「ちょっと歌ってみ、俺が弾いてやるから」

そう言って私を音楽の道へ誘ったのは、何時の事だっただろうか。
昔から何でも器用に楽器を弾ける善逸が、羨ましくて。
ギターの練習をして私に構ってくれない幼馴染に嫉妬して「私も音楽したい」と言ったのが始まりだったっけ。


それを聞いて善逸はポカンとしたけれど、すぐにギターを構え直し、私に向かって冒頭のセリフを呟いた。
まるで面白いものを見付けたように口元を緩ませて。

「歌って、何を?」
「良く歌ってんじゃんか。通学路で」
「何で知ってるの?」
「俺、耳、すげー良い」

私が通学中に近くに人がいないのを良いことに、小さな声で歌っていたのを聞いていたのだろうか。
善逸はトントンとギターを軽く叩いてリズムをとる。
男の人にしては細長い指の腹がそっと弦を撫でる。
聴こえた音色は私の良く知る、というか私がよく口ずさんでいる歌だった。

「小さな声でもいいから、歌って。俺、名前の声好きだから」

そう言って壁に背中を預け、ゆらりと指が動く。
何だか歌わなきゃいけない雰囲気に、私は少しの恥ずかしさを胸に抱きながらおそるおそる口を開く。
私が声を出すと善逸の優しい眼差しが私を射抜く。
すこし、嬉しそう。

あの時、善逸が喜んでくれたから。
私と一緒に歌を奏でてくれたから。
私の声を好きだと、言ってくれたから。

だから、私は高校で軽音部に入ると決めていた。
少しでも善逸に近づきたくて、同じ舞台に立ちたかったのだ。


◇◇◇


「どうしよう、名前ちゃん! お兄ちゃんたちもう来てる…!」
「さすがだね、炭治郎。ライブしたらいつも来てくれるね」
「もう、恥ずかしいのに」

舞台袖。
幕に隠れて少し顔を赤らめる禰豆子ちゃんを見て、とても微笑ましく思う。
私たちのバンドが演奏する機会があれば必ず、炭治郎は一番前の席を陣取って真剣な顔で演奏を聴いてくれる。
今日も、勿論。
ちらりの隙間から客席を確認すると、どこで入手したのか小さなペンライトを持参した炭治郎が見えた。
その隣にはいつものメンツ。訳も分からずそこにいる伊之助と、楽しそうに今か今かと時計を見ながら待っている善逸。
私の後ろにいたギターの後輩が黄色い声を上げる。

「嘴平先輩が来てる…!」
「我妻先輩も!」
「禰豆子ちゃんのお兄さんって、本当に優しそうだよね」

そんな声を聞きながら私も、良く目立つ黄色い頭の善逸に目をやる。

ああ、今日も来てくれたんだ。

善逸達もバンドを組んでいる。
私と善逸はお互いのバンドが演奏する機会に必ず聴きに行って、一番前でそれを見るのが恒例だ。
約束したわけでもないのに、律義に一つも欠かさず見に来てくれるのは純粋に嬉しい。
それが、大好きな人だと余計に。

「ほら、みんな。そろそろだよ。気合入れて!」

私のポニーテールの髪が大きく揺れる。
禰豆子ちゃんも、他の子も。
みんなの瞳に見える色は不安だけじゃなくて、私たちを見てほしいっていう願望も見える。
大丈夫、今日までいっぱい練習したもの。
最初の頃に比べたら格段に上手になったんだから。

「今日も気持ちよく歌うから、ね」

皆の頭を撫でて、私たちは舞台へ飛び出した。



ドラムの合図に合わせて、マイクを握った手に力が籠る。

私の歌声が観客に届いている、その感覚。どうか聴いて欲しい、私の思い。
歌に合わせて揺れるペンライト。
会場内が一体となって、私達の曲を聞き入ってくれる。

ライトアップされて観客席はあまり見えないのに、一番前だけ鮮明に見える。
恋や愛を歌う。でも本当は、本当に届いて欲しいのは、たった一人だけ。

マイクスタンドを抱えるように、私は顔を上げた。

客席の善逸はその金色の瞳を私ではない、禰豆子ちゃんへ。


例え、善逸が私を見ていなくても。


『俺、名前の声好きだから』


そう言ってくれた、あの時があったから。
私は今、堂々と愛を歌える。





この恋のテーマソング




曲にして、貴方への愛を歌う。

失恋ソングにするには、まだ勇気が足りない。