一緒にいたいからですよ
「どうして、」
あの時、俺の目の前から消えたはずの彼女は、ある時また俺の前に姿を現した。
最初はただの夢か幻覚だと思った。思いっきり引きずっていたし、未練を沢山ぶら下げていたわけだからさ。
幻覚だった彼女、名前ちゃんは信じられないものを見た、とばかりに驚いて、それからよたよたと俺に近づいてくる。
そして、その手が俺の頬に触れた時に確信した。
ああ、彼女だと。
「名前、ちゃん」
何故、現代にいるの?
そう尋ねなければならなかった。早く回れ右をして、自分の決めた時代へ帰るんだと、口にしなければならなかった。
何もかも、彼女のために俺がしてきたことだ。
なのに、それなのに。
俺の口はきゅっと唇を閉じたまま、ぺたぺたと頬に触れる手を無視して、その華奢で小さな身体を力の限り抱きしめた。
女の子を力強く抱くなんて、そんなことしたことなかったけれど。
でも、どうしても身体が言うことをきかなかった。
「よ、してる、さん」
俺に抱きしめられている名前ちゃんは戸惑う声を上げたけれど、少ししてふう、と息を吐くと俺の背中に手を伸ばしてきた。
俺の胸の中に小さなすすり泣きが聞こえた時、同時に「振り回してごめんなさい」という謝罪も聞こえた気がした。
だけど、俺にすればそんなのどうでもよくて。
ただただ、彼女が俺の傍に居る今があれば、俺はそれでよかった。
◇◇◇
「デートに寝坊とは如何なものでしょうか?」
ニコニコと笑いながらもその笑顔の向こうはきっと怒り狂っているんだろうな、なんて考えながら俺は自分の布団から飛び起きた。
寝ぐせだらけの髪を手櫛で整えて、跳ねる心臓を無理やり落ち着けようと必死だ。
その間、扉の前で仁王立ちしていた名前ちゃんは、すたすたと俺のベッドの横に腰かけると、その可愛らしい頬をぷうっと膨れてこちらを見ていた。
少し開いた扉の向こうでは姉ちゃんがニヤニヤと意味深な笑みを見せていた。
名前ちゃんを家にいれたのは姉ちゃんかよ。
有難いような有難くないような。微妙な気持ちにこれまた微妙な顔をしていると、名前ちゃんが「善照さん!?」と声を荒げる。
今日は二人で遊びに行くはずだった。
…俺が寝坊したから、こうして起こしに来てくれたんだろうけれど。
動物園に行こうって約束していたのに、前日出かけるのが楽しみで寝不足になったのが原因だ。
俺はしゃんと働かない頭をフル回転させ、とりあえず謝罪するところから始める。
「ごめん…折角楽しみにしていたのに」
「…善照さんのことだから、どうせ夜更かししてたんじゃないですか?」
「そうなんだけど、ね」
「気持ちは分からなくはないですよ、私だって色々考えたら眠れなくなりますから」
「色々?」
「二人ででかけるのは久しぶりだな、とか。周りからカップルに見えるのかな、とか」
「えっ」
突然の告白に俺は思考が一瞬停止する。
え、何それ。可愛いかよ。
俺が固まったのを見て、名前ちゃんはやっと自分が何を口にしたのか理解したようだった。
遅れて頬の色がだんだんと赤みを増していく。
限界を迎えた顔はプイっと可愛らしく逸らされてしまった。
「こっち見ないでください」
「……う、ん」
本当は照れた顔もばっちり見たいけれど。
今日は俺の為におめかしをしてくれた、その服装を見るだけで胸がいっぱいだ。
「…今日はお家でゴロゴロしましょう」
名前ちゃんがそういうから。
そのまま俺の部屋で過ごすことになった。
着替えだけさせてもらって、俺と名前ちゃんでベッドの上に座りながら、その辺に落ちていた雑誌を二人で読む。
ぺらぺらと捲りながら、興味津々に目を移していく。
ここに戻ってきたとはいえ、長らく現代から離れていたわけだから色々と興味があるのだろう。
俺は本の内容には全く興味はないけれど、そんな名前ちゃんを見るのは好きだから、大人しくじっとしていた。
「……つまらないですか?」
「俺?」
「善照さん、何も言わないから」
心配そうに眉を下げた名前ちゃん。
勘違いさせてしまったらしい、別に俺はつまらないわけではないのだ。
ただ、この今が凄く幸せだから。それだけで満足しちゃうだけで。
「名前ちゃんが横にいるって、当たり前の事ではないからね」
本当なら、この場所に俺は存在していなかった。
だけど、彼女は色んなリスクを知っててもなお、こうして俺のところへ戻ってきた。
些細なことかもしれないけれど、それが嬉しい。
「…傍にいるのは、迷惑ですか?」
「え、俺そんなの微塵も思ったことないよ?」
「だったら、いいんです」
読んでいた雑誌をぱたんと閉じて。
名前ちゃんはにこりと微笑む。
ドキンと俺の心臓が高鳴った。
「まだ、ラブとかライクとかの違いに気づけないですけど、それでも正直に生きようって決めました」
「正直?」
「ええ、私ね」
善照さんの傍に居たいんですよ。
堂々と、そう告げられて。
それに付け足すように
善照さんの事は全く考慮してませんけれどね、と苦笑いを零す名前ちゃん。
さっきからこの娘は、天然なのかそれとも策士なのか。
俺をどれだけ射止めれば気が済むんだ、と。
今はまだ、堂々と手を繋ぐ勇気はないけれど。
それでもいつか。彼女と連れ添って生きていきたいって思う。
一緒にいたいからですよ。
それは俺の方が何万倍も気持ちが強いよ、と伝えると、彼女はまたその頬をりんごのように染め上げた。
あの時、俺の目の前から消えたはずの彼女は、ある時また俺の前に姿を現した。
最初はただの夢か幻覚だと思った。思いっきり引きずっていたし、未練を沢山ぶら下げていたわけだからさ。
幻覚だった彼女、名前ちゃんは信じられないものを見た、とばかりに驚いて、それからよたよたと俺に近づいてくる。
そして、その手が俺の頬に触れた時に確信した。
ああ、彼女だと。
「名前、ちゃん」
何故、現代にいるの?
