番外編

「私に隠し事をしようなんて、100年早いわ」

私の前に何故か気まずそうに顔を逸らした男が一人。
男は時たま、はあとわざとらしい溜息を吐くだけではなくて、視線を横にやって、私の隣にいる男に意味ありげな視線を送る。
熱視線を送られている男は全く気づいていないのか、はたまた気づいていてわざと知らん顔をしているのか。
どちらにせよ、ぎょろっと大きな目で男を見て「白状するんだな!」とまるで悪役さながらのセリフ。
それが絶妙に似合っていなくて、思わず私も「ぶふ、」と堪えきれずに噴出してしまう。
やっぱりこの男に悪役は無理だ。

「もう、杏寿郎の所為で雰囲気台無しだわ」
「それはすまない。緊張して上手く役になりきることができなかった」
「……なんだ、この茶番は」

やっと絞り出すように目の前の男、冨岡が呆れた口調で言う。
茶番と言われればその通りなのだけれど、私からすれば茶番どころか、尋問する気満々でこの場にいるのだ。
だからあながち間違ってはいない。
私は台所に隠していたお酒とつまみをお盆の上に載せて二人の前に出した。
それを見て杏寿郎は嬉しそうに「祝い酒だな」と言って、冨岡に一つコップを手渡す。
冨岡と言うと未だによくわかっていないらしく、とりあえず杏寿郎から渡されたコップを手に持ち、私から注がれるビールを不思議そうに眺めていた。

「今日はね、冨岡のためにお祝いの場を作ってあげたのよ」

そこまで言えば分かるだろうと、ニヤニヤしてみたけれど、冨岡の表情に変化はない。
本当につまらない男だ。
少しはこっちのテンションに乗ってくれてもいいだろうに。
見てみなさいよ。隣の杏寿郎なんて、ずっと楽しみにしていたから、冨岡に聞くために質問リスト作ってきているのよ。

ちらっと杏寿郎のズボンのポケットに見えた白い紙を見ながら、私はくすりと笑みを浮かべる。

「さて、知らん顔をしている冨岡くん。アンタ、私達に黙っていること、あるわよね?」

取り合えず、カンパーイと三人のコップを小さくカチンと合わせ、冨岡が一つつまみを口に入れた時、冨岡の顔から視線を逸らしてなるものか、とじっと見つめて言うと、冨岡は「ああ」とあっさり答えた。
違うのよ、そういうんじゃないのよ。私達は冨岡の口から聞きたいのは勿論なんだけど、そういう反応を期待しているんじゃないの。
少し空気の読めない冨岡を相手にしていたら、何だか疲れてきた。
……幼馴染である私でさえ、相手にするのが大変なのに、こんな男を選んでくれた彼女には感謝ね。

「素敵な彼女が出来たんですって…?」
「……誰から聞いたんだ」
「宇髄と我妻少年が廊下で大きな声で噂話しているのを聞いた!」
「あらー。貴方達の学校って教師のプライバシー漏れまくりなのね」

大きな声、と言えば杏寿郎も負けてはいけないけれど。
そう思ったが口には出さなかった。
今はそんな事どうでもいいし。
私達の話に否定しない男が迷惑そうに顔を歪めている姿が見れただけで、本当に、本当に嬉しいの。

「いい子なんでしょう?」

お酒のコップを頬に付けながら問えば、自信満々の「ああ」という返事。
何となく。
何となく、冨岡が私と杏寿郎が付き合った時の気持ちが分かった気がした。
隣の杏寿郎もこくこくと大きく頷いている。
きっと私と同じ気持ちだという事が手に取るようにわかる。
似たもの同士ねぇ、私達。

「今日は惚気全部聞いてやるんだからね」
「…覚悟しておこう」
「冨岡! 次は俺の番だ」
「……杏寿郎は黙って」

杏寿郎までも口を開こうとしたので、慌ててその口にありったけのつまみを口に押し込んでやった。
何を言うつもりか分からないけれど、それを私の前で言うのだけはやめて欲しい。
もう、と呟きながら唇を尖らせて、私は二人を見て笑った。
きっと近い未来に、冨岡の隣に一人の女性が座ることになると、想像して。


