あーやってしまった。

私は自室のカレンダーを睨みつけながら、今日の日付と脳内にあるスケジュールの照合に忙しい。
勿論、その表情はとてつもなく険しい上、背中には嫌な汗が伝うくらいの衝撃。
焦りよりも、この修羅場をどう乗り切ろうかと脳をフル回転させて答えを導き出そうとしている。

何で今日まで気付かなかったんだ、私は。

一か月前までは覚えていた。
ここ最近仕事が忙しくなってきたのが原因だと自分でも分かっている。
転職に向けて引き継ぎをするため、少し無理をしていたのだ。
私が悪い。

9月3日という日が、どれだけ大切な日なのかということを、すっかり忘れていたなんて。

色々すったもんだがあってやっと恋人になれた我妻と私。
付き合い始めてそろそろ半年は経過するだろうか。
そんな状況化で迎えた9月3日。
今日は我妻の誕生日である。

これはまずい。
まずすぎる。

我妻とは高校からの同級生。
勿論、昔から9月3日が誕生日だってことも知っていた。
それなのに、今年に限って忘れていたなんて、しかも恋人という立場で。
これはありえない。むしろ幻滅されるくらい酷い所業。

奴も奴で、日付が近くなったら自分の誕生日アピールの一つや二つしてくれればいいものを、
ここ最近は全くのスルー、というか自分で誕生日アピールするような奴ではないから、
私がすっとぼけたまま今日を迎えてしまったわけなんだけども。

どれだけ言い訳をしても、どう考えても。
悪いのは私だ。

時刻は朝、6時半。
まだ起きて着替えたその状態である。
なんなら、私のベッドにはまだ半裸の我妻が涎を垂らして寝ている。
まだ、なんとかなる。
今日の仕事を大急ぎで片づけて、昼で帰ろう。
それから、プレゼントを買いに行って…レストランの予約は間に合わないかもしれないから、最悪家で何かできる事を考えよう。

「……よし」

本日のスケジュールを大まかに計画し、私は急ぎ足で出勤の準備を進める。
まだ寝ている我妻を起こさないよう、静かに。


◇◇◇


「あれー? 先輩、今日は昼からお休みですかぁ?」
「…うん、そう」

いつものようにお昼ご飯を誘おうとしてくれたいちごちゃんに「今日は昼から帰る」と伝えた所、不思議そうな顔で首を傾げていた。
それもそのはず。
何度も言うけれど、ここ最近は引き継ぎを行うため、夜遅くまで対応していたのだ。
その真っただ中に突然昼で帰るなんて、よく考えなくても何かあると思うに違いない。
私は引き攣った表情を見せつつ、口を開く。

「今日、誕生日なんだよね…その用意にちょっと」
「え、誕生日って…彼氏さんの誕生日ですかぁ? へぇ、素敵ですねぇ〜」

素敵ですねぇ、と言いつついちごちゃんの興味は手元のスマホ画面にある。
一切興味が無さそうな態度に、私は更に口元を引き攣らせて息を吐いた。

「…なんとかなればいいけど」

はぁ、と苦しく吐き出された声は、いちごちゃんには届かなかった。


大慌てで会社を出ると、時刻は13時半。
プレゼントを買うため、そのまま足を繁華街へ。
こういう時ってどんなプレゼントをあげればいいのだろうか。
残念なことに、高校の時とかはそれこそコンビニで買ってきたジュースを渡して「誕生日だから奢るよ」で済んでいた。
私は我妻と付き合うまで悲しい悲しい社畜喪女を貫いてきただけに、気の利いたプレゼントなんてさっぱり思い浮かばない。
一ヶ月前に覚えている時も、何をプレゼントしようかと思考を巡らせてみたけど、すっかり忘れるくらいなにも思い浮かんでこなかった。

服?
いや、奴の服の趣味と私の趣味は天と地ほどある。
私服はいちごちゃんが見繕ってくれないと残念系キャラTで過ごしてしまいくらいだ。
私が選ばない方がいいだろう。

アクセサリー?
……これも嫌な予感しかしない。
我妻は確かピアス穴あった気がするけど、シンプルなものしかつけてなかったはずだし、つけている所を見たのも数回。
私が選ぶデザインは…同上。

食べ物?
いや、ないでしょ。
誕生日のプレゼントが食べ物だったら、私は嬉しいけれど、いちごちゃんに前、美味しい選り取りみどりお菓子セットをあげた時、凄く嫌そうな顔をしていた。

うーん。

一つ一つのお店の前で首を傾げ、あーでもないこーでもないとブツブツお経を唱えている様子は不審者極まりなかったかもしれない。
でも私は至って真剣である。
なんせ、初めての彼氏へのプレゼントだから。

「あ、」

暫く悩んでいたところ、ふと目に入ったスーツのお店。
店の中に陳列されているネクタイとネクタイピンを見て、私はこれだと目を見開いた。
さっさと店内へ侵入し、目に入った棚を物色し始める私。
突然現れた私に店員さんが息を飲んでそろりと近付いてくるのがわかった。
だけどもこちらはそれどころではないので、華麗にスルーを決める。

