ズキンズキンと首元が痛む。
最初はただの肩こりとか、寝違えたんだと思っていた。鏡で自分の首を見るまでは。

先日の任務は被害も大きく、死者も出た。
無惨が戦闘に少し顔を出しただけで、これほどの威力である。
自分の無能さを嘆くとともに、心の中では生き残れた事に安堵していた。

その日からどんどん首が痛むようになっていた。
始めて鏡で確認した時、私はその傷を見て血の気を失った。

ドクドクと脈を打っているように見える傷跡は、紛れもない無惨による傷跡だった。
なんで…?どうして…?
私、こんな所に傷なんて、なかったよね?

自分の傷跡に触れてみると、激しい痛みが身体中に響く。
任務が終わった時、蝶屋敷に運ばれて治療してもらった時には、無かったはず。
そんな事って、あるの?

自分の傷を見てしまったら、痛いのは首だけじゃなかったこと気付いた。
慌てて隊服を脱いで自分の身体を確認すると、皮膚のどこかしらも黒く変色していた。

任務が終わってから、食欲も減っていた。
何なら昨日から何も食べていない。
なのに、平気だ。
いや、平気ではない。お腹は空いている、凄く。

その腹は何で満たされるのか、考えるだけでもおぞましい。

私は自分の隊服を着なおして、外に出る準備をする。
このままではだめだ。私は変化してしまう。

一瞬、禰豆子ちゃんみたいに人を食べない鬼になれるかも、と淡い期待をしたけど
なれるかどうかわからないのに期待をするだけ、他の皆の命取りになる。
人に危害を加えない内に、ここから消えなければならない。
夜も更け始めた、今なら外へ出ても大丈夫だろう。

愛刀を手に私は、屋敷から飛び出した。
廊下をすれ違った人は「どうしたのか」や「顔色が悪い」と心配してくれたけど、
何も言えなかった。

あの三人に見つかればきっと一瞬で理解してもらえるだろう。
私が、人ではない異形のモノになろうとしている事を。

だけど三人共、任務に出ている。
介錯を頼みたいところだが、致し方なし。
一刻も早く人里から離れるべく、私は夜道を駆けた。


走りながら、これまでの事を考えていた。

念願叶って鬼殺隊に入れた時。
初めて見かけた同期の個性に圧倒された時。
自分の弱さを痛感した時。

守りたい人が、出来た時。

ふっと過る金髪のアイツ。
いつも喚き散らかし、女子を見つけると求婚するクズだ。
何処が良いのかと聞かれた事もあったけど、良い所なんて無い。
無い、と思っていた。

私は知ってる。
本当は一番努力家で、皆の幸せを願っていることくらい。
自己評価は低いが、いざという時に本領を発揮してくれる。

私の大好きな…。


気が付けば足は、昔よく鍛錬をして時に利用していた山へと向いていた。
人里から結構離れているし、こんなところで鍛錬するような筋肉バカはそうそう居ない。
走った疲れなのか、身体がフラフラと左右に揺れる中、ゆっくりと一歩ずつ前に進む。
痛みは、もうわからなくなっていた。
今にも潰れそうな掘立小屋の前の切り株に腰を掛け、欠けた月をみた。
きっともう、私は太陽を見る事は出来ないのだろう。
段々と力の入らなくなっている手でなんとか鞘から刀を抜いた。
私の、日輪刀。
まさか自分の頸を斬ることになるとは夢にも思っていなかったけれど、鬼になるのであれば、これが正解だ。
愛刀の刃を持ち上げてみる、が、やはり手に力は入らなかった。
酷く痙攣し、刀を握ることさえ出来ない。
私は、死ぬことすらできないのか。

絶望で頭がいっぱいになった、その時だ。


「名前…っ!?」


聞こえるはずのない人の、私を呼ぶ声。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかと、顔を上げずに土を見ていた。
けれど、私の眼前には見覚えのある脚絆とその足が見えて、さらにもう一度「名前」と。
顔を上げるのももう限界かもしれない、夢であるならばと願いながらゆっくりと視線を上げた。

「ぜんいつ」

いつもの馬鹿みたいな顔ではなくて、くちゃりと顔を歪めた同期がそこにいた。
善逸の目はぐっと私を見つめて。
もう何も言わなくても理解してくれているようで、酷く安心した。

「…何してるの、早くみんなのところに帰ろう」
「……」
「歩けなくなっちゃった? 仕方ないなぁ〜俺がおぶってやるよ」
「……」
「今日はさ、ウナギ買ってきたんだ。みんなで食べようぜ。あと酒も用意してさ」
「ぜん」

声色だけ聞けばいつものそれだった。
でも表情までは隠せていない。
分かっている、そんな何てことない風に装っていても。
私の半身がすでに体温を感じなくなっている。
もう、遅いんだ。

「…なに、名前」

どうしてここがわかったんだろう。
何で善逸は私を殺さないんだろう。
いろんなことが頭に浮かぶけれど、結局私も善逸と同じ立場だったとすれば同じ事をしたのかもしれない。
任務がないときに屋敷に居るはずの同期が飛び出して行ったと聞かされ、
捜索してみれば、明らかに人でないものになろうとしている、なんて。
そんな状況で、私は同期の頸を落とせるだろうか。

「ころして」

きっと私には出来ない。
もし、これが善逸だったとしたら、私は刀を捨てただろう。
そんな酷いことを、私は善逸にお願いしている。
善逸の顔がさっきよりも酷く歪む。

「もう、かたなも、もてない」

さっきまで手にあった刀は冷たい土の上に投げ出されていた。
それを拾う事すら、できない。
まだ辛うじて動く口だけが頼りなのだ。

「名前、何言ってるの? ふざけんなよ」
「ぜん」
「俺がそんなことするはずないじゃん。いいからさっさと屋敷に戻って療養しよう。そうすればきっと」
「もう、だめだ」
「わかんねぇじゃん! 禰豆子ちゃんは陽の下には居られないけれど、それでも人を喰わなくても生きていける、名前だって」
「わたしには、むりだよ」

善逸の言葉を遮る。
こんな残酷なことを口にしたくはない。
でもそうしないときっと善逸は諦めてくれない。


「わたし、ぜんいつが、おいしそうにみえるの」


ひゅっ、と善逸の喉が鳴った。
だからね、と続けて力を振り絞って首を上げる。
さらりと私の髪が横へ流れた。

「ここ、落として」

自分の頸を差し出した、つもりだ。
善逸は唇を噛んで、それからはらはらと泣き始める。
まるで初めて会ったときのようだと思いながら、私は瞼を閉じた。
瞼の裏に流れていく景色。
大好きな善逸との記憶。
もし、私にもっと生きる時間があれば、この思いを伝えれたのかもしれない。
それはこの場では死んでも口にはしないけれど。


かちゃり、と金属音が響く。善逸が刀を抜いたのだろう。
嗚咽の混じる音を聞きながら、私はとても穏やかな気持ちだった。
ごめんね、こんなことをさせて。
本当は一人で逝くつもりだったのだけれど、最期にこうして善逸に会えたのが嬉しいなんて、怒られるかしらね。
愛する貴方の手で死ねるなら、怖くもないよ。

「あり、がとう」

私の頬から一滴が零れ落ちた。
次の瞬間には私の意識は完全に闇へ落ちた。
落ちる直前、善逸が泣きながら「ずっと好きだった、名前」と言ってくれたような気がしたけれど、きっと私にとっての都合の良い夢なんだと思って眠ることにした。




この恋がきみを殺すまで




やっぱり口にしないで良かった。
生きていく貴方にこんな業を背負わせたくないもの。


お題元「確かに恋だった」さま