13


杏寿郎がデートに誘ってくれた。
昔も何度かそういう事はあったから、特段不思議ではない。
ただ昔はデートを楽しむという雰囲気はあまりなかったけれど。
それも仕方ないと思う。あの時代は、ただ生きているだけで良かった。
今は、もう遥か昔の事だ。

「聞いているのか?」

昔に思いを馳せていると、入場券を買いに行っていた杏寿郎が戻ってきて、私の顔を覗き込む。
いつの間に戻ってきていたのだろうか。
目の前にこんな派手な頭をした男がいたというのに、意識を飛ばしていたなんて。
平和ボケもいいところである。

「考え事よ。チケット、ありがとう」

杏寿郎から渡されたチケットを受け取り、私達はそのまま入場ゲートへ。
私の顔を見て不安げな顔をしていた杏寿郎だったけれど、すぐにいつもの何を考えているのか分からない顔へと戻り、私に「何から見て回ろうか」と優しく尋ねる。
私はチケットと一緒に渡されたパンフレットに視線を向ける。

「小動物のコーナーが見たいわ」
「いかにも女子らしいな。好きなのか?」
「悪い?」
「…いや、可愛いと思う」

恥ずかしさも見せずに平気で可愛いなどと言ってくる男を直視することはできない。
私はその辺の看板を見ながら「バカ」と口に出した。
杏寿郎が連れてきてくれたのは動物園だ。
如何にもデートらしいと言えばデートらしいが、確かに杏寿郎とは行ったことない場所ではある。
そういう意味では新鮮な気持ちで楽しんでいる。

「誰にでも可愛いって言うの?」
「何を。君だけだ」
「それ、あんまり人前で言わないで」
「何故だ!」
「私が人並に恥ずかしいからよ」

溜息とともにそう言ってみるけれど、この男は本当に理解しているのか分かったものではない。
ニカっと太陽のような笑みを浮かべ「そうか」と言うところなんて、今も昔も変わらない。
お陰でどれだけ私の心臓が悲鳴を上げてると思っているんだ。
杏寿郎はさっき私に手を出してきて拒否されているというのに、また私に向かって手を出してきた。
それを黙って見つめていると

「君に触れて欲しいんだ」

と言って、無理やり私の手を掴んだ。

……本当に厄介だわ。

本気で拒否しないと分かっていて、杏寿郎は強引にこういう手段に出る。
そういうの、本当にずるいのよ。
せめてものの抵抗で私から握ることはせず、ただ黙って杏寿郎の隣を歩いた。

これじゃまるで、恋する乙女ね。

間違ってはいないんだけれども。


◇◇◇


それから杏寿郎は私を小動物コーナーに連れて行くと、散々可愛らしいウサギとモルモットを見せつけて。
いつの間に購入したのか、ウサギの餌を私に渡してくる。
最初は首を振っていた私だけれど、くすっと笑う杏寿郎に根負けしてキャベツを一枚手に取った。

「……」
「君は、感情がいっぱいいっぱいになると言葉を失うんだな」
「何それ」
「今まで見た事がないくらい、笑顔だ」
「……嘘」

杏寿郎にそんなことを言われて私は、慌てて化粧ポーチの鏡を出そうとすると、ものすごく楽しそうに杏寿郎が笑い声をあげる。
ああもう、今日はずっと杏寿郎のペースに巻き込まれている。
このままではいけないと分かっているのに、この空気がとんでもなく居心地がいい。

とても、懐かしくて。


その時脳裏に浮かんだ、炎の中で刀を振るう杏寿郎の姿。
隣に並んで一緒に現場を走った、あの夜。
もう、戻ることのない、あの時。

「名前」

杏寿郎が私の名を呼んで、軽く肩を揺らした。
どうやら私はまた意識を飛ばしていたらしい。
あれだけ呼ぶなと言っていた私の名を呼ばれるまで、気づかなかったとは。
最後のキャベツをウサギに与えて、私はしゃがんでいたお尻を軽く払った。

「…やっぱりだめね」

いくら杏寿郎から離れたくないと言っても、私の頭の中には昔の杏寿郎ばかり頭に浮かぶ。
今世の杏寿郎は昔と違う、私の事を愛してくれた杏寿郎とは。

「…ごめんなさい、出ましょうか」
「どうしたんだ?」
「ちょっと気分が悪くて」

そう言えば、杏寿郎は深く追求することなく、小動物コーナーから出て入り口近くのベンチまで連れて行ってくれた。
来る途中で買った自販機の水を私に飲むように言い、私の隣へ腰を下ろす杏寿郎。
心配だけじゃない色が表情から読み取れた。

「ねえ」

貰ったペットボトルを一口飲んで、私は口を開いた。
それを杏寿郎は黙って待っててくれる。
その姿を見るだけで、今にも抱き着いてしまいそうになるのよ。

ごめんなさい。

「こんな事を言うの、申し訳ないのだけれど」

そう切り出せば、何を話そうとしているのか察した杏寿郎が顔色を変える。
無視して続けようとすると、ペットボトルの手の上から杏寿郎の手が重ねられた。

「やめろ」

その瞳は、赤く燃えていた。

戻る
トップページへ