炭治郎が嫌いだ。

これを言うと皆驚いた顔をして「何であんないい人を?」と聞いてくる。
良い人なのは分かってるし、優しい。
でも嫌い。

「名前、任務が終わったら、街へ行かないか?」

こうやって気軽に話しかけてくるのも嫌だ。
馬鹿と猪とつるんでいたらいいのに、こっちまで火の粉を飛ばさないで欲しい。
あ、禰豆子ちゃんは好きだけど。

禰豆子ちゃんに向けた優しい顔をずっとしていればいいのに。
私に対しては少し違う顔をしてくるのが嫌だ。
だから嫌いだ。

「名前、俺…」

炭治郎が緊張した顔で縁側にいる私の方へやってきた。
街で出会った女の子に告白されたんでしょ?
知ってるよ。馬鹿が騒いでいたからね。
私のところに来る前にあの馬鹿黙らせた方がいいよ。

「あんまり私と二人にならない方がいいんじゃない?」
「え?それはどういう…」

なるべく素っ気なく対応する。
炭治郎は匂いで感情モロバレだから、意味はないかもしれないけど。
付き合ってるのに他の子と一緒に居られたら、嫌だと思うよ。

「彼女に悪いでしょ」

そう言ってその場を後にしようとした。
炭治郎から離れたい。こんな奴の近くにいたら、泣いてしまいそうだ。
バレない内に早く。

でも叶わなかった。

炭治郎が私の右腕を掴んでいるから。
掴まれた右腕をちらりと見て私は口を開く。

「何のつもり?」
「断ってきたんだ」
「はぁ?」

下に顔を向けているから、表情は分からない。
でも声色は炭治郎がにしては珍しく焦っているような、そんな声。
振り解きたいけど、流石は男子。私では無理みたい。

「俺には、好きな人がいるって」

炭治郎が顔を上げた。
その顔、見た事ないんだけど。
頬をほんのり赤くしてるのに、目だけは真っすぐこっちを見つめて。
だから言ったじゃん。
そんな顔、私に向けないでって。


「……ああ、そう」
「俺の気持ち、分かっていたんだろう」


問いただすような声。
ドクンドクンと心臓の音がうるさい。
もうやめて、近付かないで。
そんな感情知りたくないの。家族でいたかったの。


「何のこと」
「俺も名前の気持ち、分かってるよ」
「……だろうね」


優しい炭治郎の声に、私もつい本音が出てしまっていた。
炭治郎を独占したくないのに、独占欲が止まらないんだ。
他の女の子といると胸が苦しくて、辛いの。
気持ちをかき回されるような感覚が嫌いなの。

「ずっと、一緒にいて欲しいんだ。名前に」

ぐいっと腕を引っ張られて、私は炭治郎の腕の中にいた。
炭治郎の心臓の音が聞こえる。

「……私を、」

ああ、私の負けかもしれない。


「どうせ、私を置いていく癖に」


先に逝くんでしょ、私を置いて。





「……嫌いよ」




私を置いていく炭治郎なんて。