何だか様子がおかしいとは思っていた。
俺に何か隠し事をしている事も匂いで分かっていた。
いつものように店に遊びに来る名前が、店の中をキョロキョロと見まわしたり、隙を見て禰豆子とコソコソ話している様子もあった。
聞いても下手なウソで適当にはぐらかされるし、俺には秘密にしたい何かなんだろうと素直に退いた。
だけどやっぱり胸は仄かに痛くて。
名前に秘密にされている事が嫌で嫌でたまらなかった。

だからその日も、ずっと名前の事を考えていた。
最近なんて店に居ない時。
デートの時まで何か考え込むような仕草が増え、俺の話を聞いてないときもある。
何か悩みがあるなら言って欲しいし、俺だって名前の事を一番に考えている。
俺は名前の彼氏、なんだから。

まさかとは思うが、俺の束縛が強すぎたのだろうか。
それが嫌になって禰豆子に相談を持ち掛けている、とか。
いや、匂いから察するにそう言うものではなかった。
…束縛しているのは否定しないが。

小さい小さい名前を俺の腕の中で閉じ込めておきたくなる衝動は、どうしようもない。
彼女の負担にならないように何とか自重しているつもりだ。
だけどもどうしても、外へ出るとすぐに抱き締めてしまいたくなるし、手は絶対に離したくない。
ほぼ毎日顔を見ているけれど、許されるなら学校の前でずっと待っていたいし、朝だって店の手伝う時間さえなければ、送り迎えだってしたい。

それだけ俺の中で名前の存在は大きくなっていた。
他の男になんてやるつもりはないし、むしろ名前の魅力に気付いてほしくない。
ずっと俺だけのものでいてほしい。

「炭治郎くん?」

考え事をしていたら、名前が不思議そうな顔で顔を覗き込んでいた。
俺はパッと表情を変えて「どうした?」と何事も無かったように振る舞う。

いつものように店に遊びに来た名前。
いつものように、店で過ごして、もう少ししたら家に帰る、という時間。
時計を睨みながら、ああ、今日も終わるのかとこっそり落胆する。
名前と過ごしていたら時間なんてあっという間だ。

「名前、もう帰るか?」

いつも家まで送るので、俺はレジから出てエプロンを脱ぎ出した。
だけど名前は緩く首を横に振り「今日は遅くまで居ようかなって」と笑う。
その顔がまた可愛らしくて抱き締めてしまいそうになる。
横にいる禰豆子がなんとも言えない顔でこちらを見ていなかったら。

「炭治郎くん、今日は何の日か知ってる?」

突然、名前がにこにこと微笑みながら俺の手を握る。
ふわっと香る名前の匂い。
とても幸せそうな、そんな匂い。
匂いに気を取られて、俺は反応するのが遅れた。

「今日?」
「そうだよ」

横の禰豆子が空気を読んだのか、エプロンを脱いで、イートインスペースに向かった。
それを横目で見つつ、俺は名前に向き直った。

「今日…は…」
「ふふ」

すぐに分かった。
名前の花が咲いたような笑顔を見ていたら、今日が何の日かなんて。
別に特別意識していた訳ではなかった。
毎年家族が祝ってくれる、ただそれだけ。
こんなにも幸せな匂いを俺に向けている彼女の考えている事が、もし俺の考えているもので合っているとしたら。
それは想像絶する、幸せな日だ。

「今日はね、炭治郎くんのお誕生日だよ」

握られた手が熱い。
手だけじゃない、胸までもポカポカと暖かくなるような。
幸せの余韻に浸っていると、名前が手を引っ張ってイートインスペースへ誘う。
されるがまま、俺は中へ入った。

「炭治郎、お誕生日おめでとう!」
「お兄ちゃん、おめでとう!」

中へ入ると、入ったと同時に鳴ったクラッカー、いつの間に用意していたのか分からない壁と天井にデコレーションされたそれらを見て、大変驚いた。
今日は店に居なかったはずの善逸と伊之助までもが、クラッカーを片手に口々におめでとうと言ってくれている。
母さんはちらっと顔だけ覗かせて、家の中に引っ込んでいるけれど、きっと母さんも用意をしてくれたんだろう。

「善逸、伊之助!いつの間に…」
「裏口から入ったんだよ。名前ちゃんが企画したんだぜー」

ニヤニヤと口角上げて笑う善逸に、俺は驚きを隠せない。
慌てて背後にいた名前を見ると、照れ笑いをして頭をかいていた。

「皆が手伝ってくれたんだよ?」

上目遣いでそう言われても、俺には名前が今日までに色々考えてやってくれたとしか思えない。
先程よりも胸が熱くなって思わず名前を抱き締めようとした。
…寸前で禰豆子に止められたけれど。

