君を定義させてくれ



 世界には物好きって奴がたくさんいて、絵画だとか虫の標本だとかを集めるのはまだまともなほうだ。いわゆる人体収集家と呼ばれる人間の体の一部を収集している奴らは、殺しを生業にしているオレでさえ奇妙な趣味だと思う。いや、殺しが仕事だからかもしれない。最後にはあの汚い死体になってしまう人間の体に、オレはどうしても魅力という奴が見出せないのだ。

「ねえ君、モデルでもやってるの?」
 たまに、オレに呑気に話しかけてくる奴がいる。たいていの、九十七パーセントくらいは危機感というものを持ち合わせない頭の悪い怖いもの知らず。残りの二パーセントは復讐のために下手な演技で近づいてくる馬鹿。最後の一パーセントは、この一パーセントすら多く数えすぎかもしれないほど少数だけど、狂人。
「ねえお兄さんだよ! そこの一人で立ってる長い黒髪のお兄さん!」
 まるで親しい人にでも話しかけるような笑顔、あるいは夕食の時間だからと家族を呼ぶような気軽さで、そいつは部屋の入口に立ったまま声をかけてきた。話しかけてくる奴がこの中のどれだとしても答えてやる義理はなくて、そもそも仕事終わりで目の前に死体が転がっているのにも関わらず話しかけてくるのは世にも不思議な狂人だ。
「うわっ! 突然蹴り入れてくるなんてお兄さんすごいね。あ、もしかしてこれって君がやったの? 綺麗な髪の持ち主はやっぱり才能の持ち主だよ。素晴らしい! その髪、染めてもいないし余計なパーマもかかってない。俺には分かるんだ。髪の手入れはどうしているの? 専属のヘアスタイリストはいる? 普段から気を付けていることは? もしよければ俺に教えてくれないかな」
「ウザ」
 こういう奴の話は聞くだけ無駄で、大したことを話しているわけではないのに話がやたらと長い。仕事も終わったことだし早く帰りたい。リストいた人間はすでに全員殺し終わっているので、リストにいなかったこいつをどうするべきか悩ましい。任務遂行前であれば邪魔になったから殺したと言い訳ができるけど、この場合タダ働きになってしまう。
「ああ、自己紹介がまだだったことを今思い出したよ。ごめんね。君の美しくて長くてつやつやとした、暗闇の中でも輝く黒髪に見惚れてしまっていたんだ。俺はナマエ。頭髪ハンターで、美しい髪を集めてる。君の美しい髪も俺にくれないかな」
「オレがお前に髪の毛をあげたとして、何かいいことでもあるの?」
「よくぞ聞いてくれた! もちろんだよ! 君が俺に髪を差し出してくれれば、その髪を俺の技術で半永久的に美しいまま保存しておけるんだ。君の美しい髪がこの世に長い間残るんだよ。君が死んだ後も、君の子供やそのさらに子孫が死んだ後も、ずっとだ」
「全く交渉になってないね。オレのメリットになってない。無理」
「わあ! さすがの身のこなしだよ。あれ、壁に引っかかっちゃったな。これ取ってもらってもいい?」
「まあいっか」
 一応頭を狙って針を投げつけたのだが、難なくかわされたと思うと代わりに服が引っかかってそのまま壁に刺さる。外してよ、と喚く声が聞こえるが、この前余計な人間を殺し過ぎてしまって父さんに叱られたばかりだ。さすがに今日はやめておこうと思う。

 そう思ったオレが馬鹿だったと、今は反省している。あれは確実に殺すチャンスだったし、殺しておくべきだった。オレの針はもう完全に警戒されてしまっているし、殴りかかっても蹴りを入れてものらりくらりと攻撃がかわされる。
「イルミさん今日も綺麗だね。また会えてうれしいよ」
「偶然会いましたみたいな感じで言わないでくれる?」
「そうだよね、俺とイルミさんの出会いは偶然じゃなくて必然なんだ。イルミさんの美しい髪に惹かれて、俺たちは出会うべくして出会ったんだよね」
「お前、ヒソカと同じくらいうざいね」
「誰それ! まさかイルミさんの美しい髪を狙う俺のライバル?」
「誰も髪の毛なんかに興味ないよ。それより今日こそ死んでもらっていい?」
 至近距離で攻撃してもやすやすと逃げられる。しかし一度もこいつに攻撃されたことはなく、逃げる能力以外は皆無なのではないかと思わされて警戒を解きそうになった。羽音のうるさい虫と同じようなものだ。今のところ攻撃性はないのでヒソカよりはマシだが、ウザさとしつこさで言ったら負けるとも劣らない。
「俺、イルミさんの髪に一目惚れしたんだ。君の髪を手に入れるまでは死んでも死にきれないよ」
「気持ち悪い」
「そんなこと言わないでよ、君の髪がどれだけ美しく貴重で価値あるものなのか今から説明するよ。聞いていてね。まずその髪一本一本の艶。細すぎず太すぎず、固すぎず柔らかすぎず、ハリがあってしっかりしている。そして髪の色、こんなに真っ黒で、なのに輝いて見える髪は初めて見たんだ。初めて会った日も言ったと思うんだけど、僅かな光しかなかったあのほぼ暗闇と言っていい部屋の中で君の髪は輝いて見えた! あのとき俺は、骨髄に電撃は走ったような、そんな衝撃を受けたんだ。興奮したままで話しかけるとよくびっくりさせてしまうからね、呼吸を整えてイルミさんに話しかけるのはとっても大変だったよ。今ではこんなにも話をさせてもらっていて嬉しいと思ってる。あ、話がそれてしまったね。君の髪一本一本は、太さや色、艶にムラがなくて、人工的に作り出そうとしたってこれだけ統一されているのは難しいよ。いや、人の手が加わっていないからこそ実現するのかもしれない。自然の神秘、現実は小説より奇なり、すべては神の御心のままというわけか」
 ようやくナマエの声が聞こえなくなって、長い話が終わったことが分かる。最初は少し聞いてやろうと思っていたのだが、二回目以降は音が右から左へと流れるだけで言葉は耳に入る前にどこかに弾き飛ばされてしまっていた。まあオレが話を聞いていなくても問題はないらしくて、仕事の待機中や終了直後にどこからともなく現れて話し始めるので今日もいるな、という感想しかない。しかしオレの仕事の邪魔をしたことはなく、その様子もない。帰り際に深追いしてくることもなければオレの名前以外を聞こうともしなかった。
「あ、来た」
「今日のターゲット?」
「そう。じゃあね」
「またイルミさんに会えるの楽しみにしてるね」
 そう言ってナマエは呑気に手を振っている。初めて見たときから人畜無害ですと主張するような笑顔をしていたが、ドアの向こう、廊下の先から来る光が逆光になっていて余計に気持ち悪かった。あれがどこかの街中だったら九十七パーセント側の危機感というものを持ち合わせない頭の悪い怖いもの知らずだと思っただろうけど、ナマエは確実に一パーセント側の人間だ。しかも、狂っているのにそのオーラから狂気を感じさせない。気味が悪い上に変な趣味を持っていてストーカーの素質があるなんて、かわいそうな人生だと思う。