大きめの棚一面に置いてある色とりどりのネクタイ、それからネクタイピン。
虹色に並べられたそれを端からじーっと睨みつけ、私はたった一つのプレゼントを探し出す。

シンプルなものがいいだろうか。
それとも奇をてらって少々お茶目な柄か?
脳内で我妻に装着し、イメージをする。
どれがいいだろうか…。


「お、お客様…?」

私の必死な様子に店員さんもとうとう声を掛ける始末。
そこで気が付いた。私、この店に入ってから1時間が経過しようとしている。

そろそろ決めないと何のために昼で上がったのか分からない。
私は意を決して決めかねている二つのネクタイピンを手に取った。
シルバーのチェック柄のネクタイピン、そしてもう片方はシルバーで先に琥珀色の石が埋め込まれているシンプルなもの。
さてさて、どちらにしようか。



「俺、こっちの方が好み」

「はっ!?」



すっと私の背中から伸びた手と、聞きなれた声。
突然の事に私素っ頓狂な声を上げて、振り返った。

振り返った先にはここにいる筈のない人間、我妻がニヤニヤと口角を上げて私を見ていた。
何で何で何で?
何でこんなところに我妻がいるの!?

私が驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせ、目を限界まで見開いた。
我妻は手にジャケットを掛けて、そんな私を相変わらず面白おかしそうに眺めている。
いやいやいやいや、おかしいでしょ!?

「な、な…」
「俺、外回り中。商品を睨みつける馬鹿を見つけて声を掛けたわけ」

なんとまあ分かりやすい言葉に、私は一瞬で理解した。
そういやこの繁華街、我妻の会社から近かった事を思い出した。

「んでー? それは何、俺へのプレゼントですかね、名前さん」

ん?とワザとらしく笑みを浮かべ、私に顔を近づけてくる我妻。
こんな決定的な場面を見られて、素知らぬ顔を出来る程、私の面の皮が厚くはない。
ふう、と息を吐いて「そうです」と観念して答えると、我妻は嬉しそうに笑った。

「わざわざ俺のために仕事抜け出して選んでくれてたの?」
「そうですそうです」
「へえ、ふーん。んで、この後はちょっと凝った料理でもしようとしてたってわけ?」
「…何で知ってるの?」
「朝、カレンダー見ながらブツブツ言ってたの誰だよ」

どうやら全てお見通しだったようだ。
朝の時点で我妻には私の計画がバレていて、だから外回りで様子を見に来たんだろう。
まるで我妻の掌で踊っているような感覚になり、私は唇を尖らせる。

「ん、何どうした」

不機嫌そうな私を見て、我妻が首を傾げる。


「サプライズにしたかったのに」


右手に作った拳を我妻の薄い腹にぽす、と一撃。
「いてーよ」と言いつつも我妻は笑っていた。

「いいじゃん、俺の誕生日を祝ってくれるだけで、俺は嬉しいし。…それに」
「それに?」

私の手からネクタイピンを取ると、それを自分のネクタイに当てる我妻。
思ってた以上に似合いそうで私は少し口元が緩んでしまう。


「……二人で台所に立つの、俺嫌いじゃないから」


クスと少しだけ大人っぽい笑みを見せ、私の頬に触れる。
触れられた箇所が熱を帯びていくのがわかった。
そう言えばここ最近、忙しさにかまけて我妻と過ごす時間もおろそかになっていた。
今だけの忙しさと言えども、恋人を放っておいていいわけない。

「…じゃあ、一緒に買い物行こ」
「そのつもり。俺、今日直帰だから」

そんな会話をしながら、我妻のネクタイピンを取ってレジへと向かう私。
ギフト用に包装しようとしてくれるお姉さんに向かって、我妻は「今つけるんで、いいです」と取り上げてしまう。
我妻のネクタイに光る琥珀色の石。
それが我妻の髪と瞳と同じ色で、私はなんだか嬉しくなった。

二人で腕を組んで店を出た。
そのまま一番近いスーパーに向かって歩き始める。

「ねえ、何食べたい?」
「ハンバーグ」
「子供か」

そうは言いつつも、私はきっと数時間後には我妻と一緒にハンバーグを食べているんだろう。
二人で台所に立つ姿を想像しながら、思わず笑みが零れる。
我妻が神妙な顔で私を見ていたことに気付き「何?」と尋ねた。

我妻は、私の耳にそっと指で触れ、そして



「ハンバーグ以外のメインディッシュもあるんでしょ」



と、厭らしい顔を見せた。

「……ハンバーグでお腹いっぱいにしてください」
「じゃあ、先にそっちのメインディッシュから頂こうかな」
「は?」
「俺、昼間のラブホって初めてー」
「は?は?」

ぐいっと強めに腕を引かれ、そのまま繁華街を抜け出そうとする我妻。
その口元がだらしなく緩んでいる事に気付き、私は諦めの近いため息を零すのだった。

「あ、善逸」
「何?」

思い出したように呟いた私を見ても、我妻は歩のスピードを緩めない。
まあ、いいんだけども。
ただこれだけは伝えないと。


「お誕生日おめでとう。来年もそのまた次の年も、一緒にハンバーグ食べようね」

「…毎年ハンバーグはちょっと。あ、でも名前は別に飽きないからいいけど」


ちゃっかり私まで嬉しくなるような言葉を残すあたり、この男は私の事をちゃんと愛してくれていると感じる。
勿論、私もですけど。


大好きなあなたへ、不器用なサプライズを。