いつか貴方にそっくりな
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「おい、なんだそのガキ」
「可愛いでしょう?」

私の足元に隠れるようにひょっこり顔だけ出している黒髪の5歳くらいの男の子を見て、伊之助さんは首を傾げた。
男の子は伊之助さんの猪の被り物が怖いみたいで、必死に私の袴の裾を固く握り締めている。
表情も険しく、目を淵には大粒の涙が溜まっている所を見ると、あんまり伊之助さんに近寄るのはよろしくないだろう。

ふふ、と笑いながら男の子を安心させるように頭を撫でると、気持ちよさそうにこちらを見る男の子。
ああ、可愛い。可愛すぎる。

そんな私達に気付いた炭治郎さんまで近寄ってきて、不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「あれ?名前、善逸と任務に行ったんじゃ…?」
「任務自体は無事に終わりまして、先程戻って来たんです。問題は善逸さんなんですけれど…」

ちら、と目線を下げて男の子を見る伊之助さん、炭治郎さん。
それから一寸置いて何かに気付いたように、徐々にぽかんと口を開けてまじまじと見つめる。
ええ、そうです。そうなんです。

私の足元にいる男の子、この子は善逸さんです。


数刻前の事、善逸さんと鬼を退治した。
今回はいつもは見ているだけの私でもある程度活躍できるほど、弱小な鬼だったのであっという間だった。
いつも鬼を倒すその時に何か起こる事が多いので、頸を刎ねる時は細心の注意を払った。
華麗な刀裁きで鬼の頸が宙に浮き、ほっと一安心した、のだけど。

残念な事に次の瞬間には私の視界から善逸さんが消えた。
一瞬で青ざめ、慌てて辺りを見回すと善逸さんが立っていた場所には、一人の男の子がしゃがみ込んでいたのだ。
二人で顔を見合わせ、ポカンと固まること数分。
誰だこの子、と思う前に直感で感じ取ったのは「善逸さんだ」という何でか分からない確信。

「…善逸、さん、じゃなくて、善逸くん?」
「うん」

大きな瞳を不安そうに揺らして、こくりと頷く善逸くん。
この子が善逸さんだと気付いたのは、彼の髪の色が雷を打たれる前の黒髪姿そのままだったからだ。
流石に年齢に違いはあるけれど、善逸さんの雰囲気を残した幼い姿に納得する。

きっとこんなに冷静でいられるのは、依然似た事があったからだろう。
ちょっと前に私も鬼の血鬼術によって子供の姿に変えられた事があったらしい。
らしい、というのは私にその時の記憶が一切ないからだ。
きっとそれと同じ事が善逸さんに起こった、それだけのことだろう。
善逸くんの横に落ちた日輪刀を拾い上げ、さて、どうしようかと頭を巡らせる。

「お姉さん、だあれ?」

善逸くんは拙い喋り方で私に問う。
いつもの汚い叫び声とは程遠い可愛らしい声に、私は思わず頬が緩んだ。
善逸くんに目線を合わせるようにしゃがみ込んで、にこっと微笑む。

「私は名前っていうの。一緒にお家へ帰ろう?」
「お家?」

こくりと頷いて、私は善逸くんの小さな手を握る。
そして、二人で蝶屋敷へと戻ってきた、というわけだ。

帰ってきてから当たり前だけどしのぶさんに相談すると、盛大な溜息を吐いて「またですか」と一言。
次から次へと本当に申し訳ないです。
日にち薬で元の姿に戻る、との事だったので、こうしてお庭で二人で遊んでいたところ、猪と炭治郎さんが寄ってきた、ということ。

善逸くんは私の知る善逸さんとは少し違っていた。
女の子にベタベタしたりしないし、叫び声も上げない。
あ、でも怖がりな所はそのままかもしれない。
彼は孤児だと聞いていたから、怖がりになるのも頷ける。

