やっぱり、少し勇気が足りない

「ばーか、あーほ」
「あぁ? 何だと!?」
「うっさい影山」
「喧嘩売ってきたのお前だろうが!」

ソフトクリームをペロペロとしている間に、隣の脳筋バカはどうやら私の一言で頭にきたようで、青筋を沢山作りながら私に向かって唾を飛ばしてくる。
汚い。とはいえ、ケンカを売ったのは確かに私であるので、ここは我慢して影山を睨むだけに留めておいた。

今日は体育館のメンテナンス日らしい。
だから、私が帰ろうとしている隣をずっと陣取ってブツブツと文句を言っているんだけれど。
そもそも私が何故影山に喧嘩を売ったのか、と言われればそれはやっぱり影山の所為なんだよね。
うっざいわー、本当に。

「この前の試合見てたよ」
「あ? だから何だよ」
「女の子たちがキャーキャー言ってましたねぇ、影山くん」
「はぁ?」

アイスクリームで口元を隠しながら、ジロリとその鋭い目を負けじと鋭くして睨んだ。
影山は意味が分からない、といった顔でぽかんとしていたけれど、何故それが分からないんだこの馬鹿と罵りたい気持ちである。
先日、勇気を出して、影山の試合を見に行った。
日向と一緒に活躍すると聞いていたから、きっとさぞ凄い見せ場があるんだろうと楽しみで。
影山がバレーをしている時って何気に一般生徒からすれば簡単に見れるものでもないし。
なのに、会場に一歩足を踏み入れれば、影山を見て黄色い声を上げる女子たちがたっくさん。
最初はまあ、よく見れば顔もいいし? バレーしている姿はかっこいいかもしれないし?と何食わぬ顔で座って観戦をしていた私だったが、しばらく経っても止まない声、むしろ増えていく悲鳴。
段々その様子にイライラしてしまった私は、影山が最後のポイントを決めた後すぐに会場を後にした。

いや、よく考えたら影山は悪くないのかもしれないけど、女の子に好かれる男に罪がないとは言わせない。
こいつの良い所を知っているのは私だけでいいと胸の中で思っているけれど、それを口に出す勇気は残念なことにない。
だからこそ、こうしてやり場のない思いを影山本人にぶつけているのだ。

「別に興味ねえよ」
「えっ、影山くん、女の子に興味がないと?」
「誰がそんなこと言ったんだ!」
「あんただよ」

そっぽを向いてクールにそう言うけれど、それを茶化すのが私の仕事。
でも、口に含んだアイスクリームの味も正直分からない。
何故かと言うと、影山が隣にいるだけで私の心臓はばっくばくと音を立ててあり得ない鼓動をしているから。

「ほんと…良くモテるよねぇ」
「……」

嫌味ったらしく言うととうとう影山は黙ってしまった。
何か口にすれば途端に私に何倍にもなって返ってくるのをやっと理解したのだろう。
でも、わざわざ興味がないと口にしてくれただけで、喜んでいる私がいる。

「あー…私も彼氏ほしー」

他意はない。
ただ、言ってみただけ。
きっと影山は今、興味が無くてもその内可愛らしい彼女が出来るだろうし、そうなれば私だって寂しいもの。
影山以外の相手を見つけるのはすぐには無理だと思うけれど、覚悟する必要はあるだろうし。
だって、私たちはお互い仲の悪い知人だと思っているんだから。

「お前、男欲しいのか?」
「その言い方やめろ。私だって年頃の美少女ですよ、そりゃ彼氏の四人や五人」
「多すぎだろボケが。あとしれっと自分を美少女って言うのやめろ」

影山の呆れた声を聞きながら、ぺろりと一舐め。
こうしてバカな話をすることも無くなる。
そう考えると、今こうしている時間はとても貴重だとは思うけど。

考えれば考えるほど気持ちも落ち込んでくる。
バカを相手にしているのに気分が沈むとは、私としたことが。
本音は、ほんの少しでも私の事を意識してほしいと思うけれど、もうそんなのは手遅れで。
こんな会話をする相手の事をどうやって女の子として意識してくれるというのだろうか。

……遅すぎたんだよね。

はぁ、アイスクリームから口を離し、小さく息を吐いた。
影山はじっと私の方を見てさらに鋭く視線を飛ばしてくる。

「何、その顔」
「お前、男欲しいんだよな」
「だからやめろってその言い方」
「……相手は誰でもいいのかよ」
「まあ、イケメンなら良し」
「そう、か」

少し考え込むように顔を俯かせる影山。
いや、あんたの考えてること、手に取るようにわかるよ。
どうせ悪い頭でバレー部の適当な男を見繕うとしてるんでしょ。
そんなものはご免だ。

「言っとくけど、私」
「だったら、俺しかいねえだろ」
「……は?」

今こいつ、なんて言った?

さっきまで考え込むような顔をしていたというのに、なんでそんな「良い事思いついた!」みたいな顔してるの?
意味わかんないし、気味が悪い。
私はぴくりと痙攣する頬を押さえて、問うた。

「なんだって?」
「だから、俺が適任じゃねーか」
「何に」
「お前の彼氏に」
「何で」
「イケメンの彼氏が欲しいっつってただろ」
「…えと?」

何こいつ、宇宙人か何かなの?
さっきから会話が全く意味わからん。
頭をフル回転させて、やっと導き出した答えは、女の子にモテる俺様が彼氏に相応しいだろう、という信じられない王様思考だった。

「…え?」

つーっと私の手に溶けたアイスが垂れた。
あまりの事に呆然としたからアイスが溶けてしまった。
影山は平然と「良い考えだろう」と言ってのける。
いや、意味不明。

「何でそう思うの」
「俺がお前の事好きだから、丁度いいと思ったんだよ」
「いくら私の事好きだからってそんな突然…は?」

さらに今こいつ、なんて言った?

もう手のアイスは溶けてべちゃべちゃになっている。
何時まで経ってもポカン顔の私にしびれを切らした影山は、チッと舌打ちをすると、そのまま顔を近づけて私の手についたクリームをペロリと舐めた。

「ひぇっ」

一舐めして影山の顔はすぐに離れたけれど、私の手には舐められた手の感触が残っている。
え、えええ?
混乱する頭で理解が追い付かない。
なんで? さっきまでこんな甘い空気全然なかったよね?
遅れて頬に熱が集まってくる。口もぱくぱくとまるで金魚のように閉じたり開いたり。
潤んだ私の瞳を見た影山がにんまりと満足そうに笑う。

「甘ぇ」

いや、甘いのはお前の顔だし。

ボンと頭から湯気の立つ音を聞いた私は、肝心なことを口にすることが出来ず、ただただ影山の整った顔を見ていた。


やっぱり、少し勇気が足りない


口にするのは、もう少し後で。