「イチャイチャするのもいいけど、先にケーキを食べてよね」

何個もテーブルを繋げて作られた、大きなテーブル。
その中心にあるホールケーキには俺の顔を模して造られたチョコレート。
これも名前が作ったんだとか。
感極まって泣きそうになるのを必死に堪えた。


それから、皆で誕生日会をしてくれて。
善逸や伊之助、それから禰豆子まで俺にプレゼントを渡してくれた。
俺は勿論喜んだけれど、一番欲しい相手からは一向にくれる素振りがない。
…こんなにしてもらってプレゼントまで要求するのは図々しいか。
名前が楽しそうにしている姿を見て、俺は満足だった。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
外はすっかり日も落ちて、月が顔を出していた。
皆にお礼を言って、俺は名前を家まで送る事にした。

「…名前、今日はありがとう」

道中、誰も歩いていない道を二人並んで歩いた。
名前の小さな手をしっかり握って。

家族に祝ってもらう誕生日もいいけれど、こうしてパーティを開いてもらえるなんて夢みたいだ。
特に自分にとって大切な人から祝ってもらえる日が、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。
心の底からお礼を言うと名前が恥ずかしそうに視線を逸らした。

「あ、あのね、炭治郎くん」
「どうした?名前」
「実は、まだ続きがあってね…」
「続き?」

俺の腕にしがみ付き、それから足を止める名前。
一緒になって俺も足を止めた。

名前が自分の肩に掛かっていた通学カバンの中から、包装された箱を取り出した。
そして、それを恐る恐る俺に差し出した。

「気に入ってもらえるか分からない、けど…」

俺は箱と名前の顔を交互に見て「貰ってもいいのか?」と尋ねる。
まさか、本当にプレゼントを貰えるなんて思ってなかった。
あんなに素敵な誕生日会にして貰ったというのに、これでは貰い過ぎだ。
名前はコクリと頷いて、俺を見る。

ゆっくり包装を解いて、箱を開けるとそこにはシルバーの腕時計があった。


「何が欲しいとか直接聞けば良かったんだけど、サプライズにしたくて…もし使わないならそのまま置いてていいから…!」


モジモジと両手の指を動かして、必死に言葉を繋ぐ名前。
使わない訳がない。
可愛い可愛い恋人がくれたプレゼントなのだから。

俺は箱からそっと腕時計を取り出した。
シンプルな文字盤。
きっと名前が必死で俺の為に見つけてくれたんだろう。
それを潰さないように胸に大事にしまい、俺は名前の腕を引いた。

「わっ」

突然の事で名前が取り乱したのが分かったけれど、暫く我慢してほしい。
俺はもう十分我慢したんだ。


「名前」


胸におさまる可愛らしい恋人の背中に腕を回して、壊さないように俺は優しく抱き締めた。


「名前は、俺をこんなに幸せにしてどうするつもりなんだ?」


君と出会ってから、俺は四六時中君の事で頭がいっぱいだ。
これ以上好きになったらどうするんだ。
…もう手遅れではあるけれど。

胸の中の名前が「えっ?」と困惑する。
そういうところも全部可愛い。むしろ狙ってやってるとしか思えないくらいに。

「え、えと…あの!」
「名前」
「は、はい」
「…先に謝っておく。すまない」

名前が何か言おうと口を開きかけたが、俺はそれよりも先に名前の唇を乱暴に奪う。
今までのような啄むようなキスではなくて、もっと大人な。
自ら舌を絡めて、逃げようとする名前の後頭部を手を押さえて。
息継ぎする間もなく深く、深く。

一通り、名前の唇を堪能したあと。
俺は名残惜しく自分の唇を離した。
その先に見えたのは涙目で、顔を真っ赤に染め上げた名前の顔だった。

「たっ、たっ!」

恐らく俺の名を呼ぼうとしているのだろうが、言葉になっていない。
全てが愛らしい恋人を俺はまた抱き締めた。

暫くバタバタと暴れていた名前だったが、ある時から諦めたように大人しくなり、
そして



「生まれてきてくれて、ありがとう、炭治郎くん」



俺の耳元に優しく呟いたのだった。



君と過ごす最高の日



これ以上の幸せを俺は知らない。