私以上に好きになる人はいないと思います
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ふざけた話だ。
何を考えて言ったのか分からない。
今でも思い出しただけで腹が立つ。

きっかけは何だったか。
そう、確かあれは善逸さんが前から歩いてくる美人を見て言った一言からだった。

「あ、美人」

ぽつりと零した言葉に私は最初、自分が言われたのかとドキドキした。
…結果的に言えばただの自意識過剰なんですけれどね。
チラッと善逸さんを見ると、私なんか見てなくて、前方に目を向けていて。
つられて私も見ると確かに。
日本人にしては珍しい背の高くてスラリとした美人が前から歩いていた。

あぁ、なるほど。
気分は良くないけど、美人だと言いたくなる容姿である。
ふうん。まあ、気分は良くないですけども。
嫌味の1つでも零してやろうかと思っていたら、善逸さんの口が更に開いた。

「美人は3日で飽きるっていうけど、そうなのかな?」
「……は?」

凄く被害妄想激しいかもしれないが、遠回しに恋人の私は美人ではないから3日で飽きることはない、と言われたような気がした。
いや、美人じゃないことはわかってますけども。
だから明らかに不機嫌を装い、笑っていた笑顔を剥がして鋭い視線で善逸さんを見た。
なのに、このバカは美人の方しか見てなくて、私の事なんて全然気づかない。

「あんな人と一緒に歩いたら、周りの人から凄く視線を集めそうだな。家の中に美人がいるってどんな気分なんだろう。俺だったら、閉じ込めて家から出さないか…も…」
「へえ?」

その言葉を言うまで本当に私の事に気づいてなかったんだろう。
どれだけの地雷を踏み抜いているのか、やっと自覚してくれたようだ。
ただ、その時には既に遅いけれど。

握っていた手を力強く、まるでりんごを潰すように力を込めた。
プルプルと怒りで震えるまま、それを持ち上げた。
善逸さんの顔から血の気が引いていく。

「私も是非知りたいですねー…家の中にイケメンがいる気分」

いつもなら笑っている。
だけど、笑みなんて作れなかった。
冷ややかな視線を善逸さんに向けて、ぱっと繋いでいた手を離した。
美女とすれ違った時、私の鼻に美女の匂いがふわっと掠める。
美人は匂いまで美人なのか。
立ち振る舞いもそう。
まるでモデルのようなしなやかさ。
目を引くのも分かる。

だけども。
隣のこの人の目には入れて欲しくなかった。
自分が嫉妬深い人間だというのに気づいたのは最近だ。
善逸さんも嫉妬してくれるけど、私だって腹が立つ時はあるんだ。

「きっとイケメンは性格もイケメンなんでしょうね。あ、でもその言い分だと伊之助さんの性格がイケメンという事に。それはちょっと違うような…」
「…伊之助がいけめん?」

善逸さんの頬がピクリと反応する。
私は善逸さんが気にしている事は分かっていたけど、口を閉じることも無くそのまま続けた。

「善逸さんだって美人と一緒に過ごしたいですよねぇ?私も同意見です」
「え?いや…そういう意味じゃ…」
「私みたいな美人の引き立て役くらいにしかならないモブ顔を、隣に連れているのもはばかれるでしょう。今日はこのまま1人で帰りますので、どうぞ美人を連れ歩いて下さいませ」
「何言ってるの名前ちゃん…」

慌てた顔で善逸さんが私の手を掴もうと手を伸ばす。
それを華麗に避けて、私は善逸さんの顔を覗き込んだ。

「…イケメンのいる家にでも行ってきますので、お気になさらず」

そう言って、私は蝶屋敷とは逆方向へ歩いていく。
善逸さんがついて来ようとしたけれど、いい加減イライラが爆発しそうな私は心にもない一言を放った。

「善逸さんなんて嫌いです」

ギロリと視線を向けると、ぐ、と善逸さんが息を飲んだ。
口をパクパクを数回開けては閉めてを繰り返している。
言葉に出来ない程ショックを受けた顔を見て、私は満足げに善逸さんを置いて歩きだしたのだ。


―――――――――――――


「と、いう事があってですね。どう思われますか、宇髄さん」
「そりゃあ男なら美人と付き合いたいってのは本能だろうが」
「……宇髄さんの家に来たのは間違いだったと、今更気付きました」


怒りのまま私がやってきたのは、イケメンの居る家。
つまりは元柱の宇髄さんのお家である。
私が玄関の戸を開けると、いつものお嫁さんたちが大歓迎してくれて、快く中へ通してくれた。
奥にいた宇髄さんに「何があった」と聞かれて数刻前の状況を説明したところ、簡単に「男の本能」と返された訳だ。
完全に頼る人を間違えた。
しかもよくよく考えると、宇髄さんのお嫁さんたちは皆美人だ。
本能のまま美人なお嫁さんを娶ったとしか思えない。
なんて人だ。

「派手に失礼な事考えてやがるな」
「いえ、美人のお嫁さんがいていいなぁと思いまして」
「…嫌味か」

呆れたようにため息を吐く宇髄さん。
そこへお茶を乗せたお盆を持った須磨さんが入ってくる。
私の前にコツンとお茶を置いてにこりと微笑む須磨さん。

「善逸くんは一緒じゃないの?」
「それがですね、ちょっと喧嘩をしておりまして」
「そうなんだぁー…お嫁ちゃん、いくらでも居ていいからね」
「有難うございます」

宇髄さんが片手で髪をかき上げて私を見る。
イケメンは何をしてもイケメンだなぁと出されたお茶を啜りながら考えていた。

…善逸さんもカッコイイ所、あるんだけどね。

お茶に映った自分の顔が如何にも沈んでいますという顔をしていた。
善逸さんと喧嘩をすることがあっても、嫌いと言ったのはそんなにない、と思う。
自分で言いながらショックを受けたのも事実。
いくらイライラしていたからって、善逸さんを傷つけてしまったんじゃないかと心配になる。

