Cafe au lait


「なあ凛月。お前、前のライブに名前呼んだ?」
「いや〜呼んでないよ」

そうか、と言いながら真緒はグラスに入ったハイボールを飲む。その顔は少し赤らみ、酔いが回り出しているのが分かった。

ライブも終わり、Knightsの活動もひと段落着いた頃。「久しぶりに呑もう」と誘ったのは、真緒の方だった。最近の仕事やプライベートについて、会話はいつも通りのもの。国民的アイドルとして活躍する真緒は、忙しいと言いながらも嬉しそうで、学生時代から変わってない。

「名前いたの?」
「見間違いだったらあれなんだけど、多分」

そんな彼から出た話題は、学生時代に別れた元恋人の話。結局来たんだ、と呑気に考えながら凛月は真緒の話に興味を持つ。

「あいつ、関係者席にいたっぽいからてっきり凛月だと思って」
「名前は、俺が呼んでも来ないんじゃないかな」
「確かに、そこまで仲良かった訳じゃないしな」
「……まあね〜」

真緒と名前が交際していた頃、凛月と名前は大して仲が良いとは言えなかった。3人で会えば、どちらかが喧嘩をふっかけて口喧嘩が始まる。それを適度に見守り、仲裁に入るのが真緒の役目。「朔間とは絶対分かり合えない」と拗ねた表情を見せる名前の姿は、真緒にとっても貴重なものであった。

凛月ではないなら、誰が彼女を呼んだ?
ふとした疑問が真緒の頭に浮かぶ。彼女は夢ノ咲出身であったが、自分たちとは無縁の普通科だった。何かしらの理由がなければ、アイドル科と関わることはないだろう。Knightsの凛月以外のメンバーを思い浮かべても、それと言って共通点を持ち合わせた人物は存在しない。仕事が芸能関係になったのだろうか、今でも鮮明に残るカフェ店員としての姿からOLの姿は想像できない。

「なぁに、ま〜くん。名前のことがそんなに気になる?」

目の前の凛月を忘れ上の空だった真緒は、茶化すような一言で現実に連れ戻される。目が合った凛月は、面白がるかのように口角を上げていた。

「いや、まあ、元カノだし……」
「ま〜くんって、そういうの気にするんだ〜」
「……名前に関してだけなぁ」

真緒は、眉を下げ困ったように笑う。あの日、名前との別れを切り出したのは紛れもなく自分自身だった。Trickstarとして売れ出し、先々のことを考えた時、彼女とこれから先を過ごせる自信がなかった。あの時の別れが間違っていたとは思っていない。実際に、仕事は忙しくなりプライベートの時間も減った。休みを貰えた日も、休息のために充ててしまう。
カランとジョッキの中の氷が音を立てる。ほろ酔い気分になりながら真緒が浮かべるのは、数年前の彼女の姿。

「別れて正解だ、って今でも言い聞かせてしまうんだよなあ」

番組で自分の家を紹介した時だって、プレゼントで貰ったコーヒーメーカーをつい紹介してしまった。無意識に、彼女へ忘れていないと伝えたかったのだろう。見ているかなど分からないのに。
自分が思い出す彼女の姿は、結局のところ過去の姿。あの時見かけた人がもし彼女なら、今また再会したら。

「もう会えないのにね〜」

淡い期待は凛月の言葉で掻き消される。頬杖ついた凛月は、アルコールに酔い潰されることなく相変わらず意地の悪い笑みを見せた。

「うっせ、知ってるよ」
「でも関係者席にいたのが名前なら、探せば見つかるよ。なんせ、Knightsのライブだし」
「そうだけどさ……」

「……知りたい?」

見慣れた瞳が妖しく光る。

「いや、」

言い掛けて、言葉に詰まる。
会いたいか会いたくないか、そう言われると会いたいのかも知れない。残っていたハイボールを飲み干し、真緒は凛月を見る。

「……多分、もう名前が会いたくないはず」

無理に作った笑みが、胸を痛めつけた気がした。

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