へらへらと笑う彼女が苦手だった。
同期である彼女は任務でどれだけ酷い目にあっても、その表情を崩すことなく無邪気に笑っていた。
「へへ、失敗しちゃった」そう言って包帯の巻かれた腕を見せながら、苦笑いを見せる。
怪我をして笑っていられるなんて、本当にバカじゃないだろうかと学生の頃からずっと思っていたけれどやっぱりバカらしい。
こちらが平然としているのを見て何故か「心配かけてごめんね」と言われ、「心配なんてしていません」と冷たく答える。
そしてまた、彼女はへへ、と笑うのだ。
「ねえ、七海くん」
「何ですか」
「聞きたいことがあるんだけれど」
「はぁ」
任務が出るまで暫く待機、という事で伊地知君の車を待つ間。
適当なカフェに足を運べば、数分経って見慣れた彼女が入ってきた。
どうやら私の姿を見て追いかけてきたらしい。
彼女らしいと言えば彼女らしいが、普段から顔を合わせている間柄なのにも拘らずこうして一つのテーブルでお茶を共にするのは初めてだった。
私は持参していた文庫本を開いてペラペラと読み進めていたが、それを遮って彼女が話しかけてきた。
いつも彼女は一緒に過ごしている時に、突拍子もない質問をしてくることが多い。
今日もそのパターンだろうかと、文字にあった目をちらりと彼女へ向ける。
彼女、苗字名前はいつものへらへらとした笑みのまま「えっとね」と前置き。
そして、
「七海くんって、彼女いるの?」
と、尋ねた。
「は?」
思わず出てしまった声に、彼女は酷く驚いた顔をしていた。
いや、驚いたのはこちらの方だ。突拍子もないとは、まさにこのこと。
いくらなんでもこればかりは想定外である。
「…七海くんって彼女居そうだし…どうなのかなーと思って」
「くだらない」
「くだらない事なんてないよ! 五条さんに聞いたら、本人に聞くのがいいんじゃない?って言われちゃったし」
「……ところで、どうして君は私に彼女がいるのかどうか気になるのですか?」
どうせあの人の入れ知恵だろう。
呆れて溜息と共に零れた言葉に、またいつものように困った笑いが返ってくると思っていた。
だけども、一向に気配がない。
ふと逸らしていた視線をもう一度彼女に向けると、そこいいた彼女は今までで見た事のない表情をしていた。
「だ、だ…だって、」
水の入ったコップを持つ手は震えているし、露出した顔面の色がまるで茶を沸かしたヤカンのように赤く染まる。
思わずぴくりと眉が上がった。
そんな顔、出来るのか。
じっと眺めていたら、視線に気づいた彼女がはっとして顔を両手で隠す。
まるで少女のような反応に呆れもするが、愛らしいと思う気持ちもある。
……ああ、そういうことか。
「私に彼女がいるかどうか気になるなら、」
「へ?」
指の隙間から見えるまだ赤い顔。
間抜けとしか言いようのないその頬に手を伸ばし、くすりと普段はしない笑みを見せてみた。
「君に相手がいるのかどうか、それを聞かねば答えるつもりはありません」
そう言えば、君はこれ以上にないくらい顔を赤らめて「い、いません!」と大声で叫んだ。
まるで震える小鹿のような彼女を愛おしげに見つめながら、コーヒーに口をつけた。
人を揶揄うなんて事、まるで五条さんみたいだと頭を過ったけれど、不思議と不快感は無かった。
「私も相手は居ませんが、君の返事次第でどうとでもなりますが、どうしますか?」
さて、彼女が意味を理解するまでに、私はいくつ彼女の知らない表情を見る事ができるだろうか。