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 先日出会った月永先輩、実はKnightsのリーダーだったらしい。
 不在だと聞いていたリーダーは、初対面から変わることなく変な人だった。私がプロデュースの為にKnightsのもとへと行けば、地面に名一杯五線譜を広げひたすら音符を綴っている。これは次の日も、その次の日も変わらず。
 まあでもリーダーなんだから、ライブ中は少しはリーダーらしく振舞うことくらいあるだろうな。日常生活で期待出来なかったものを、ライブに期待したこともあった。

「はあ!?あいつ、また行方不明なの!?」
「私も探したんですけど、見当たらなくて……!」
「ああもういい!俺たちだけで出るからぁ!」

 けれど、それも違った。
 月永先輩は、ステージに姿を現さなかった。ここ連日続くライブには一度も。
 お陰様でメンバーは精神不安定、Knightsのパフォーマンスは不調続き。SNSには、「Knights最近微妙」とまで書かれる始末。流石にまずい、私は彼らの姿を見て焦りを覚えていた。だからと言って、何が出来ると言われたら何もできないのだけれど。

「あ!月永先輩!」
「お、お前!……誰だっけ」
「名前です!これ何回目ですか!」

 Knightsのライブの入場整備をしていた時、何事もなく観客として会場に入る月永先輩を見つけた。私を見て知った被りをする先輩、名前を名乗るのは初対面から何度目かもう分からない。下手したら逃げてしまうかも、私は月永先輩の腕を掴み、詰め寄る。エメラルドグリーンの瞳は、まるで小さい子の瞳のようにきらきらと輝いていた。

「月永先輩が行くところは、観客席じゃないです。衣装はあるのでいきましょう!」
「あ〜だめだめ!俺はステージに上がらないって!」
「何でですか!」

 思わず声を張る。だって、Knights微妙って言われてるんだよ。その声は月永先輩の耳にだって入っているはずだ。それなのにステージに立たないなんて、リーダーのくせに。

「お前、あいつらは俺が居ないと何も出来ないと思ってんの?」
「え、」

 瞬間、月永先輩から笑みが消えた。私は思わず手の力が緩み、足が数歩下がる。さっきまで輝いていると感じた瞳は、薄暗く怖い。

「そうやって俺をステージに上げたがる理由って、連日続くライブであいつらが下手なパフォーマンスをみせるからだろ?何、俺があの場に立てばSNSの酷評も消えるわけ?」

 力の緩んだ私の手を、今度は月永先輩が反対の手で掴む。逃げられなくなった私は、言い返すこともできない。月永先輩がステージに立てば、『王さま』が帰って来ればKnightsは良くなると思っていた。みんながみんな、精神的にも不安定。それをどうにかするのは、月永先輩だって。

「……思ってました」

 ストレートに言葉は出る。言い訳も何も出来なかった。Knightsのみんなには怒られるかもしれないけれど、本当にそう思ってしまっていたのだから。私は怖くなって、月永先輩から目を逸らす。怒られるのではないか、手も心なしか汗ばんできていた。

「わはは!素直だな名前!」

 暫くの沈黙後、月永先輩は私を勢い良く抱きしめた。それは一瞬の出来事で、先輩は私からすぐ身を離す。そしてまた、輝かしいエメラルドグリーンの瞳を私に向けた。

「ご、ごめんなさい。私、Knightsを貶すようなことを」
「いや、素直なのは良いことだ。隠す必要ないよ」
「え……」

 月永先輩は優しく笑う。そして私の手を握ると、講堂の中へと歩きだした。

「よし!じゃあ、俺と一緒にこのライブ観ようか!」
「え!?ちょっ、ちょっと!」

 ぐいぐいと容赦なしに、まるで子どものように月永先輩は私を引っ張る。私の仕事は終わったけれど、まだあんずちゃんの仕事が残っている。見るならステージ袖で見るつもりでいたのに。ああでも、客席でまともに見たことないや。今日くらいなら、それも良い気がする。

「お、もう始まってるな!」

 会場に入った瞬間、歓声が私たちを包む。さすがKnights、人気だということが一瞬で分かる。けれどやっぱり、私はどこか引っ掛かるものがあって仕方ない。
 運良く空いていた前方の端2席に、私たちは座る。意外によく見えるな、と満足気な月永先輩は、手に持っていた五線譜とペンを構え音符を綴り出した。ただライブを見るわけじゃないんだ。私はステージを見るより先に、その姿に目を奪われてしまった。耳で音を感じ取って、独自の発想力で音楽を作り上げていく。凡人には出来ない技だ。暫く月永先輩の姿を見届けた後、私はやっとの事でステージに目を向ける。ステージの上のKnightsは、いつも通り騎士らしいパフォーマンスを繰り広げていた。その中でも目につくのは司くん。いつも通り、のはずなのに司くんの表情は暗く見える。ダンスのテンポも周りとワンテンポ、いや本当コンマ単位でズレている。何をそんなに焦っているのだろう、気づくと私は手に力が入っていた。
 不意に、司くんと目が合った。司くんの表情は、まさに動揺していると言っているようで分かりやすい。そして更にズレるダンス、司くんのパフォーマンスはまだまだだと言われていても、こんなに心配する程のものではなかったのに。それほど、月永先輩に感情的になってしまっているのかな。

