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ライブ当日、私は開場時間少し前に現地に到着した。瀬名さんには昨日、「関係者受付から入って」と伝えられた。よくよく見ればチケットにもその表記。ライブだからはしゃがなきゃ、そんな気遣いは無用だったと少し安心。普段なら縁のない受付へと足を進めた。

名前を告げ、一般のファンとは別ルートで開場へと誘導される。横目にファンを見ると、私とは全然違う、気合いの入った服装の子ばかりだった。たまに、どこで用意したと思わせるような服装の人も。それくらい、Knightsのライブを楽しみにしていたのだろう。私は、自分の服を改めて確認する。一応、今年買いたてのものたち。メイクだって、珍しく全てに気合いをいれた。たぶん、浮いてないはずだ。

「お疲れ様です」
「お疲れ様です、今日は−−−」

場違いじゃん。席に着いた途端、周りで起こっているのは関係者同士の挨拶。そんな所に、私がのうのうと座っていて良いのだろうか。ファンの雰囲気とは違う、ビジネスの場に何とも言えなくなる。ここにいる人は、仕事で来ている人大半、私のように呼ばれて来た人数人と言ったところだろうか。目立たないようにしておこう。「もしも」があったら嫌だし。とても見やすい隅っこの席で、私はさらに身を縮こめた。

開演とともに、会場は暗転する。私のいるスタンド席からは、アリーナのサイリウムが光り輝く。興奮を煽るかのように、BGMのボリュームも上がる。オープニングのPVが流れ、漸く本人達の登場。周りの黄色い悲鳴は最高潮だ。私には絶対出せない、なんて思うほどに。

「今日は楽しんで行ってよねぇ!お姫様たち!」
「お、おひめさま」

ゾワッと鳥肌が立った気がした。悪い意味ではない。でもお姫様ってなんだそれ、瀬名さんってそういうキャラで売ってるの?
確かに、店に来る時の顔は「王子様」が的確だ。店の外で会った素の姿を知らなければ、私は一生瀬名さんを王子様やら貴族と似たようなものだと思っていただろう。それはもう、ファンと同じように。

「キャー!泉くーん!!」
「司くんー!こっち向いてー!!」

少しだけ、黄色い歓声を上げるファンを見回す。うちわやペンライトを持ってはしゃぐ女の子。あの人、本当にアイドルだったんだな。こうやって、ファンたちに夢を売っている。

『名前にとって、アイドルの恋人は正直きつかったろ?』
『……なに、その言い方』

突拍子もなく思い出したのは、あの冬の出来事。真緒の声が、真緒の私を突き放す言葉が蘇る。ぐっと心臓辺りを掴んで、気持ちを抑えた。嫌に脈打つ心臓を抱えながら、ステージに立つ瀬名さんを見る。歌っているのはバラード、別れの歌だ。
スタンドマイクを前に、瀬名さんの切なげな表情がモニターに映る。それと同時に、あの時の真緒が脳裏に浮かんだ。あの時の真緒は、私を突き放すように言葉を続けた。

『俺の事なんか、忘れていいから』

そんな事、言っていた気がする。ねえ、忘れられないよ。こうやって今も、思い出してしまう。好きだった。アイドルとしての真緒じゃない。私の横に居て、楽しそうに笑う真緒が。

「だいすきー!」
「かっこいいー!!」

曲が終わると同時に響くファンの歓声。私は思わず耳を塞いだ。うるさいうるさいうるさい。全てがわずらしい。ここはKnightsの、瀬名さんのステージなのに。瀬名さんに誘われて、瀬名さんを見ようと来たのに。このタイミングで、やっと分かってしまったんだ。未練の理由。

私は、アイドルという職業に、そしてファンに嫉妬していたんだ。

視界が霞む。サイリウムの光が眩しくて、思わず目を閉じる。瀬名さん、私ここに来て正解だったかもしれない。こんなちっぽけな嫉妬が、未練となって引き摺られていたなんて思ってもいなかった。私はただ、振られた事がショックなだけだと思い込んでいたんだ。

「テンション高いね〜。ま、俺もだけど」

凛月の声が耳に入る。振られて、縋るように凛月と一緒にいた。それは、凛月が真緒に近しい存在だったからかもしれない。同じアイドル、そして彼の幼馴染。そんな凛月に、この嫉妬心も虚無感も、全部埋めてもらっていたんだ。

「ばかだなぁ」

そんな事したって、もう元通りにはならない。私の醜さが際立つだけなのに。目元に触れると濡れる手、涙はまだ止まらないようだ。

「ちゃんと俺を見てよねぇ」

不意に、瀬名さんの声が響く。その言葉は昨日と同じ、自信ありげな言葉。私は、引かれるかのように目を開く。鮮やかなライトに照らされ、堂々とした姿で歌もダンスもこなす姿。

「きれい」

思わず、口から零れる。まるで、花のように華麗な姿。瀬名さんは、成るべくしてアイドルになったと思い知らされる。そうだ、昨日言われた言葉。同じような事を言われた。俺を見に来て、と彼が言った事を思い出す。自信あると言っていたダンスは、乱れる事を知らず動作全てが凛としていた。歌声も、5人で揃えても耳に残る彼の声。真緒とは、また違う。瀬名さんにしか出せない魅力が、そこにはあった。
私は涙を引っこめる為、ぐっと体に力を込めて、まっすぐ見つめる。いつしか私は、ひたすら瀬名さんを目で追っていた。青いサイリウムの光に照らされる瀬名さんは、雲ひとつない夜空に現れる月のようだ。

「瀬名さん、私ここに来て正解だったかも」

音楽と歓声に、私の独り言はもみ消される。瀬名さんが誘われなければ、私はきっとこの先も真緒の存在を引きずっていた。アイドルに対して、訳も分からない苦手意識を抱いていただろう。

「今日はありがとう!」

終演を迎えた時には、もう瀬名さんのことしか頭になかった。次会った時なんて言おう。かっこよかった、凄かった。月並みな表現しか出来ない自分の語彙力のなさに少しショックを受けたけど、メンバーと共に笑顔を見せる瀬名さんを見て自分の口角も緩む。
瀬名さんのおかげで、やっと前に踏み出せそう。だから、次にあった時は感謝を伝えよう。自己満足であるけど、それはそれで良いかな。
私はゆっくり立ち上がり、出口へ向かおうと席を離れる。

「っ」
「あ、すみません!」

通路に出た時、帽子を被った人とぶつかる。目線は合わなかったけれど、気にしてないと会釈をしてその場を離れた。ファンに混ざり、出口へと向かう。
今日はなんだか、美味しい酒が飲めそうだ。

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