「イルミさんそれどうしたの?!」
「ターゲット襲ったら護衛が隠れてるのに気づかなくて、避けようと思ったんだけどね。仕事はなんともなく終わったから問題ない」
「大丈夫?!  怪我したの?!」
 そう言ってナマエは包帯を巻かれた左腕を掴んで心配そうにした。傷を触ってもいいかと聞くので、すでに腕を掴んでいる時点でそれを聞く必要はあるのだろうかと思ったが害がないことは分かっているので承諾する。そっと、ナマエの第一関節から手のひらまでが順に包帯の上から触れてくる。まるでそれは割れ物に触れるようで、オレがそんな程度で痛がるとでも思っているのだろうか。
「髪じゃないの?」
 それどうしたの、とナマエが今日出会い頭に尋ねてきたとき、髪のことを言っているのだと思った。何回聞かされたか分からないオレの髪の美しさについての説明は――内容こそ覚えていないけど――ナマエがオレの髪をどれだけ欲していたかを知るには十分である。しかしこの怪我と同時に切られてしまった髪はその場に残しておくことはしなかったが近くのごみ箱に捨ててしまった。ナマエに次会ったときはさぞかし残念がるだろうと思っていたのだけど、髪の話すらしないとは意外だった。
「は?」
「心配。オレの怪我じゃなくて、髪じゃないの」
「俺が髪だけであんなに口説いてたと思ってんの?」
「違うの?」
 髪が、髪が、髪が──と散々言ってきたナマエが、他に何があってあれだけの言葉を並べたというのだろうか。髪をもらうためのプレゼンをされ続けていたと思っていたのに、オレの認識とは違う理由があるらしい。
「そりゃ俺だって最初はイルミさんの美しい髪に惹かれたよ。もう一度会いたいと思ったのも、その髪が諦められなかったから。でも、イルミさんの素晴らしさはその髪だけじゃ言い表せないって思ったんだよ。今は髪の美しさを説明するだけで精一杯だけど、イルミさんの全てが俺には素敵に見える。だからその肌に傷がついても俺は心配するよ。もちろん髪を切られてしまったのはとても残念だけど、またイルミさんから生えてくる髪は美しいだろうから乱雑に切られてしまったところを俺でよければ揃えさせてほしい。それよりも、傷跡が残ってしまう肌の方か心配だよ」
「もしかして、ナマエってオレのこと好き?」
「もしかしてじゃなくても好き!」
「はは、やっぱりお前物好きだね」
 ナマエはなぜか涙目になっていて、今の会話なのか何なのか、泣く要素がオレには全く理解しがたかった。

 ナマエは誰よりも狂っている。狂っているくせにオレやオレの周りの奴よりも人間らしくて、人畜無害な笑顔で話しかけてくる。普通に見えるそれが、余計にナマエを狂人に見せた。
「俺さ、イルミさんのことすっごく好きなんだけど」
「かわいそうな奴だね」
「どうにかイルミさんにも俺のこと好きになってほしいなあ、なんて思って日々口説いてたわけだけどさ、どう?」
「あの気持ち悪さでお前のこと好きになる奴がいるなら見てみたいよ」
「そこをどうにかならない?」
「もっとまともなプレゼンができるようになったら髪の一本くらい恵んであげる」
 ナマエは、諦めるということを知らないらしい。普通じゃないから、そんなことも知らないのだ。オレが教えてやる義理もない。かわいそうなナマエ。お前が普通だったらよかったのにね。


END.



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