愛の言葉なんてひとつもなかった
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もうかれこれ6年になる。
名前と付き合い始めて、今まで。
お互い最初の頃の初心さはどこへやら。
最近だとお互いのすれ違いが原因で喧嘩をする事も多くなった。
それでも週末はどちらかの家で過ごすのが、ストレス社会で過ごす中の唯一の癒しだった。
口にはしないけどな。

そりゃ昔みたいにベタベタする事も減ったし、ヤることヤって寝落ちする、みたいな最低なこともしたことある。
だけど、俺なりに大切にしてきたつもりだし、これからもずっと一緒に居てほしいって思うわけで。
どうしたらずっと一緒に居てくれるのか、って考えたら真っ先に思い浮かんだのが結婚という一つのルート。
ただここ最近の仕事の忙しさにかまけて、結婚への話は勿論、プロポーズさえままならない状態だった。

やっとの思いで作った時間。
その時間も俺のような色々疎い奴が店に行って、すぐに決められる筈もないから。
俺の知ってるメンツの唯一の女子、禰豆子ちゃんに助けを求めた。
勿論、炭治郎を通して。

そんなこんなを考えていたら、名前の様子がおかしい事に気付くのが遅れた。
いつもなら音を聞いて何を考えているか知れるのに。
そんな簡単な事もしないで、俺は俺の事で頭がいっぱいだった。
きっとこれがうまくいけば、また名前が笑ってくれるだろうと思っていたから。

仕事の終わり、炭治郎と禰豆子ちゃんと待ち合わせをして、有名ブランドの店に直行した。
案の定だ。
店の店員にあれやこれやと勧められても、どれがいいのか全然分からない。
一回行っただけじゃ決まらないし。
下見ということで、初回は諦めて帰る事にした。
プロポーズをして、デザインがイヤだと言われれば新しいのを購入するくらい、俺は考えていた。
その方が、名前は喜ぶだろうし、さ。

流石についてきて貰っといてそのまま帰す訳にはいかない。
三人で近くのカフェに入り、適当にお茶をご馳走した。

「式には呼んでくれよ」
「気が早いってば。まだ何も言ってないんだから」
「大丈夫。善逸さんたちならきっと、いい式になるよ」
「禰豆子ちゃん、話聞いてた?」

馬鹿みたいにイジられつつ、竈門兄妹を駅まで見送り、一つミッションを完了させた。

それが数日前のこと。
珍しく早く帰って来れた。
もう少ししたら名前が来るだろう。
そんな中、炭治郎から電話が入る。

「どうした、炭治郎?」
『いや、もう決めたのか気になって連絡したんだ』

俺は見ていたテレビの音量を下げ、そしてソファに座りながら足を組んだ。

「いやー…無理」
『そうか』
「まずデザインが多すぎてわかんねぇ」
『名前なら、善逸の選んだものなら何でも喜ぶと思うぞ』
「そんなことわかってるよ、だけど今度もう1回行って確認しようと思ってるんだよ」

自意識過剰と思われてもいい。
多分、名前なら俺の選んだものなら何でも喜んでくれる、そんな自信があった。
それはこの6年傍にいて思ったこと。
それだけ自分が好かれているって知っているからだ。
甘えてると言われればそうなんだけど。


「大体、女の子の欲しい物っつったって、俺男だからわかんねーし」


いくら俺の選んだものなら喜んでくれるとはいえ、なるべく希望に沿うものを贈りたい。
ここは失敗できない。
失敗なんてするつもりないけど。

『まあ、それは分かるけどな。女性の好みは俺達には難しい』
「そうそう。いっぱいあり過ぎてわかんねーよ。禰豆子ちゃんも困ってたし」

電話の向こう側で炭治郎の苦笑いが聞こえる。
それと同時に背後から物音がした。
慌てて振り返るといつの間に帰って来たのか、名前がこちらを見て呆然と立っていた。
足元には買って来たであろうビニール袋が落ちている。

まさか帰ってると思わなくて思わず目を見開いて驚いた。
さっきまでの会話を聞かれたのかと、一瞬焦る。

「あー…ごめん、また電話するよ」
『…? 分かった。じゃあ、またな』

炭治郎には悪いが、これ以上会話を聞かれるのはまずい。
一応サプライズのつもりだから。
さっさと電話を切って、そのまま名前に「おかえり」と少々ぶっきらぼうに言った。