「そいつが紋逸だっていうのか? 頭黒いじゃねぇか」
「善逸さんの髪は雷に打たれたから、金色になったんです。元々の地毛は黒です」
「ハァ?」
「ちょ、触らないで下さい」

伊之助さんがぐいっと善逸くんに近寄り、髪を一束掴む。
今にも泣き出しそうな表情の善逸くんを守るため、私は大慌てで伊之助さんと善逸くんの間に入った。

「乱暴な子になったらどうするんですか!」
「どういう意味だそれは!」
「…こんにちは、俺は炭治郎っていうんだ。よろしくな、善逸」
「…うん」

私と伊之助さんがバチバチとやっている間、炭治郎さんが善逸くんの視線に合わせて自己紹介をしていた。
とても微笑ましい光景に私は伊之助さんから目線を外して、悶えたくなる。

「…はっ、ただのガキじゃねぇか」
「私からしたら伊之助さんはただの猪ですけど」
「…オイ」

そんなこんなで一日目は終了した。
すぐには戻らないと聞いていたので、分かっていた事だったけれど、小さな子が身近にいるというのはとても新鮮だ。
和樹は私と3つしか離れていないから、ここまで小さな子を相手にするのは久しぶりだし。

善逸くんは晩御飯の時も、夜寝る時も私から離れるのを嫌がった。
それが可愛すぎて可愛すぎて、私も喜んで一緒に眠った。
善逸くんは可愛いけれど、でも。
ほんの少し、善逸さんがいないのは寂しいな、なんて思ってしまう。
この子が善逸さんなのに。

気持ちよさそうに眠る顔を見つめながら、私は善逸くんの頭をそっと撫でた。


◇◇◇


「おい、名前から離れろ、ガキ」
「伊之助さんこそ近寄らないで下さい。泣いちゃったらどうするんですか」

次の日も相変わらず、鍛錬の合間に私の所へ伊之助さんがやってきて、傍に座る善逸くんに威嚇する。
意味が分からない。こんな小さな子を脅かして何が楽しいんだか。
伊之助さんは面白くなさそうに舌打ちをし、私達の真向かいに腰を下ろした。

「……善逸よりタチが悪いじゃねぇか」
「どういう意味です、それ」
「うるせぇ」

善逸くんと一緒に食べていた茶菓子を、仕方がないので伊之助さんにも分けてあげる。
伊之助さんは頭の被り物を外して、ポロポロお菓子の破片を零しながら口に入れる。
猪の被り物を外した顔を見た善逸くんがびっくりして声を上げる。

「お、お姉ちゃんだったの?」
「ぶふっ…」
「…殺す、このガキ」
「やめてください」

あまりに端正な顔立ちから、善逸くんは伊之助さんのことをお姉さんだと勘違いしたようだった。
思わず吹いてしまったけれど、怒りで震える伊之助さんを慌てて止める私。

その様子を見て善逸くんは不思議そうに口を開く。


「お姉ちゃんと、お兄ちゃん?は恋人同士なの?」


善逸くんの口から出た言葉に私と伊之助さんが固まる。
そしてすぐに私は「全然違う」と首を横に振った。
だって、だって。
私の恋人は、君だよ。
…とは、口が裂けても言えなかった。

「はっ、はぁっ!? ふ、ふざけんな、お前」
「伊之助さん、何ドモってるんですか」
「るせぇ!!」

珍しく伊之助さんが顔を赤くしているものだから、つい弄ってしまいたくなる。
私が否定したことで、善逸くんは少しだけホッとしたように表情を緩めた。

私はふう、と息を吐いて善逸くんを見る。

「…善逸さんに子供がいたら、こんな感じなんですかね」

特に意味はない。
善逸さんと善逸さんに似た子供と、その横に私がいたらいいと思う未来を想像するくらい許されるだろう。
そのためにはさっさと善逸さんが元の姿に戻ってもらわないといけないが。

