俺の一番を見て欲しい


中学で初めて出た公式の試合。
たった一回の試合で負けてしまった悔しさをバネに、高校に入ったら沢山の試合に出てやると意気込んで入った烏野高校。
頭の中にはバレーの事しかなかった、はずだった。

「よろしく、えーっと…日向くん」

まだ人の名前が憶えられていないの、と笑う隣の席の女の子。
肩までかかる髪の毛が窓から入る風で揺れた。女の子と接点を持つなんて、中学の頃も多かったわけではなかったけれど、高校の友達一号として仲良くしてほしいと思っていた。
ふわりと笑うその顔に思わず見とれてしまったのは、周りにいた女子とは違う反応だったから。
俺だけに笑う表情に胸を撃ち抜かれたと気づいたのは、相当後になってからだったけれど。

彼女、苗字さんは新聞部に入るって言っていた。
苗字さんの書く記事を読んでみたいと言うと、またいつものようにお日様のような笑顔で「ありがとう」と答えてくれる。
その度に俺の心がドクンドクンと鼓動していく。
なんだろう、この気持ちは。
苗字さんを見ていたら、胸がきゅうって苦しくなって、俺と苗字さんの声しか聞こえなくなる。
それがたまらなく、嬉しい。



ある日、部活の途中で教室に忘れ物したことに気づいた俺は、ジャージ姿のまま廊下を歩いていた。
自分の教室の前にやってくると中から聞こえる話し声に、思わず足を止めた。

「…クラス離れたねー」
「ほんと、寂しいよ〜」

苗字さんの声だ。
もう一つ聞こえるのはクラスの女子の声とは違う。
もしかしたら、別のクラスの女子かもしれない。
苗字さんと慣れ親しんだように話す感じからすると、中学からの友達なんだろうなと察する。
俺はそのまま教室に入ればいいのに、足を止めたまま彼女たちの話を聞くことになる。

「あ、でもね。お友達出来たんだよ」

ドクン、と心臓が鳴る。
俺の事だ。きっと。
確信があるわけでもないのに、何故かそう思った。
自分の話題が苗字さんの口から出るのが嬉しくてうれしくて、教室と廊下の壁に背中をつけてしゃがみ込んだ。
口元に手を持っていくと、自分の口が僅かに笑っていることにも気づいた。
ああ、俺は嬉しいんだ。
頬に籠る熱がとても心地よくて、俺はそのまま彼女たちの会話を聞き入りながら廊下の床を見る。

「良かった良かった、心配してたんだぁ。名前みたいな人見知りが、ちゃあーんと高校生活を送れるのかね」
「人見知りなのは否定しないけど、私も友達くらい出来るよ! バレー部の男の子なの」
「……男?」
「うん」

隣の席の日向くん。
自分の名前が出たときは、思わず口から「…ぁ」と声が出た。
慌てて自分の口に手を当てて、気づかれないように深呼吸をする。
そんな俺に気づかないで、彼女たちはそのまま会話を続ける。

「ふうん。お友達なんだぁ?」
「何…?」
「彼氏候補とかじゃなくて?」
「そ、そんなんじゃないってば!」

苗字さんのお友達が茶化すように笑う。
それを苗字さんが怒ったように語尾を強くしたのが分かった。
さっきまで嬉しさで踊りだしそうだった心臓が少しだけ冷えた。
……あ、そんな風には見てもらえてないんだ。
分かりやすくショックを受けている自分に戸惑いながらも、俺はそのまま聞き耳を立てる。

「高校では彼氏作っておかないとー…寂しいよ?」
「別に気になる人もいないから、いいよ」
「じゃあ、名前はどういう人がいいの?」
「……うーん、そうだなぁ」

苗字さんの紡ぐ言葉一つ逃すものかと、真剣に聞き耳を立てた。
何故か、そうしなければならないと思ったからだ。
息を飲み、苗字さんの言葉を待つ。


「何かに真剣に取り組む人って、格好いいよね。男の人の格好いい姿見るの、好きかも」


穏やかな言葉で紡ぎだされたそれは、俺の想像以上に胸に響いた。
顔が芸能人に似ている人、とか。頭がいい人、とか。
そういうのじゃなくて、俺でも苗字さんの瞳に映ることが出来ると、確信したからだ。

ぱあっと視界が開けたような気さえした。
その後の彼女たちの会話はあまり耳に入らなくて。ただただ俺は自分のアピールできるものは何か、ずっと考えた。
答えは俺にはバレーしかない、って事だったけれど。

いつか、苗字さんに俺のバレーを見てもらいたい。
漠然とした目標が俺の中でできた。
俺のバレーを見て、苗字さんに格好いいって思ってもらう。それから、それから…


それから、苗字さんに好きって伝える。


辿り着いた思考に思わずはっとした。

「す、き…?」

誰にも聞こえないように呟いた言葉。口にしてしまったら、もう留まることは知らない。
溢れ出るこの思いを、どうか苗字さんに知ってもらいたい。
俺は、苗字さんが好きなんだ。
初めての感情に心臓がついていけない。頭から湯が沸きそうだ。
きっと今、俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。
廊下の窓から差し込む、茜色の夕日がちょうどいいなんて、思いながら俺は自分の頬を抓った。


俺の一番を見て欲しい。


彼女がそれで俺を意識してくれるなら、何でもやる。
苗字さんの声を聞きながら、俺は新たな目標に胸が高鳴った。