「ぽっちゃりだったのでござるが、愛嬌あって可愛かったのでござる!」

 高校生にしては幼い、小柄な体をめいいっぱい使って私に分かるように話す。どうやら登校中にコーギーに会ったようで、そのコーギーがぽっちゃり体型だったとか。そうやって話す忍くんの方が可愛いよ、なんて言いかけた口を誤魔化すように笑みを浮かべる。

「仙石くん!名前さん!おはよーっス!」
「鉄虎くん!おはようでござる〜」

 不意に、後ろから元気な声がした。居たのは、忍くんと同じ流星隊所属の鉄虎くん。秋になったのに、まだ暑そうにブレザーを脱いでシャツの袖をまくっていた。おはよう、と返すと太陽のような笑みを見せてくれる。慣れてきたと思ったけれど、やっぱり彼らの笑顔は眩しいなあ。

「名前さん大丈夫ッスか?もう直ぐホームルームッスけど……」
「えっ、あ!」

 鉄虎くんが自身の携帯を見せてくれる。そこにはすでにホームルーム3分前の時間が表示されていた。どうやら長話しすぎちゃったみたいで、私は「またね」と2人に手を振って廊下を早歩きする。慣れてきたは良いけれど、複雑な校舎である事には変わりない。私は間違えないように、右へ左へと早足で教室へ向かう。

「なあ!」
「へ?」

 突然、後ろから声を掛けられ振り向く。そこには、オレンジ色の髪の男の人がいた。エメラルドグリーンの瞳は、猫のようにつり上がっている。背丈は、司くんくらい……?

「俺のクラス知らない?迷っちゃってさ〜」
「え、えっと、何年何組でしょうか……」
「3年!クラスは、えーっと……忘れちゃったな。ん?今霊感が湧いてきた!今なら名曲が書ける気がする!いやいつも名曲であり傑作なんだけどな、わはは!」

 その男の人は突然笑ったかと思えば、サインペンを手に持って床に何かを書き出した。何書いてるんだろう、……音符、譜面?止まることなく、その音楽は繰り広げられて行く。凄い、いや待って。

「わああああっ、駄目ですよ!床に書いたら消せないです!」
「やめろ!俺の邪魔すんな!」
「邪魔も何も駄目ですからぁ!」

 音楽を生み出す手を、私は思い切り引っ張る。床に落書きしちゃいけません、なんて常識はその人に通用しないようで、不服だと言わんばかりに私を睨む。私はちょっと怯みそうになった。けれど、その睨みは瀬名先輩とか、特に瀬名先輩とかに比べたら全然怖くない。私も強くなったものだ。
 その時、廊下に始業のチャイムが鳴り響く。まずい、学校にはいるのに遅刻になってしまった。こうなったら強行突破だ。焦った私は、その人の制服を引っ張り歩き出す。

「何だ!?俺をどこに連れて行く気だ!?」
「3年生の校舎はこっちです!クラスは行けば分かりますよね」
「なるほど。お前、頭良いな!天才だな!いや天才は俺だけど」
「歩いてください!!」

 頭良いと褒めてくれるのは嬉しいけれど、この人全然歩こうとしてくれない!私は思わず、呆れた言葉が漏れる。この人も流石にばかではないようで、怒っている私を見て渋々引っ張られるように歩きだした。
 ホームルームが始まったことは、もう諦めよう。

「お名前はなんていうんですか?」
「ん?おれ?月永レオ!」
「月永先輩ですね。私は、苗字名前です」
「名前か!可愛い名前だな!」

 私は返答に困り、苦笑いになる。司くんといい月永先輩といい、どうしてこうもアイドル科には感情をどストレートに口にする人が多いのか。普通の人として生活を送っていた私には、恥ずかしくなることばかりだ。

「あ、校舎つきましたよ!」
「おお!ありがとう名前!」
「お役に立てたなら良かったです」

 ホームルームに間に合わなかっただとかそんなこと、嬉しそうに笑う月永先輩を見たらどうでも良くなった。思えばこの高校は、基本自主性を重んじられている。椚先生出ない限り遅刻や欠席でこっ酷く怒ってこない。なら大丈夫だ、私は変にポジティブになっていた。これは多分自暴自棄だろう。けれど、いい加減戻ろう。私は月永先輩にお辞儀をして、ではまたと手を振り去ろうとする。

「なあ、名前」

 背を向けたと同時に、月永先輩は私の名前を読んだ。私は、もう一度体を月永先輩へと向ける。

「なんですか?」
「お前さ、どっかで俺と会ったことある?」
「えっ」

 タイミングよく、窓から風が吹き付ける。髪の毛が風に吹かれて舞い、月永先輩がうまく見えない。
 秋の香りがする。それは落ち葉からくる香りか、それとも夏に比べて優しくなった日差しの香りか。どことなく懐かしさを感じさせた。

「覚えてない、です」
「……そっか」

 風で靡く髪の毛を抑え、月永先輩を見る。月永先輩は、眉を下げ笑っていた。どっかで会ったこと、あったのかな。
 
 私はもう一度頭を下げると、今度こそ自分の教室へと足を進めた。
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