「このまま戻らなかったら、年の差がとんでもない事になりますよね」
「……こんなガキとくっつくつもりか、お前」
「だって、善逸さんですし」
「…そうなったら、ガキとくっつく前に貰ってやるよ」
「……え?」

耳に入ったセリフに驚いて、慌てて視線を伊之助さんに向けた。
伊之助さんは僅かに頬を赤らめ、それから顔を逸らす。

「行かず後家になるよりマシだろうが!」
「…は、はぁ…お気遣いありがとうございます」

ズキンと胸に刺さる一言をお見舞いされ、私は口元を引き攣らせた。
私の表情が冷めている事に気付いた伊之助さんが、私の手を取った。


「嘘じゃねぇよ」


ぎゅっと固く握られ、私は手と伊之助さんを交互に見つめる。
え?
それって、どういう…。

私が口を開こうとした、その時。



「オイ、ふざけんなよ、伊之助」



伊之助さんに繋がれていた手は横から伸びた手によって分断され、そして私の腕を引いて、見慣れた羽織の包まれた。
あ、と思ったときには私の身体は、良く知る善逸さんの身体に抱き締められていた。

「売約済みだっつーの」

さっきまでの可愛らしい声とは程遠い。
声変わりをした低い声。
それからちょっと怒ってるときの、低い声。
どれもこれも待ち望んでいたもので、私は思わず涙が出そうになる。

「チッ、ガキもデカイ方も面倒くせぇ」
「一番面倒なお前に言われたくねぇよ!」

伊之助さんは舌打ちを零し、その場から立ち上がった。
さっさと猪の被り物を被って、そのまま縁側からお庭へ飛び出していく。
その場がまるで嵐が去ったように静寂になった。

「……戻ったんですね」
「みたいね」

ぽつり、と胸板に手を添えて言うと、上から呆れたように呟く声が聞こえる。

「覚えてるんですか?」
「…全部ね」

イライラと顔を歪める善逸さん。
その髪色はやっぱり金色だった。
私が子供になった時は全然覚えてなかったけれど、善逸さんは記憶があるらしい。
それはそれで若干恥ずかしいような。
だって、ずっと一緒に居た、し。

「もっと早く戻ってくださいよ」
「これでも早いとは思うけど? 後少しでも遅かったら、とんでもなかったし」
「……それでも、もっと早く」
「うん?」

ぎゅう、と胸板の服を握る。
目を合わせるのは恥ずかしいから、顔を隠したまま。


「寂しかったんですから」


唇を尖らせそう言うと、善逸さんが「へぇ?」といたずらっ子のような声を上げる。

「それにしては楽しそうにしてたんじゃないの。俺の子供もあんな感じかもよ?」
「…あっ! 覚えて…すぐに忘れてくださいっ!!」
「絶対忘れない」

くすり、と笑う善逸さんが私を抱き締めたまま、後ろへ倒れる。
体勢が崩れ私は善逸さんにしがみ付いた。


「俺の子供、見たい?」


ニヤリと口角の上がった顔が、目の前にあって、私はたじろいだ。
何も言えなくなってしまったけれど、その代わりこくりと頷く。
それを見て善逸さんは満足そうに私を抱き締めた。


「俺も名前ちゃんの子供、見たいな」


耳に囁かれた言葉を、きっと私は一生忘れる事はないと思う。




いつか貴方に似た子と、私と貴方が過ごす未来が訪れますように。






あとがき
金魚さまリクエストありがとうございました!
善逸さんが子供になるお話でしたけれど、いかがだったでしょうか。
またまた伊之助に登場していただきましたが、どれだけ私は彼を苦しめればいいんでしょうか(笑)
書いている身としてはとても楽しく書かせて頂きました。
えへへ…(*‘ω‘ *)
こういうシチュ、凄く好きですえへへへへへ!!

この度は誠にありがとうございました!


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色いろ