01
最初に顔を見たのは、最終選別で血みどろの恰好でぽつんと佇む姿だった。
彼の周りに倒れる鬼たちを見て圧倒されたと同時に、無表情でその場に立つその人に目を奪われた。
他の人達が皆、初めて見る鬼の姿に怯え、震えながら立ち向かう中、その人だけは違った。
鬼が現れると分かれば、ふらふらとそのまま立ち向かう姿を見て、その時から彼は一人だけ別の所に居る事を知った。
彼、伊黒小芭内は、私の同期だった。
最終選別からなんとか生き残り、無事に鬼殺隊となった私だったが、最終選別で生き残れたのは幸運だったらしい。
その後の任務では見事に足手まといの役を全うし、酷いときは「終わるまで出てくるな」と先輩隊士に言われる始末。
確かに最終選別では、伊黒くんが一人鬼をばっさばっさ斬っていたから、生き残れた同期も多かった。
それももう半数死んでしまったが。
まだ私が生きているのが奇跡としか言いようのない。
そろそろくたばるのは私の方だと常々思いながら、役立たずの職務を全うする。
数年も経てば役立たずなりに、生き残る術を身に着けたのか、昔ほど命の危険はなくなった。
同期だった伊黒くんは、遥か高みである柱となっていた。
決して関わりが深かったわけではない。
ただ、一緒になった任務の時にはいつも守ってもらっていた、ただそれだけの情けない私だった。
いつも大して話すことだってしなかった彼を、いつからか目で追うようになり、そして鼓動する心臓に戸惑った。
当たり前だけれど、それを口にはしなかった。
何故なら、私は役立たずだからだ。
こんな同期と言われても記憶に残っていないような女に好かれるのも迷惑だろうし、想いを告げたところであっと言う間に死んでしまうだろう。
誰にもこの想いを告げることなく、きっとこっそり死ぬのだろうとそう思っていたある日。
「私を、ですか?」
ある日。
御館様のお屋敷に呼ばれたと思ったら、御館様直々に私に話があるという。
今度こそクビだと言われるのかと戦々恐々と正座をして、畳の上で待っていると柔らかな表情をした御館様がやってきた。
「気楽にするといい」と優しく声を掛けてくださったので、私は少しだけ緊張が解れた。
私が落ち着くのを待ってから御館様は口を開いた。
名前を娶りたいと言う男がいるんだ。
そう言われてもすぐには理解できなかった。
何かの冗談だろうかと思い首を傾げたが、冗談ではなかったらしい。
御館様の表情はいつものように柔らかくて、私の返事にこくりと頷く。
嘘じゃないにしても、私を娶りたいなどという奇特な男性がこの世に居ること自体信じられない。
私は不安げに御館様を見る。
「大丈夫だよ。名前の良さに気づいた男からの申し出だよ」
「……誰か、人違いでは」
そう言ってみても、御館様はふるふると首を横に振るだけ。
「今すぐに答えを出す必要はないよ。それでも先方はどうしても君を傍に置きたいみたいだね。名前はどうしたい?」
「わ、私は…結婚なんて考えもつきません…死ぬまで御館様の手となり、足となるつもりで…」
「名前」
少し強めに御館様が名を呼んだ。
私はぴたりと口を閉じて俯いた。
その様子を感じ取った御館様がふうと小さく息を吐く。
「名前も大事な私の子だ。子が幸せになるのを望まない親はいないよ」
「ですが…私は鬼殺隊です…刀を振るう女子を好む殿方がいるとは思えません」
「大丈夫。あの子も君の事をよく知っているし、あの子は柱だから…」
「…は、はし、ら?」
思わず俯いていた顔を上げて、御館様を見つめる。
目には見えていないはずなのに、御館様は私の反応を感じ取ったようで「そうだよ」とにこりと笑う。
御館様は、何とおっしゃっただろうか。
相手は、柱…?
「求婚相手は小芭内だよ」
久しぶりに耳にする同期の名を聞いて、私は危うくその場に卒倒するところだった。
◇◇◇
驚きで口を閉じてしまった私の前に、御館様は根気よくこの結婚が望まれたものであるということを話してくださったけれど、どう考えてもそんなことあるわけがない。
それでも柱である方からの求婚を断れるほど、私は図太い神経をしていなかったので、断ることはできなかった。
……ほんの僅かに喜ぶ気持ちだって、その時は存在したのだ。
あの伊黒くんと結婚できる。
それが叶わない夢どころか想像すらしたことなかったことが、現実に。
浮ついた気持ちでいたのも確かだ。
だけど、久しぶりに顔を合わせた伊黒くんを見て、そんな気持ちだってすぐにはじけ飛んだ。
伊黒くんは私の方を一つも見ないで、ただ言われた事全てに「はい」か「ああ」と答えるだけだった。
御館様を間に私たちは向かい合っていた。
結婚の話を進めるためだ。そんな場であるにも関わらず、彼は、私を一回も見る事はなかった。
その数日後に彼が甘露寺さんと一緒に歩いている所を見かけた。
彼は、今までで見たことのないような穏やかな表情で甘露寺さんと目を合わせ、話していた。
馬鹿な私はそこで気づいたのだ。
この結婚は、望まれたものなんかじゃないと。
どんな理由があってのことなのかは分からないけれど、少なくとも伊黒くんの気持ちはそこにはない。
浮ついた気持ちが一瞬のうちに萎んで跡形もなく消え去ってしまった。
危ない危ない。危うく、本当に伊黒くんから求婚されたと勘違いするところだった。
きっと何か意味があるのだろう。今の私には分からないけれど、気持ちに反して好きでもない相手と結婚しなければならないような事情が。
「……なーんだ」
伊黒くんと甘露寺さんの背中を遠くで見つめて、私は喧騒の中一人呟いた。
「私の片思いだったんだね」
一瞬、両思いだと思った自分が恥ずかしい。
今だけだ。
この頬を流れる涙を見せるのも。
明日からは、伊黒くんの前では絶対に見せないと誓うから、今だけ。
私の伊黒くんへの想いが涙となって零れていけばいい、と願うばかり。