君の笑顔が好きです。
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「名前〜開けて〜」

さて、どうしたものかと考える。
人の玄関の外にいる奴の、毎日変わらない声を聞いていると頭痛がしてくる。
しかも私が玄関を開けるまで、ずっと呼び続けるのだ。
どうしてこうなった。
…本当はよくわかっている。

「…善逸」
「なんですぐ開けてくれないの?厠?」
「…死んできて」

仕方なしに玄関の扉に手をかけると、顔が見えた段階で、扉の前にいた善逸の顔がぱあっと明るくなった。
そして余計な一言を投下したので、とりあえず目を細めて睨んでおく。
扉を開けたけれど、今日は家に入れることは出来ない。
何故なら、この後買い物に出ようとしていたからだ。

「私さこれから、買い物に行くんだよね。だから今日は…」
「じゃあ、俺も行く」
「いや、帰れよ」

相変わらずの明るい顔で、当然の如く言われても困る。
基本的に買い物は1人でゆっくり見て回るのが好きだ。
ココ最近有り得ないくらい毎日来る訪問者のお陰で、ずっと家に居たのだから偶には遊びに行こうとしたのに。
あの日以来、ずっとそうだ。

炭治郎の余計なお節介により、長年の私の気持ちが善逸にバレたあの日。
その次の日から何故か善逸は、うちに遊びに来るようになった。
最初はドキドキして、お互い気にして喋れなかったりしたんだけれど、こうも毎日続くと元の2人の空気に戻ってきた。
それはそれで嬉しい事ではあるんだけど、ね。
なんで?なんで毎日来んの?
正直、戸惑いが大きすぎてついていけない。

「ついてくるのはいいけど、多分面白くないよ?」
「いいんだって〜」
「あっそ」

ふう、と息を吐く。
心の何処かで善逸と2人で街に出ることを喜んでいる私がいる。
それを必死で隠すように気持ちに蓋をした。
じゃないとすぐに善逸にバレてしまうから。
…まあ、もうバレてはいるから今更ではあるんだけれど。

「用意するから、客間で待ってて」
「はいよー」

体を横に逸らして、やっと家の中へと招き入れた。
私よりも先に廊下を進んで、さっさと客間に入っていく善逸。
その間に私は自分の化粧と、出掛ける用意を済ませる事にした。



「おまたせ」
「…うぉ…」

全ての用意を終わらせ、客間に行くと私を見た善逸が開口一番声を上げた。
は?何それ、どういう感想なの?

「け、化粧してる」
「いつもしてるんだけど」
「でもいつもより顔がハッキリしてる」
「いつも顔が薄いと言いたいわけね」

褒められているのだろうか。

良くは分からないけれど、一先ず準備は出来た。
2人で私の屋敷を出て、街への道のりを歩む。
街まではそう遠くない。
一刻も歩かないうちに到着するだろう。

毎日会っているせいか、道中あまり話すことがない。
年頃の男女が並んで歩いているというのに、全くそんな雰囲気を醸し出せていないのは、私の所為かな。
長い間ずっと同期として過ごしてきた、今もか。
これ以上の関係になりたいと思った時には、善逸は私の事を見ていなかった。
だからそれが当たり前だと思っていたんだ。

あの日、これからは私の事を意識すると言ったのを覚えているのだろうか?
むしろ意識した結果がこの、毎日毎日遊びに来るという事であれば、嬉しいのは嬉しい。
まだ慣れないなぁ。
隣に善逸がいるのは。

「街で何を買うの?」
「あー…炭治郎に何かお土産でも持っていこうかなって思ってるから、それを」
「炭治郎?」
「そ」

やっとこさ、続いた会話。
至極単純。
普段よくお世話になっている(特に恋愛相談に関して)炭治郎に、偶にはお菓子の一つや二つ送っておきたい。
私は結局この状況で一応は喜んでいるから、ね。

「そう言えばずっと炭治郎と仲良かったよな、名前は」
「そうだね。炭治郎は優しいからね」

ふうん、と興味のなさげな返答を聞きつつ、私は今日何を買おうか頭の中てポツポツ思い浮かべる。
炭治郎ならなんでも喜んでくれるだろうけれど。
禰豆子ちゃんにも何か持っていこうっと。


ーーーーーーーーーー

おかしい。
こんなはずでは無かったのにと思う。

あの日、炭治郎から名前が俺を好きでいてくれていると聞いて、本人確認したら本当にそうで。
今まで同期としか認識していなかった女の子を、急に意識するようになって。
どうしていいか分からないけど、とりあえず暇さえあれば名前の家に行ってはいた。
そしたら、もしかして喜んでくれるんじゃないかと思ったからだ。

