私を弄ぶのが上手な人
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発端は炭治郎さんの一言だった。

「禰豆子に髪を結ってくれないだろうか」

困ったように目尻を下げた炭治郎さん。
私はその日、お屋敷のお仕事も終え、ちょっとした休憩を頂いていたから、全然構わなかったし、炭治郎さんの頼み事なので進んで対応させて頂くつもりだった。
最近おしゃべりが出来るようになった禰豆子ちゃんが、髪を結って欲しいと病床の炭治郎さんに頼むようになったようで、男の炭治郎さんも簡単な結いくらいなら出来るけれど、女子の好みそうなものは出来ないとの事。
それで白羽の矢が立ったのは私。

「ええ、全然いいですよ。禰豆子ちゃんの髪は長いですし、女の子ですものね」

申し訳なさそうにしていた炭治郎さんを安心させたくて、私はにこりと微笑んだ。
炭治郎さんは「ありがとう」と言って、また瞼を閉じた。
私はその足でお庭で遊んでいた禰豆子に縁側から手招きをして、腰を下ろす。
嬉しい事に私の姿を見てすぐに近寄ってくれる禰豆子ちゃんが可愛らしくて、私は思わずほっこりしてしまった。

「あそ、ぼう?」
「うん、一緒に遊ぼうね」

善逸さんと伊之助さんのお陰でよくおしゃべりをするようになった禰豆子ちゃん。
幼い女の子のようだけれども、段々人に近付いている姿に私は嬉しくて仕方ない。
私の真向かいに腰を下ろすよう促して、私は禰豆子ちゃんの髪に触れた。

さらさらと私の手から零れていく禰豆子ちゃんの髪。
羨ましい…シャンプーもリンスもないこの時代にどうしたらこんなキューティクルが保てるのだろうか。
そんな事を脳裏に掠めながら、髪の束をひと房手に取って適当に編み込んでいく。

「禰豆子ちゃんの髪が長いから、色々できちゃうね」
「いろいろ?」
「うーん、そうだねぇ。あ、リボンにしちゃおうか!」
「り、ぼん?」

不思議そうに首を傾げる禰豆子ちゃんの髪を手に取って、すいすいと髪を結っていく。
確かこんな感じだったよね、と思いながら私の髪ゴム、それからヘアピンを駆使して髪を固定していく。
髪紐も便利ではあるけれど、やはり現代っ子の私は髪ゴムでないとアレンジは出来ない。
必死で手を動かしていたら隣でもぞもぞと動く影に気付くのが遅れた。


「何してんの」


鍛錬から戻った善逸さんが、隊服のまま縁側にやってきていた。
集中していて全く気付かなかったので、私は手に取っていた髪を落とすくらいには驚いた。

「おかえり、いのすけ」
「おかえりなさい。善逸さん」
「ただいま。禰豆子ちゃん、俺は“いのすけ”じゃなくて“ぜんいつ”ね」

呆れたように私達の隣に腰を下ろして、刀をその隣へ置く善逸さん。
禰豆子ちゃんと私を交互に見て何となく状況を察したのか、善逸さんは「何でそんな事になってるの?」と尋ねてきた。
私は気を取り直して髪を結っていく。

「禰豆子ちゃんを可愛くしているんです」
「……俺には奇天烈な髪型にしているようにしか見えないんだけど」
「まだ途中経過です!」

失礼だなこの人は!とプンプン怒りながらも、私は手を動かしていく。
確かに、途中を見ればちょっと変かもしれないけど、この後可愛くなるんだから!
ただ私も久しぶりだったから、手間取ってしまって。
最初は黙って見ていた善逸さんも、いつまでたっても禰豆子ちゃんの髪が完成しない事に飽きてしまったのか「ねえ、まだー?」と目を細めてブツブツ文句を言う始末。

「もう少しですから。そんなに退屈なら余所へ行ってはどうですか」
「……それはそれで困るんだけどさ」

そう言って肘をついて、黙って私を見つめる善逸さん。
ちらりと横目に私は最後の仕上げで出来上がったリボン型の髪のバランスを整える。

「ほうら出来た!」

禰豆子ちゃんの後頭部に綺麗に鎮座したリボン。
余った髪はそのまま流してしまったけれど、ハーフアップにリボンがついたような可愛らしい髪型が完成した。
せっせと手鏡を二つ用意して、一つを禰豆子ちゃんに渡し、もう一つは頭の後ろに映して禰豆子ちゃんに見せて上げた。