◇◇◇


「……今、何時?」
「二時過ぎだな」

固い床の感触と鈍い腰の痛み。
それに気が付いて、ゆっくり上半身を起こし先程までそこにいたはずの男をきょろきょろと探す。
いつの間にか私は眠っていたらしい。
杏寿郎は寝ずに元の場所で、またちびりちびりと酒を飲んでいた。
まだ働かない頭でぼーっとそれを眺めていたら、杏寿郎が「冨岡は帰ったぞ」とこちらを見て言う。

「帰ったの、あの男」
「何でも、明日彼女が遊びに来るそうだ」
「んま。冨岡の家で集まればよかったわ。私も会いたかったのに」
「……邪魔してやるな。自分がされたら、君は怒るだろう?」
「そうね」

私のお腹にかかっていたタオルケットを手に持ったまま、ずりずりと杏寿郎の隣に近寄った。
杏寿郎は特に反応はしなかった。
拒否もされなかったので、私はこれ幸いとばかりに杏寿郎の大きな肩に自分の頭を預ける。
あ、でもこの肩、微妙に固くて寝づらいわ。

新たな発見に気づいていると、杏寿郎が愛おしそうに私の頭を撫でる。
少しこそばゆくて、思わず顔をよじってしまった。
でも嫌いじゃない。

「やっと幸せになってくれたのね」
「そうだな」

ぽつりと零した言葉に杏寿郎が頷く。
私達の大切な友人が、これから幸せになる。
その事実は自分でも思っていた以上に、心にくるものがあって。
だからなのかもしれない。いつもは恥ずかしくてあまり自分から杏寿郎に近づいたりしないのに、今日はずっとくっついていたい。
それが私の幸せだから。

「冨岡ったら、あの様子だと結婚まで早い気がするわ。式には呼んでくれるかしら」
「今から何の心配をしているんだ、君は」
「早計だったわね。冨岡に先を越されるなんて、思ってもみなかった」
「…先を越されるなんて、まだ分からないだろう?」

タオルケットの中にあった私の手を杏寿郎がごそごそと探し出す。
まだ頭が覚醒していないのか、ぼんやりしていたらふと杏寿郎の指が私の手を撫でるような仕草をしたので、慌ててタオルケットから自分の顔の前に手を出した。

「なに、これ」

自分の左手、薬指。
そこにあった見慣れない、銀色の指輪。
細身のシンプルなそれは、まるで計ったように私の指に綺麗に収まっていた。
キラキラと蛍光灯に反射して、思わず目を奪われる。


「これで冨岡に先を越される心配は無くなったな」


杏寿郎がそっと指輪に触れながら、耳元で囁く。
パチパチと数回瞬きをしてみても、目の前の薬指から指輪が消える事は無くて。
ちらりと視界の端に映る、優しい笑みをした杏寿郎が凄く愛おしく思える。
……何故この男は昔から、断られることを加味せず行動するのだろうか。

「また冨岡と祝い酒しなきゃいけないじゃない」
「きっと喜んで飲むさ」
「そう、お互い様だもの」

いつもの大声はどこへ。
こういう時にこの男は成人した男性らしい声色で、私の事を落としてしまうのだ。

拒否するつもりは毛頭ありはしない。
むしろ、ずっとずっと、100年以上昔から、こうなることを望んでいた。
大切な杏寿郎と家族になることを。

「杏寿郎の妻って、何をすればいいのかしら」

意地悪くそう尋ねてみた。
杏寿郎はどう言ってくれるのか、期待もした。
まあ、先程の悪役になりきれなかった杏寿郎ならば、気の利いたことなんて言えるわけがないんだけれど。

杏寿郎が少し驚いたように口を開けて、それからニイっと口角が上がる。
私の左手を大事そうに両手で包み込んだと思えば、今までで一番優しい声で呟いた。


「名前は、いつまでもずっと俺の事を忘れないでいてくれさえすればいい」


そうすれば、俺が来世も一緒にいると約束できる。

今度は私が驚く番だった。
今世だけでなく、来世まで私の隣は先約済みだというのか。
それが現実であり得るのかどうかはさておき、杏寿郎ならば、きっと実現するんだろうと思ってしまう私は、実はそれを期待している。

「杏寿郎はもう、私から離れられないのね」
「ああ。名前も俺から離れるつもりはないだろう?」

最後まで自信ありげなその姿が、少しだけ憎らしい。
だから、私はやっぱり意地悪をしてみたくて。

「逃げても追いかけてくるくせに」

と、可愛くない返事をしたのだった。

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