そう尋ねなければならなかった。早く回れ右をして、自分の決めた時代へ帰るんだと、口にしなければならなかった。
何もかも、彼女のために俺がしてきたことだ。
なのに、それなのに。
俺の口はきゅっと唇を閉じたまま、ぺたぺたと頬に触れる手を無視して、その華奢で小さな身体を力の限り抱きしめた。
女の子を力強く抱くなんて、そんなことしたことなかったけれど。
でも、どうしても身体が言うことをきかなかった。
「よ、してる、さん」
俺に抱きしめられている名前ちゃんは戸惑う声を上げたけれど、少ししてふう、と息を吐くと俺の背中に手を伸ばしてきた。
俺の胸の中に小さなすすり泣きが聞こえた時、同時に「振り回してごめんなさい」という謝罪も聞こえた気がした。
だけど、俺にすればそんなのどうでもよくて。
ただただ、彼女が俺の傍に居る今があれば、俺はそれでよかった。
◇◇◇
「デートに寝坊とは如何なものでしょうか?」
ニコニコと笑いながらもその笑顔の向こうはきっと怒り狂っているんだろうな、なんて考えながら俺は自分の布団から飛び起きた。
寝ぐせだらけの髪を手櫛で整えて、跳ねる心臓を無理やり落ち着けようと必死だ。
その間、扉の前で仁王立ちしていた名前ちゃんは、すたすたと俺のベッドの横に腰かけると、その可愛らしい頬をぷうっと膨れてこちらを見ていた。
少し開いた扉の向こうでは姉ちゃんがニヤニヤと意味深な笑みを見せていた。
名前ちゃんを家にいれたのは姉ちゃんかよ。
有難いような有難くないような。微妙な気持ちにこれまた微妙な顔をしていると、名前ちゃんが「善照さん!?」と声を荒げる。
今日は二人で遊びに行くはずだった。
…俺が寝坊したから、こうして起こしに来てくれたんだろうけれど。
動物園に行こうって約束していたのに、前日出かけるのが楽しみで寝不足になったのが原因だ。
俺はしゃんと働かない頭をフル回転させ、とりあえず謝罪するところから始める。
「ごめん…折角楽しみにしていたのに」
「…善照さんのことだから、どうせ夜更かししてたんじゃないですか?」
「そうなんだけど、ね」
「気持ちは分からなくはないですよ、私だって色々考えたら眠れなくなりますから」
「色々?」
「二人ででかけるのは久しぶりだな、とか。周りからカップルに見えるのかな、とか」
「えっ」
突然の告白に俺は思考が一瞬停止する。
え、何それ。可愛いかよ。
俺が固まったのを見て、名前ちゃんはやっと自分が何を口にしたのか理解したようだった。
遅れて頬の色がだんだんと赤みを増していく。
限界を迎えた顔はプイっと可愛らしく逸らされてしまった。
「こっち見ないでください」
「……う、ん」
本当は照れた顔もばっちり見たいけれど。
今日は俺の為におめかしをしてくれた、その服装を見るだけで胸がいっぱいだ。
「…今日はお家でゴロゴロしましょう」
名前ちゃんがそういうから。
そのまま俺の部屋で過ごすことになった。
着替えだけさせてもらって、俺と名前ちゃんでベッドの上に座りながら、その辺に落ちていた雑誌を二人で読む。
ぺらぺらと捲りながら、興味津々に目を移していく。
ここに戻ってきたとはいえ、長らく現代から離れていたわけだから色々と興味があるのだろう。
俺は本の内容には全く興味はないけれど、そんな名前ちゃんを見るのは好きだから、大人しくじっとしていた。
「……つまらないですか?」
「俺?」
「善照さん、何も言わないから」
心配そうに眉を下げた名前ちゃん。
勘違いさせてしまったらしい、別に俺はつまらないわけではないのだ。
ただ、この今が凄く幸せだから。それだけで満足しちゃうだけで。
「名前ちゃんが横にいるって、当たり前の事ではないからね」
本当なら、この場所に俺は存在していなかった。
だけど、彼女は色んなリスクを知っててもなお、こうして俺のところへ戻ってきた。
些細なことかもしれないけれど、それが嬉しい。
「…傍にいるのは、迷惑ですか?」
「え、俺そんなの微塵も思ったことないよ?」
「だったら、いいんです」
読んでいた雑誌をぱたんと閉じて。
名前ちゃんはにこりと微笑む。
ドキンと俺の心臓が高鳴った。
「まだ、ラブとかライクとかの違いに気づけないですけど、それでも正直に生きようって決めました」
「正直?」
「ええ、私ね」
善照さんの傍に居たいんですよ。
堂々と、そう告げられて。
それに付け足すように
善照さんの事は全く考慮してませんけれどね、と苦笑いを零す名前ちゃん。
さっきからこの娘は、天然なのかそれとも策士なのか。
俺をどれだけ射止めれば気が済むんだ、と。
今はまだ、堂々と手を繋ぐ勇気はないけれど。
それでもいつか。彼女と連れ添って生きていきたいって思う。
一緒にいたいからですよ。
それは俺の方が何万倍も気持ちが強いよ、と伝えると、彼女はまたその頬をりんごのように染め上げた。