格好よく見られたい、ただそれだけの話だった。

ずっと片思いをしていた相手に、やっと勇気を出して告白をした。
相手、名前も俺と同じ気持ちだと言ってくれたから、その日から俺と名前は彼氏彼女の関係になった。
女の子と付き合うのも名前が初めてだったから、かっこよくリードなんて出来ない俺は、デートの度に名前を困らせていた。
名前に格好よく見られたい、そう思い始めたのはほんの少しのきっかけがあったから。

最初は知り合いの女の子に「どういう事をされると女の子は喜ぶのか」というただの相談から始まった。
同じクラスというだけのその子は熱心にも俺に乙女心を教えてくれて、俺にお茶を御馳走した。
その女の子の言う通りに名前に接してみると、確かにいつもよりも喜んでいるような気がした。
そうか、女の子の事は女の子に聞けばいいんだ。

そうして俺は何度も何度も、彼女でも何でもない女の子と二人で過ごすようになった。
別にやましい事なんて一つもしていない。
俺の心の中は名前一色だし、他の誰も付け入る隙はない。
だけど、彼女に見合う贈り物を見つけるのも、二人で行く旅行先を決めるのも、他の女の子たちの意見はとても役に立った。
相談を受けてもらう度に、お茶や晩御飯を御馳走して。
勿論それ以上のことは一切していないから、用が済めば名前の元へ帰った。

名前に嘘をつくのはいやだから、正直に「女の子とご飯を食べてくる」と言っていた。
その際には名前が凄く怒って、最初は咎めるだけで、次第に涙を流して、そして俺の腕を掴んで離さないこともあった。
それでも俺は俺の都合で他の女の子を拘束しているわけだから、行かないわけにはいかなくて。

「帰ったら一緒に過ごそう」

と言って、その腕を振りほどいてきた。
何度も。何度も。

泣いてしまう名前に胸が痛まないわけではなかったけれど、嫉妬してくれるのは正直嬉しかった。
俺が名前に好かれている、証明だったから。

ある時から名前の反応に変化があった。
「女の子と出てくる」と言っても「そうなんだ」としか返さないし、いつも泣いて縋ってきてくれてたのに、笑顔で俺に手を振って送り出すようなこともあった。
変だな、可笑しいななんて思ったけれど、また俺のために泣いて欲しいなんて歪んだ思いが芽生えてしまって。
女の子と外に出る回数はどんどん増えていき、次第に名前と過ごしている時間が少なくなっていることに、気づかなかった。

名前と二人で過ごしている時は特に変化がない。
いつもと同じように甘えてくれたりするから、きっと俺の気のせいだ。
名前の調子がちょっと悪いだけだ、なんて能天気に思っていた。

……バカだよなぁ。そんなこと、あるわけないのに。

付き合いはじめよりも少し痩せた身体を見ていたはずなのに。
俺と一緒に過ごしている時の”音”が変わっていたのに。
送り出す名前の目が俺を見ていなかったのに。

どうしてそんなことに気づかなかったんだろう。

今の、今まで。

『お願い、善逸。私と別れてください。何でもするから、お願い』

そう頭を下げられて。
俺の事を想ってくれていた名前にどれだけ酷い仕打ちをしてきたのか、初めて理解した。

名前が居なくなった真っ暗な部屋の中。
俺は名前いたぬくもりを探そうと、手探りでその辺の物を引っ張り出す。
……なんで。

俺が誕生日の時にプレゼントしていた、ペアのネックレス。
一つは俺がつけていて、もう片方は名前がつけている、はずだった。
それが、引き出しの中に、丁寧にしまわれていた。
それだけじゃない。折々で渡してきた手紙や贈り物、すべてそこにあった。

何も、持って行かなかった。

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
嘘だ、嘘だ。
やっと自覚した。
もう名前は俺と一緒にいるつもりはないのだと。
さっきまで一旦時間を置くことになっても、また前のような関係に戻れると頭のどこかで思っていた。
でも、それももう叶わない。
俺から貰ったものを一つも手元に置くことなく、すべて置いて行った。

俺と関わりたく、ないのだと。

「いやだ…! いやだ、名前!」

一心不乱にスマホを取り出して、いつものように名前に電話を掛ける。
嘘だろう、だってだって。
俺は名前のことしか考えてない、いつも名前によく見られたくて、名前に喜んでほしくて。
名前なしじゃ生きていけない。大好きな、大好きな。

スピーカーの向こう側から聞こえた音。
それは通話を遮断する、容赦ないサイン。

ボトン、と床にスマホが落ちた。
電話でこれなら、メッセージを送っても反応なんて返ってこないはずだ。

もう、本当に俺たちは終わりなんだ。

「名前…名前、ごめん、名前」

もう謝罪の機会もない。
届かない思いを誰もいない部屋に吐き出して、俺は零れ落ちる涙を拭うこともしなかった。




嘘で塗り固められた愛は行き場を失う




ただ、俺の事で頭がいっぱいになって欲しかった。
後悔するにはすべてが遅すぎだけれど。