憂鬱だ。

上司の突然の思いつきにより、今日は部内の飲み会である。
飲み会自体は嫌いではないけれど、問題は私の仕事が終わってないことにある。
折角この前、七海さんに手伝ってもらったというのに、また仕事を貯めてしまう性格をどうにかせねばと心から思った。
一応仕事が終わってないので、参加は難しいと直属の上司に掛け合ってみたが「飲みが終わってから、会社に戻ればいいだろ」という恐ろしい一言を言われただけだった。
パワハラ!と声を大にして言いたいが、チキンオブチキンの私では僅かでも口にすることも出来なかった。

という訳で、飲み会当日。
飲み会後の事を考えて血の気が引いている私の前には、何故か七海さんがいて。
そして私を見て一言。

「とてもじゃないですが、今から飲むような顔には見えませんね」

いやまあ、そうなんですけど。
だってこの後仕事が控えているし。
って言うか、七海さんは何故、当然のように店の前に居るんだろうか。
だって七海さんはいつも定時くらいで帰宅し、仕事に直結しない飲み会は基本参加しない人なのに。

「…七海さんは、何故ここに?」

疑問は直接聞くに限る。
前回の一件で少し仲良くなれた気がするので、とりあえず思ったことをそのまま声にした。
七海さんはその高い位置にある頭を若干動かして「何故、とは?」と逆に私に問う。

「私、今日飲みがあって。そのお店に用があるんです」
「知ってますよ。私も参加予定ですから」
「えっ、七海さんが参加するんですか!?」
「参加してはいけませんか。私も同じ部の人間ですが」
「そ、そうですけど」

私が驚き声を上げた事で、七海さんは気を悪くしたらしい。
ほんの少し、いつもの無表情が不機嫌そうにムッとなった。
案外人間らしいところもあるんだな、と大変失礼な事を考えていたら「いつまでそうしているつもりですか」とまた小言のように降ってくる。
仕方ないので、七海さんに促されるまま私は飲み屋の暖簾を潜ったのだ。
私の前には七海さんが先に入って、一番奥の座敷に向かってズンズン進んでいく。
座敷の席が見えた途端、座っていた数人が「七海…!?」と声を上げた。
やはり皆七海さんが居ることに驚いているようだ。

その様子を後ろから眺めていた。
七海さんが脱いだ靴を丁寧に下駄箱へ収納する。
本当にこの人の所作は美しいとこんな日常的な動作でも感じてしまう。
私はというと、七海さんと同じ人間とは思えないくらい不器用に靴を脱ぎ捨て、それを下駄箱へ突っ込んだ。
そして、適当に空いた一番入口に近い席へ腰を下ろした。
若手は動きやすい席に座るのがこの会社の飲み会マナーだ。
だが、座った後でしまった、と思う。
私が座った席は残念な事にアルハラ臭い部長が座っていたのだ。
腰下ろした手前、すぐに立つことは出来ない。
あーあ、と心の中で溜息を吐いた。

ちらりと七海さんが座った場所に目をやる。
一番端でもなく、そこそこ目立たない席にひっそり座っている。
流石だ。

そんな事をしていたら、部長の乾杯の音頭が始まり。
気の進まない飲み会が始まりを告げた。


◇◇◇


「よう、飲んでいるか?」
「は、はい。先程から沢山…」

案の定だ。
部長は周囲の先輩達にどんどんお酒を勧めて、ある程度勧めると今度は私に目をつけた。
周りの先輩も分かっているくせに私と視線を合わさない所をみると、巻き込まれたくはないようだ。
酷い人達だ。
アルコールは嫌いではない。
かといって、好きでもない。
甘いお酒でも辛いお酒でも。
飲んだ後の気味の悪さを考えれば、飲まない方が調子が良いからだ。
飲みの席では一応、少しは口をつけるんだけれども。
先程からこの部長に煽られて、いつも以上に体内に取り込んでいる。
正直これ以上はご勘弁頂きたい上に、この後私は会社に戻るのだ。

でもそんな私の心の声を知らない部長は、先程から全く減らない私のコップになみなみとお酒を注いでいく。
注いだ所で、それ全部飲みませんよ、私。
一応口を付けるけれど、つけるだけ。減りはしない。そうでもしないと、飲みの席でぶっ倒れる事確実である。

「ちょっとお手洗いに」

頃合いかと思い、やっと私はトイレへ逃げる事にした。
それを感じ取った周りの先輩たちが私を睨むが、私だって必死なのだ。
先輩たちの痛い視線を感じ取りながらも、私はカバンを持ってそそくさとトイレへ消えた。

トイレで用を足し、鏡の前で軽く身なりを整える。
やはり、いつも以上に飲んでいるからか、既に私の顔面は高揚していた。
明日に響かなければいいけれど、と適当に前髪を直して私はトイレのドアを開ける。


「必要以上のアルコール摂取は毒ですよ」

「ひぇっ?」


まさかトイレのドアの真向かいの壁に、七海さんが身体を預けて立っているとは思わなんだ。
お陰で気の抜けた返事をしてしまった、これは七海さんの所為だ。
七海さんは私のアフォな返答に反応することなく続ける。

「もっと上手に逃げなさい。あのままではまだ飲まされますよ」
「わ、分かっています」
「だったら、そのカバンを持って表へ出なさい」
「……え?」
「聞こえませんでしたか。早く店の外へ出ろと言ったんです」

七海さんは面倒くさそうに息を吐き、未だに理解できていない私の肩を優しく掴む。
そして座敷から見えないように身体を隠して、そのまま店の通路へ。
トン、と背中を軽く押されたと思ったら、店の外だった。

「へ?」
「そこで待って」

まだ店の中にいる七海さんは、一度奥の座敷まで引っ込んでしまった。
呆然と店の外からそれを見ていたら、七海さんが数分後戻ってくる。
今度は七海さんのカバンを手に持って。

「適当に言い訳をしておきました。苗字さんはこのまま帰りなさい」
「…え、でも」
「何か?」
「……まだお仕事が残っていまして…」

非常に言葉にし辛い。
特に七海さんのようなお仕事の出来る人には考えられない話だ。
飲み会の日まで仕事を抱えたままいるなんて。
七海さんは一瞬ぎょっとした顔をして「はぁ」と溜息を吐いた。
呆れられてしまったらしい。
それはそれで悲しい。チクりと胸が痛んだ。

「君の抱えている仕事なんて、たかが知れています。一日二日放っておいても何ら問題はないでしょう。明日朝一で、君の仕事の半分を私のデスクに置いておいてください」
「……へ?」
「二度も言いません」

ほら、行きますよ。
そう言って七海さんは私の一歩前を歩いていく。
歩いている姿勢もまたとても綺麗だった。

「…何をしているんです」
「あ、はい」

小走りで七海さんの後を追い、七海さんの一歩後ろをキープして、私達は駅の方へ歩いて行く。



今日の飲み会は、いつもより憂鬱な気分にはならなかった。
02


/top