「か、かわ、い?」
「うん、可愛いね、禰豆子ちゃん」
「ありがと、う」
「いえいえ、どういたしまして」

鏡で自分の髪型を確認した禰豆子ちゃん。
拙い喋り方で必死にお礼を言う姿が可愛らしくて私は自分の頬に手を置いて、うっとり。
そんな私にぎゅうっと禰豆子ちゃんが抱き着いてきたので、私はそれに応えるように背中に手を回した。
一瞬善逸さんがぎょっとした顔を見せた、ような気がする。

「……」
「善逸さん?」

抱き着く私達に、善逸さんは無言で見つめていたけれど、そのまま喋ることなく手を伸ばしてきて、私を後ろから抱き締めるような形で引っ付いてくる。
前からは禰豆子ちゃん、後ろは善逸さんにサンドイッチにされ、私は動けない。

「何してるんです?」
「…何となく」
「ぜん、いつ、あかい」

禰豆子ちゃんが善逸さんの顔を見てぽつりと呟いた。
私はそれを聞いて振り返ろうとしたけれど、がっつり善逸さんに視界を手で塞がれてしまって、見る事は叶わなかった。
あーあ。残念。

禰豆子ちゃんと善逸さんがやっと私の身体を開放してくれた。
善逸さんはどこか不満そうだったけれど、禰豆子ちゃんは次も次も!と私の手を取る。
それに反抗してか私の逆の手を取るのは善逸さんだ。
両手を掴まれて私は息を吐いた。

「禰豆子ちゃん、炭治郎さんにその髪見せて上げたらどうかな」
「…うん!」

ぱあっと明るい顔で頷く禰豆子ちゃん。
私のてをぱっと離して、炭治郎さんの寝ている部屋へ走っていく。
その姿を暫く眺めて、姿が見えなくなった時。
私は口を開いた。


「……これでいいですか?」
「うん」


はあ、とため息と共に零れた言葉に、素直な言葉が返ってきた。
そして私の手をぎゅうっと握る手をもう片方の手で包み込む。

「折角禰豆子ちゃんと遊んでいたんですけれどー?」
「俺だって名前ちゃんと遊びたい」
「いつも一緒にいるじゃないですか」
「今日は全然」
「はいはい」

ふと顔を上げて、隣を見ると唇を見事に尖らせて気まずそうな顔をする善逸さんがそこにいた。
まるで駄々をこねた子供のようだと思った瞬間、善逸さんの眉がぴくりと動いたから私の音を聞いたのかもしれない。
くすりと笑って私は善逸さんの肩に頭を傾けた。

「名前ちゃんの髪、いい匂いがする」
「本当ですか? シャンプーもリンスもしていないんですけどね」
「しゃん? りんす?」
「こっちの話です」

久しぶりに甘えてくる善逸さんに私はどこか嬉しく感じて、善逸さんの手と自分の手を絡める。
それに応えるように善逸さんもまた握ってくれる。
ああ、なんだか。


「恋人みたい」


ぽつりと呟いた言葉。
それを聞いて善逸さんが不機嫌そうに漏らした。


「恋人ですけど?」

「そうですね」


あまりに幸せすぎて、現実なのか分からなくなるくらい。
ふふ、と笑みを零す私を見て、どこか腑に落ちない顔をした善逸さん。
そして、私の唇にちゅ、と軽いキスを残していく。


「恋人らしいこと、しませんか」

「…そう、ですね」


言われた意味を理解すると同時に、私まで顔が赤くなってしまった。
あーもう、本当にこの人は。



私を弄ぶのが上手なんだから。




貴方で気持ちが振り回される。
責任とってくれます、よね?








あとがき
桜餅さま、リクエストありがとうございましたー!
禰豆子ちゃんと善逸で取り合いするお話でしたが、いかがだったでしょうか。
禰豆子パートが楽しすぎて、思わず書きすぎてしまった…
そして肝心の取り合い部分が一瞬で終わりを告げました、すみません。
最後のイチャイチャだけを書きたかったんです、ごめんなさい。
こんなものでよければお納めくださいませ〜えへ。

この度はありがとうございました!


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色いろ