「そんな顔するぐらいならさっさと仲直りしろや」
「……」

宇髄さんの言う通り。
こんなしょうもない喧嘩はさっさと仲直りするに限る。
だけど、私の気持ちも傷ついた。
ちっぽけなプライドっていうものが、私にはある。

「はあ、須磨さん。どうしたら須磨さん達みたいに美人になれますか?」
「び、美人!? きゃー!天元様聞きました!?美人ですって、美人!!」

顔を赤らめて宇髄さんの腕をお盆でバシンバシンと叩く須磨さん。
可愛らしいけれど、叩かれている音は結構えぐい。
宇髄さんは面倒臭そうな顔をして、須磨さんのお盆を掴んだ。

「無理だろ。今更、顔の造形はどうにもなんねえよ」
「…分かってます。そんなにはっきり言わなくても、軽く口にしただけですから。私の繊細な心をこれ以上傷つけないで下さい」
「まあ、善逸はお前の顔を悪いとは思ってねーんじゃねえか?」
「それはどうでしょうか」

須磨さんからお盆を取り上げた宇髄さん。
そしてニヤニヤと笑う。
何がそんなにおかしいんですか、他人事だと思って。
私だって美人に生まれたかったですよ。

…特に好きな人には綺麗だと思われたいですよ。


考えれば考えるほど気分は沈む。
お茶を持ちながら顔を俯かせていたら、宇髄さんがゆっくり立ち上がった。

「お前ら、面倒なんだよ。いいからさっさと仲直りして帰れ」

そう言うと、背後の障子をスパン、と勢いよく開ける宇髄さん。
障子の向こうの縁側には、背中に手を回して気まずそうに立っている善逸さんが居た。

「あ! 善逸くん、いらっしゃい」

須磨さんの明るい声が部屋に響く。
この人、マイペースだなぁ。

突然現れた善逸さんに私は更に気分が低飛行。
顔を見るのは、少し気まずい。
だって、酷い事言ったし。

「ほら、何とか言えや」

縁側に出た宇髄さんが善逸さんの頭にゴチンとげんこつを落とす。
いつもなら痛いだのやめろだの煩い善逸さんが、何も言わずに私の方を見た。

「名前、ちゃん」

善逸さんが私を呼ぶ。
宇髄さんはそのままスタスタと須磨さんの腕を引っ張り、廊下へ出て行ってしまった。
一人にしないで欲しいと思ったけれど、善逸さんの真面目な顔が見えて、何も言えなくなってしまう。
ずるずると縁側から部屋の中へ入ってくる善逸さん。
私の横まで膝をついてやって来ると、目を合わせないで俯いた。

「…ごめん」

そっぽを向かれたまま、善逸さんが呟いた。
きゅっと唇を噛む私。

「名前ちゃんを傷つける事、言ったよね、俺」
「……美人が好きなんでしょ」
「…うんまあ、そこは否定しない」

正直だな。
ズキンと分かりやすく胸が痛む。
嘘でもいいから「君も美人だ」とか言えないのかこの金髪。



「俺は美人も好きだけどさ。もっと俺が大好きなものは、可愛くて、俺の事を好きだって音をしてて、ずっと一緒に居てくれる女の子なんだ」



だからさ、


善逸さんが、顔を上げて私の目を見る。


「俺の事、嫌いって言わないでよ」


そう言った善逸さんの顔がどこか切なげで。
縋りつくような声だったから、何だか驚いてしまった。
そんなに執着されているなんて思ってもみなかった。
もともと、善逸さんは女の子大好きだったから。


「私でいいんですか?」


驚きついでに尋ねてみる。
善逸さんは私の頬に手を添えて、まるで愛おしいものを見るような眼をした。


「…名前ちゃんじゃないとダメだよ」


その一言で、さっきまでの私のモヤモヤは全て一掃された。
私はただ、善逸さんにそう言ってもらいたかっただけなんだ。
馬鹿だなぁ、私。

ふ、と自然と笑みが零れた。


「私も…」


善逸さんの頭に手を伸ばして、そのふわりと揺れる髪に触れる。


「金髪で、私の事守ってくれて、私じゃないとダメって言ってくれる、そんな人が好きです」


にこっと微笑むと、善逸さんが私の腕を引いて、そのまま抱き締めてくれた。
善逸さんの背中に手を回して、胸の中に顔を埋めた。

…結局のところ、私達はお互いの事が好きすぎるみたいです。


あ、でも善逸さんを
私以上に好きになる人はいないと思いますけどね。


それだけは断言できますよ。
善逸さんには言わないけれど。









「あいつら、人の家でイチャイチャしやがって」
「天元様ぁああ!! 邪魔しちゃだめですよ!! 今、いいとこ!!」
「…うるせぇ。お前が一番邪魔だ」





あとがき
てんさま、リクエストありがとうございました!
ヒロインちゃんの家出話ということでしたが、如何だったでしょうか。
最初ご連絡をいただいた際に、善逸が道端の子に求婚するというお話でしたが、
善逸さんはもう誰彼構わず求婚をしないので、少し内容を変えさせて頂きました。
申し訳御座いません…。
派手柱が好きすぎるため、どこで退場させようか悩みました。
(本音はずっとべちゃくちゃ喋らせたかった…)
こんなものでよければお納めくださいませ〜

この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