「ほんと死んでくれないかな。あの人」


毎朝毎朝、風紀委員の仕事だか何だか知らないけど、ニヤニヤ鼻の下を伸ばして校門に立つその姿は不快極まりない。
仮にも彼氏彼女の関係である私にとっては、余計気に食わない。
窓から見えるその姿に苛立ちを隠せない私は、呆れたように愚痴を零すのだった。

「名前、いつも言ってるね」

炭治郎くんに会いに来たカナヲちゃんが微笑みながらそう言う。
いつも言ってるよね、毎朝の事だからね!

ちらっと校門へ目を向けたら、いつもと同じように最後富岡先生にボコられて、トボトボ教室へ戻ってこようとしていた。
理不尽な理由でボコられているんだけど、少しだけざまぁと思ってしまう私は酷い彼女だなと思う。





「何怒ってんの?」
「はぁ?怒ってませんけど」
「いや、これでもないって言うくらい怒ってるじゃん」

昼休み、私と禰豆子ちゃんでお昼ご飯を食べていると、わざわざ女子会に顔を出しに来た善逸くんが私に向かって言った。
私は面倒くさそうに一瞥して、窓の方向を見る。
禰豆子ちゃんが困ったような顔をしてフランスパンを一かじり。

いつもならば休み時間の度に善逸くんの近くでウロウロしていたけど、今日は朝から一言も喋らないし、寄りもしないしで、流石の善逸くんも何かに気付いたらしい。
それでも私のイライラは収まらない。

「さっさと野郎の群れに戻っては如何ですか?こちらは楽しい女子会の途中なので」

炭治郎くんと伊之助くんが食べている席を指さして、私は善逸くんと目を合せないようにする。
少しむっとした顔で善逸くんは「…何なんだよ」とブツブツ言いながら、男子会へ戻って行った。
その背中を見ながら、少しだけ後悔した。

……ちょっと冷たくしすぎたかも。


「素直に訳を話したらいいのに」

お弁当を片手に真菰ちゃんが私の隣へと座った。
善逸くんと私の会話を聞いていたらしい。
若干呆れが見える真菰ちゃんの姿に、私もこくりと頷く。

「素直になりたいよ…でも、あの人いっつもあんなんだもん」

いちご牛乳のパックを勢いよくじゅーっと吸い込む。
あ、これお弁当に全然合わないな。めちゃ甘い。

「苦労するねぇ」

と真菰ちゃんは私のお弁当から玉子焼きを盗んでいく。
あ、と思った時には一口パクリ。
異論を唱えようとすると、すっと新しいいちご牛乳のパックを渡された。

「これ、あげるから許して?」

にこっと可愛い顔で言われると、何も言えない。
私は本日二本目のいちご牛乳を受け取ると、誰も居ない校庭に目をやった。

どうすんのよ、これ。
甘すぎてゲロ吐きそうなのに。






―――――――――――――



何だかんだ善逸くんを無視していたら、放課後になってしまった。
いつもは一緒に帰宅するんだけど、勿論そんな雰囲気でも無いから、チャイムと同時に教室を出た。
とは言え、先に帰る気にもなくて、私は一人屋上へ続く階段を上がっていた。
教室を出るとき後ろから「名前ちゃん」と善逸くんの声が聞こえたけど、やっぱり素直になれなくて、無視して出てきてしまった。

屋上のドアを開けると、穏やかな風が私の顔に当たった。
今日は天気も良かったから、屋上はとても気持ちがいい。
屋上の柵に背中を預け、私はその場に座った。
カバンの中から昼に真菰ちゃんから貰ったいちご牛乳を取り出し、恨ましげに校庭を見つめる。

善逸くんは帰っただろうか?
適当に野郎と帰るのか、それとも私が居ないからこれ幸いと女の子のお尻を追いかけているのか。
後者の方が難なく想像出来てしまった。
自分の想像で余計に苛立ちが加速する。


「はあ、ムカつく」

じゅーっと口にストローを咥えながら、俯いた。
今日はダメダメな日だな。
朝の占い、私凶だったっけ?大吉だったような気がしてたんだけど。
家を出る前に見た情報番組を思い出して、更に気分が滅入る。




「何が?」



突然、私の頭上から声が降ってきた。
ぎょっとして慌てて頭を上げたら、そこにはちょっと不機嫌な善逸君がこちらを見ていた。

え、え!?
いつの間に?
いつ入ってきたの!?

居る訳がない人が目の前に居たことで、私の動揺は凄まじい。
私が慌てているのを横目に善逸くんは私の前にしゃがみ込んで、私と目線を合せる。

「音に辿ったら、ここだったから」

ぽつりと零した声に納得してしまった。
善逸くんは吃驚するほど耳が良かったんだった。
私の音を覚えているらしい、ある程度の距離なら隠れていても見つけられてしまう。

さっさと帰ればよかったかも。


「か、帰らなかったの?」

もうとっくに帰ってると思ってた、と尋ねると善逸君は呆れたように続ける。

「名前と帰るよ」

胸がドキリと高鳴る。
二人の時だけ、善逸くんは私の事を「名前」と呼ぶ。
そういう特別な扱いをしてくるところが、少しだけ、好きだ。

善逸くんと目を合せるのが気まずくて、目線だけは屋上の床を見つめている。
それに気付いた善逸くんが片手を私の頬に当てる。
思わずビクリと身体が跳ねてしまった。


「何に怒ってるか知らないけどさ。ごめんね」


困った顔をして私の横の髪をさらりと撫でる。
この人はズルい。
そう言われて私が許す事を知っている、わざとそう言い方をするんだから。

ストローから口を離して、私は口を尖らせた。


「わ、私こそ、ごめん」


善逸くんとケンカしたいわけじゃない。
ただ私が勝手に嫉妬してただけだ。
風紀委員の仕事だって分かってるけど、私の気持ちが言う事をきかない。

本当は善逸くんと仲良くしたいだけなんだ。


私が謝罪すると善逸くんは満足そうに笑って、私のいちご牛乳のパックに手を伸ばした。
素早い手つきで私の手からそれを奪うと、ストローを自分の口に入れてしまった。


「うげぇ、あっまっ!よくこんなの飲めるね」


私の飲んでいたそれを飲んで、口元を歪めてそう言う善逸くん。
私はぽかんとしていたけど、何されたか理解すると段々頬に熱が籠っていくのを感じた。

「そ、それ関節き…」
「間接キスね」


頂きました、とにやりと笑う善逸くんに私は心臓を射抜かれてしまった。
ぼん、と頭から湯気が出ているに違いない。
恥ずかしくて顔を隠したくなる。


「一緒に帰るよ。立って」

そんな私の手をぐいっと引っ張って、善逸くんは立ち上がる。
つられて私も立ち上がると、そのままぎゅうっと手を握られてしまった。


「ねえ、これから甘いもの食べに行こうよ」
「……甘いもの飲んでる癖に」
「口直しの甘さがほしいんだよ」

それとも、と善逸くんが続ける。


「名前がしてくれるの、口直し」



悪戯っ子のような顔でそう言われてしまい、私はその場から暫く動く事が出来なかった。









「……」
「おーい、名前?」
「……」
「(あ、やべ。やりすぎた)」