04

あれから伊黒くんは私と一緒にご飯を共にしてくれるようになった。
私の前では沢山は食べないけれど、食べない時間も一緒に居てくれるようになったことで、私は本当の夫婦じゃなくてもこうして時を重ねていけば、夫婦らしくなれるのではないかと思うくらい、幸せな時間だった。
だからこそ、勘違いをしていた。
元々、伊黒くんには好きな人がいて、この結婚は望まれたものではなかったということ、忘れていたのかもしれない。

「どうしたの、このお花」

今日も任務から帰ってきた伊黒くんを玄関でお出迎えすると、伊黒くんは背中に隠していた花束をそっと私の前に出して、黙ってそれを私の手に握らせた。
何も言わないからどうしたのかと問うと伊黒くんは顔を逸らして、代わりに鏑丸くんがくるくると伊黒くんの頭の上で回っている。
首を傾げて握らされた花束に目をやる。

色とりどりの花が一つの束になってとても綺麗だった。
ふわりと香る花の匂いに反射的に笑顔になった。
でもどう考えてもこのお花は人様に贈るためのものに違いない。
誰かに贈り物だろうか。

「誰かに贈るの?」
「…違っ…わないが、送る相手は君だ」
「わたし?」

相変わらず顔を逸らしたままの伊黒くんがそういって、靴を脱ぎ捨てた。
それを花を持っていない方の手で綺麗に整え、廊下を歩いていく伊黒くんについていく。
ズンズン歩く背中に「私の為に買ってきてくれたの?」と尋ねた。
伊黒くんはまた答えない。けれど鏑丸くんの頭が上下にこくこくと動く。

伊黒くんが部屋の前で立ち止まり

「着替えてくる」

と言ってそのまま廊下に私を置いて扉を閉めてしまった。
私の為に、買ってくれたという花を見ながら、ぱちぱちと瞬きを数回していたら、部屋の中から伊黒くんの声がする。

「……気に入らなかったか?」

どこか不安そうに声が震えている気がして、私は慌てて否定する。

「ううん、そんなことない。凄く綺麗で、嬉しい…」

本心だ。
まさか伊黒くんからこんな素敵な贈り物を貰えるなんて思っていなかったから、驚いてしまったけれど、それでも嬉しい気持ちが大きい。
心の中がこの花の色に染まっていく。
伊黒くんが、私にくれた、贈り物。

その事実だけで、嬉しすぎて夜眠れるかどうかわからない。
ふふ、と笑っていたら部屋の中の伊黒くんがふうと息を吐いたのが分かった。


「喜んでもらえたようで、良かった。……甘露寺に女子の好きなものを聞いたんだ」


嬉しい気持ちは、一瞬で砕け散ってしまった。


甘露寺さん。
伊黒くんの口から聞こえた女性の名前。
しかも彼女は伊黒くんの想い人だ。

甘露寺さんと一緒に任務に出ていたのだろうか。
いや、それよりも、この贈り物は甘露寺さんが選んだものなのか。

ああ、なんだ。

「……そう、なんだ」

思い違いをしていた。
これで二回目だ。
一回目は求婚された時。
伊黒くんが少しでも私の事を好きだと、好きだから求婚してくれたのだと思っていた。
だけど、それは違った。
伊黒くんには何かしらの理由があって、私に求婚してきただけにすぎない。
本当に想う人は、別にいるという事実を、忘れていた。


「本当に、甘露寺さんは素敵な人だね」


さっきまでの気持ちがどんどん黒いものに変わっていく。
自然と私は部屋の前から立ち去っていた。
お花はそのまま花瓶に活けて、一番目立つお部屋に飾らせてもらった。
だけど、もうまともに直視することは出来なかった。


◇◇◇


苗字に贈り物をしようと思った。
結婚したというのに、まともに贈り物をしていないだけでなく、夫婦として最低限の生活しか共有できていない。
勿論苗字に好きな相手がいる事を承知の上だが、少しでも俺の事を良く思ってくれているのなら、贈り物を嫌がることもないだろうと思った。
少しでも、俺に意識が向いてくれれば、という邪な気持ちが働いたにすぎない。

その話をふと、御館様のお屋敷で一緒になった甘露寺に漏らすと、甘露寺は「いい案だわ!」と喜んでくれた。
残念な事に俺には贈り物を選ぶ力がないから、甘露寺にどんなものが街で流行っているのかと問うと、様々な贈り物を教えてくれた。

「流行りものもいいけれど、やっぱり定番のお花は外れ無しだと思うの。女の子は皆、お花が好きだから」

明るい笑顔で言われて、なんとなく脳裏に苗字の笑った顔が思い浮かぶ。
花を見て喜ぶ顔は、どんなに愛しいだろうか。
想像してやっぱり花を贈ることに決めた。

任務の合間に花屋に駆け込み、適当に見繕ってくれと頼んだ。

「お相手はどのような方ですか?」
「……妻だ」

未だに妻と呼ぶには慣れない。
だけど、すでに戸籍上も彼女は俺の妻だ。
こうして少しずつ距離が短くなっていけばいい、と思った。


帰宅してすぐに苗字に買ってきた花を渡すと、苗字は一瞬ぽかんとしてそれを受け取った。
気恥ずかしくてまともに苗字の顔が見れない。
返事もままならないまま、何とか部屋に入ったがこれではだめだと、扉越しに会話をした。

すると、扉の向こうの苗字の声はとても弾んでいた。

「ううん、そんなことない。凄く綺麗で、嬉しい…」

その言葉をどんな顔で言っているのか、見てみたい。
早々と着替えて扉を開けたが、廊下には既に苗字の姿はなく、その代わりに良く目立つ場所に花は活けられていた。
嬉しくなって、苗字を探した。
…彼女は寝室にいた。

「ちょっと古傷が痛むみたい。少し休ませてもらいます」

寝室の扉の前でそう言われ、俺はそのまま居間へと向かった。
確かに彼女の傷は普通の女子とは比べ物にならないくらい沢山あった。
天気や寒暖差で古傷が痛むことは良くあることなので、ゆっくりしてもらいたい。

ただ、喜んだ顔が見られないのは酷く残念だが。

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