「司くん……」
「つまんないな」

 その一言に、手が汗ばむ。月永先輩のその一言は、私のわだかまりと同じ。すっきりした、今のKnightsのパフォーマンスで引っ掛かるもの。それは、みんなの精神が不安定だからとか心情の問題じゃない。その結果、それがパフォーマンスに出てしまっているんだ。

「つまんない……」

 月永先輩の言葉を復唱する。横で音符を綴っていた月永先輩はもう、手を止めていた。






「話はすべて聞かせてもらったぞ!」

 陽気な笑いとともに、月永先輩は私と一緒にレッスンルームへと入る。いや、正確には私は普通にレッスンルームに扉から入ったけれど、月永先輩は何故か窓から飛び込んできた。そのタイミングがちょっと重なっただけ。部屋にはKnightsの面々とあんずちゃん。瀬名先輩も寝ていた凛月くんですらも月永先輩の登場に驚く中、司くんは私に気づいて持っていたお菓子をそっと机に戻し紳士的に微笑んだ。今日大丈夫だったの、すぐさまそう言いそうになったけれど、司くんも月永先輩へと突っかかるものだから流石にやめた。
 司くんは、月永先輩の目の前まで行くと感情的に不満をぶつける。今までのライブについてや、今日客席で見ていたこと、名前を覚えてくれないことまで。けれどそれは、いつになく真面目な表情を見せる月永先輩によって抑えられてしまった。

「おまえら、おれがいないと何もできないわけ?」
「だ、誰のせいで、私が集中を乱されたと思っているのですか?」

 たじろぐ司くん。月永先輩のその言葉は、ライブの前に私に言った言葉そのものだ。

「なあ、新入り……」

 月永先輩は、軽快な足取りで正反対の場所にいた私のところまで来る。どうやら瀬名先輩たちは、月永先輩に気を取られて私が来ていたことに気づかなかったみたいで、「名前きてたの」と今更驚かれた。立ち尽くしていた私と目を合わせると、一瞬寂しそうに笑う。そして、くるりとまた司くんの方へと体を向けた。

「偉そうな口を叩くけどさ、後からどんだけ言い訳しても意味ないんだよ。ほんと、俺が言うことでもないけどさ」

 その言葉はまるで、自分の過去を思い返しているような口振り。月永先輩が今まで、何をしていたかなんて知らない。けれど、その一言には重い意味が含まれているように感じられた。

「うん!でも現状に文句を言っても仕方がないから、未来のことを考えよう!そのほうが建設的だ、ここに再び俺の王国を築きあげよう」
「ど、どういうことですか?Leader、わかる言葉で説明してください!」

 首を傾げ、司くんは困ったような表情を見せる。もちろん、月永先輩の横に立って注目の的の一部となっている私も分からないのだけれど。そんな司くんを見て、月永先輩は意地悪な笑みを浮かべた。この人は本当に、表情が良く変わる。けれど、その真意が掴めないものだから少し怖い。

「理解する努力をしろよ、新入り」

 月永先輩は、司くんを煽るような口調で言い放つ。

「来週あたりに、デュエルをするから。あんずに頼んで、準備してもらってるところ」

 あんずちゃんに?私は思わず、あんずちゃんに視線を向ける。いつも通り表情の変化の少ないあんずちゃんは、私と目があうと口元だけ笑った。
 月永先輩が復学してそんなに日は経っていないのに、あんずちゃんはもう既に月永先輩の信頼を得ている。すごい、それと同時に今日も名前を覚えてもらえていなかったことを思い出した。私は全然、成長していない。ああだめだ、こうやってネガティブになるから成長しないんだ。私は緩みそうになった涙腺をぐっと堪え、今も続く会話を聞き取ろうとする。

「おれの青春そのものだったKnightsが、見るに堪えない情けない集団に成り果ててるなら。そんな無価値な代物は、後腐れなくごみ箱にポイしてやるよ」

 それは、月永先輩というKnightsの王様からの内部粛正宣告だった。文句があるなら、ステージで。月永先輩はそう言うと、レッスンルームから立ち去ろうとする。けれど、扉を開けようとしたところで、何かを思い出したかのように振り返った。

「あ、そうだ。名前」
「は、はい!」

 突然、名前を呼ばれて無意識に肩が跳ねた。何だろう、私は変に緊張する。

「お前は、ジャッジメントまでKnightsに近寄っちゃだめだ」

 月永先輩は、私と目を合わせると無邪気な笑みを見せた。
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