「…ただいま」

名前にしては珍しく平坦な声だった。
特にさっきの電話を気にすることもなく、聞かれることもなく。
吃驚して名前の顔を見たけれど、何か考えているようではあったが、下手に追及してさっきの事を問い詰められても困る。
すぐに目を逸らして、何事もない振りをした。

名前はそのまま落ちたプリンを拾い、冷蔵庫へぶち込む。
イライラはしているようだ。
扉を閉める音がでけぇ。

「今日は遅かったんだな」
「…まぁね」

まあ、言いたくなさそうだったから、なるべく何でもないように話しかけた。
返事は返ってきたけど、どこか気になる。
音を聞いてみたが、ビックリするくらい冷めているような。
仕事で嫌な事でもあったんだろうか。

話を聞いてやりたいけど、今突然聞くと変に思われるだろうか。
頃合いを図るため、とりあえずスマホを弄って考える。
名前が台所から出てきて、ソファではなくカーペットに座る。
いつもなら俺の横に座るのにな、なんて思っていたら名前が口を開いた。

「ねえ」
「何だよ」

「禰豆子ちゃんとどこ行ったの?」

ドキン、と心臓が跳ねた。
そこから聞かれているなんて思いもしなかった。
俺は必死で表情に出ないようにしたけれど、不自然だったかもしれない。

「は、何?」
「さっき言ってたじゃん。どこ行ったの、2人で」
「行ってないよ」

嘘はついていない。
2人ではない。
だけど、そんな事でどうにかなる問題ではないだろう。

「…前々から思ってたんだよね。善逸、私に隠し事してるでしょ?」
「してない」
「何でそんな嘘をつくの?」
「仕事だよ、名前には関係ない」

名前が声を上げる。
だけど、俺も負けじと声がでかくなる。
そして、言ってはいけないことを口にした。
言った瞬間にしまった、と思ったけれど時すでに遅し。

「関係ないって…何それ。私、善逸の彼女だよね?彼女に黙って女の子と遊びに行くなんて、どういうこと?」
「遊びに行ったわけじゃないって!」
「じゃあ何」
「だから仕事だってば…」

泣きそうな顔になった名前が俺を見る。
テーブルに置いた手がプルプルと震えている。
あー…まずい。
自分でもまずいと分かっているのに、どう回避していいのかわからない。
すっげぇ勘違いされている。やばい。

「あのね、禰豆子ちゃんと遊びに行くのはわかるよ?可愛いもんね。それは分かるけどね、せめて私と別れてから……」
「何でそんな話になるんだよ!!」

名前がため息と共に吐き出したセリフに怒りを覚えた。
今までそんな大声出したことなんてなかった。
別れてから、なんて言われたら我慢できなかった。
何言ってんだ、こいつ。

「あんたが分かりやすい嘘つくからでしょうが!!」
「それを言うなら名前だって最近よそよそしいだろ!!」
「意味わかんない!!この金髪馬鹿!!」
「俺の方が意味わかんねーよ!!この貧乳!!いきなり別れてからとか言われてもなぁ!」

するとキっと俺を睨みつけ、さらにでかい声で唾を飛ばす名前。
俺も一緒になって声を張り上げる。

暫く沈黙が続いた。
睨み合ってはいたけど、先に名前が泣き出してしまった。
ポロポロ零れ落ちる雫に俺は心底驚いた。
今まで泣かしたこともあったけど、最近なんて全然なかったから。


「…帰る」


名前がぽつりと零した言葉に俺は狼狽えた。
スタスタと俺の横を通り過ぎ、一目散に玄関へ。
慌てて止めようと後を追ったが、急に名前が振り返り、ポケットから何かを投げつける。


「さよなら!」


俺の胸板に当たって手に落ちたそれは、俺の家の鍵だった。
鍵を見ている間に名前は部屋から出て行ってしまう。

「名前、おいっ!」

声をかけたけれど、それすら無視され。
バタンと乱暴にドアは閉められた。

あー…嘘だろ?
これは完全にやらかしたわ。
俺はストンとその場に腰を下ろして、片手で前髪をくしゃりとかき上げた。
誤魔化そうとしたのが間違いだったのか。
いや、適当なウソを言ったのもまずい。

じゃあ、どうする?
完全に名前は今、勘違いをしている、とっても最悪な。
このままにはしておけない。
だけど、今俺が言っても信じてもらえるだろうか。

はあ、俺の気持ちは全然、伝わってなかった。
くそが。

俺は、自分の腕時計の時間に目をやった。
時間は真夜中。
まずい。あいつ、外に出たよな?