最初は確かにあの日の事もあってお互いぎこちなくて、何を話したかあんまり覚えてないけれど、最近では前の空気に戻りつつある。
今日なんか、訪ねて行ったらちょっと困った顔をしていたし。
おかしい。喜んでくれるんじゃないのか、と思ってひっそりショックを受けたけど、微かに聞こえた名前の音が嬉しそうだったから、俺は途端に胸が高鳴った。

名前の音は凄く小さい。
今までは意識してなかったし、全然分からなかった。
だけど、注意深く聞いていると微かに聞こえてくる。
それに感情が乗っていると、俺は密かに嬉しくなる。

2人で買物に出るもの、名前が喜んでいたからだ。
だけど、道中はあんまりいい雰囲気でもなくて。
苦し紛れに街に何を買いに行くのか、と尋ねると炭治郎の土産だと返ってきた。
なんで炭治郎?
嫌味を込めた言葉は、全く気づいて貰えない所か、あっさり流された。

確かに炭治郎とはずっと仲良さげだった。
昔から。
ねえ、俺の事好きなんだよね?
あってるよね?
もしかして俺だけが意識しちゃってドキドキしてるの?
はあ、と隣の名前に気づかれないようにため息を吐いた。


街について、本当に名前は炭治郎の土産しか見て回らなかった。
真剣な顔であれやこれやと見て回る姿は、少し面白くない。
本当に俺はただついて来ただけ。
名前が店の中で会計をしている間、店外で待ちぼうけをくらっている。
全然面白くない。
帰ってしまおうか、と一瞬考えたけどそんなことしたら、名前が悲しむかと思ったら止めた。

「ごめん、遅くなって」

会計に時間の掛かっていた名前がやっと出てきた。
俺はなるべく態度に出したくなかったけど、ふいっと視線を逸らしつつ「大丈夫」と呟く。

「善逸?どうかした?」
「別に」

心配そうな顔を見せる名前。
そんな顔させるつもりはなかったんだけどな。
少しだけ後悔した。

「じゃあ、これからどうしようか…」

と、名前が言った瞬間。
名前の足元にころころと鞠が転がってくる。
俺と名前がそれに気づくと、名前の背後から小さい影が「ごめんなさい!」と叫んだのが分かった。

4、5歳くらいの子供たちが鞠を蹴って遊んでいたらしい。
名前は、俺に買ったばかりの土産を押し付け、子供たちに微笑みながら「行くよー」と声をかける。

その表情は今まで見た事がなかった。
まるで子供のような純粋な笑みに、俺は目を奪われた。
いつも、冷静で笑ってもくすりと口元を緩める程度の名前が、にこにこと顔全体で笑顔を作っている。
俺の心臓が跳ねる。

ぽん、と名前の下手くそな蹴りは、残念ながら子供たちまで届かなかったけれど、子供たちも名前も楽しそうに笑っていた。
それを見ていいなぁ、と思ってしまった。

「ごめん、行こっか」

子供達のお礼を聞いて、名前が俺に向き直る。
その顔はまだ笑っていた。
子供が好きなんだな。

その顔をもっと見たいなと思った。

「名前」
「ん?」
「子供作らない?」
「……は?」

思わず心の中で考えていた言葉が、素直にポロリしてしまったらしい。
しかもかなり素直に。
笑顔だった名前の顔が一瞬のうちに歪む。
まるで軽蔑するような視線を向けられ、俺は大慌てで弁解をする。

「違うんだって!子作りしたいってことじゃなくて、あの、名前の笑顔を…」
「付き合ってもない女に子作りをせがむなんて、意味わかんないんだけど」
「だーかーらー!!違うよぉおお!!」
「気持ち悪すぎる。明日から家に来ないで」
「そうじゃないんだってえええ!!お願いだから話し聞いてええ!!」

スタスタと遥か前を歩く名前の後に続く俺。

勘違いをされては困る。
とりあえず家に帰ったら、ちゃんとした気持ちを伝えないと。


君の笑顔が好きです。


でも、話聞いてくれるまでが大変そうだけど。







あとがき

兎鞠さま、リクエストありがとうございました!
「今はふたり離れたまま」の続きで、善逸の愛がすごく大きくなっていく過程と2人の幸せな姿が見たいとのことでしたが、如何でしたでしょうか…:(´◦ω◦`):ガクブル
個人的に好きな話の続きだったので、するする書けたのですが、気に入って頂けるか不安です(´;ω;`)
毎日家に来ておまけに子作りまでお願いする善逸で良ければ、お納め下さいませませ。
この度はリクエストありがとうございました!


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