ふざけんじゃねえ。
くよくよ悩んでいた自分を振り払い、俺は大慌てで玄関へ。
その前に。
台所にあったビールの空き缶から、プルタブを引きちぎると、俺はそのまま夜の街へ飛び出した。


―――――――――――


外を探し回って数分。
すぐそばにいたようで、案外あっさりと見つける事が出来た。
近所の公園でブランコを漕いでいる様は、俺が見つけたからいいものの、他人が見ればホラーだ。
しかもびえんびえん泣いてるし。
何なら俺の恨み節ガンガン言ってるし。

どのタイミングで顔を出そうかと思ったけど、悪口が止まらないのでそうそうに顔を出す事にした。

「実は、友達いない奴…っぅぅ、」
「ふざけんなよ、友達くらいいるわ」

化粧がとんでもない事になっているというのに、袖で涙を拭う名前。
俺はブランコに近付いてため息を吐いた。
名前は酷く驚いた顔をしてこちらを見た。

「うわ、めっちゃ酷い顔してるよ」

特に化粧が。
そう言うと、さらに顔を歪めてこちらを睨みつける。
だけど名前は何も言わない。

面倒くせー。勘違いして泣いてんじゃないよ。

俺は自分のポケットからプルタブを握って、名前に近付いていく。
よくわからないといった顔で名前が俺を見る。

「ほら、手出して」

少々乱暴に言った。
だけど名前は反応しない。
くっそ面倒だわ、この女。

ため息を吐きながら、無理矢理名前の左手を持ち上げた。
抵抗されるかと思ったけど、そんな事はなかった。

「今はこれしかないからさ。取りあえず予約はしておくよ」

名前の左手の指。
本当は薬指に入れたかったけど、流石にプルタブは入りそうになかった。
だから、小指にぶっ刺した。

当たり前だけど、それをみて名前はポカンと口を開けた。

「何、これ」

何これと言われればプルタブですけど、としか答えようがない。
だけど、俺にとってはそんなつもりでもない。
ちょっと恥ずかしい気持ちが芽生えて、顔を背けた。

「結婚指輪、のつもり。薬指に入んなかったから小指で我慢ね」
「は?」

ドキドキしながらそう言った。
するとこれまた当然だけど、意味が分からん、といった顔で俺を見る名前。
お前の音を聞かなくても、気持ちが分かるわ。

「名前にどんな指輪が合うのかわからなくてさ、炭治郎に頼んで禰豆子ちゃんについてきてもらったんだよ…これ、カタログ」

ずっと入れっぱなしになっていたポケットのカタログをほいっと投げる。
表紙は美しいシルバーリングが載っていた。
それを見れば流石に気付いたのが、カタログと俺を交互に見る名前。

「…オシャレなカフェのレシートは?」
「店に付いて来てもらった時に、お茶したんだよ。三人分だったでしょ」
「女物の香水の匂いは…?」
「店の匂いか禰豆子ちゃんの匂いじゃない?」

問い詰めるように名前が口に出す。
っていうか、そんなところまで気付いていたのか。
女の勘って奴はほんとやべー。

「え?」

戸惑う表情で自身の小指を見る名前。
まあ、格好はつかなくて申し訳ないんだけどさ。
仕方ないよな、まだ買ってないんだから。

「ちゃんとプラン考えてたのにさー…水の泡だよ、もう」

その場に俺は頭を抱えてしゃがみ込む。
サプライズがとんだサプライズになってしまった。
こんな筈じゃなかったんだけどな。
まあ、仕方ないか。

「ぜ、善逸…ごめん、私…」
「あーもうそういうのいいって。取りあえずさ」

心配そうに名前が俺の顔を覗き込んだ。
悪いと思ってくれるのはいいんだけどさ、それよりもさ。
俺はブランコに座る名前をそっと抱き締めた。


「結婚してよ」


名前の耳元で囁くプロポーズの言葉。
言ってて気づいたんだけどさ。


愛の言葉なんてひとつもなかったわ。


仕方ないから、この後仲直りのベッドの中で散々囁いてやるか。

名前が俺の背中に手を回したのを確認して、俺は満足そうに笑った。







あとがき
はるかさま、リクエストありがとうございました!
「恋人ごっこも明日まで」の善逸視点ということでしたが、如何だったでしょうか。
久しぶりに自分の書いた文章を読み直して
「キィィィィィ」ってなってしまいました(笑)
当時、もっと書き込みたかったくそがぁあああと思いながら、善逸の思いを込めました。
こんなものでよければお納めくださいませ〜!

この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