ここ最近の七海さんの気遣いのお陰で、クソだ鼻くそだと思っていたこの会社も悪くないと思い始めていた。
あんなに嫌だった仕事も、あんなにストレスだった飲み会も全ていい方向に好転したような気がする。
ここまで良くして貰っている身としては、何かお礼の一つでもしなければと思うのだけれど、一度それを口にしたとき、七海さんはいつも通り変わらない表情で「そんなものいりませんから、さっさと仕事を終わらせなさい」とぴしゃりと言われてしまった。
もっとも七海さんの言う通りなので、その場では大人しく引き下がったのだが、流石にこのまま、というわけにもいかない。
そこで私は無い頭を存分に振り絞って、考えた。が、全くいい案が思い浮かばない。
七海さんが快く受け取ってくれるような、お礼の一品。
オシャンティな雑貨をプレゼントをしたところで、私がプレゼントするよりももっと良い物を持ってそうだし、お礼に晩御飯でも、と言えば「後輩に奢られる趣味はありません」とそっけなく返される。
じゃあどうすればいいのか、と家でさんざん悩んだ結果、私は一つの妙案にたどり着いた。
日曜のお昼からスーパーへ駆け込み、別の日に買っていた「彼氏に食べてもらいたいお弁当★」と書かれた本を熟読。
自分の晩御飯を後回しにしてまで作ったおかずの数々を、黒い無地のお弁当箱へぶち込む。
余ったおかずは見事、その日の私の晩御飯となったが、自分らしくない良い出来に満足感でいっぱいだった。
本来ならばお弁当を作るのは当日の朝が最適なのだろうけれど、私のようなズボラ女が朝早く起きれる自信もないし、前日の晩に作ろうが朝に作ろうがそんなに大差ないだろうと深く考えずにお弁当を二つ分作成した。
まあ、もしお腹を下した時はまた盛大に謝らせてもらうとして。
というわけで、私はその日、お弁当を二つ持って出勤した。
ちゃんと事前に今日は七海さんが会社にいることは調査済みである。
お昼のチャイムが鳴ると同時に、七海さんはスタスタとオフィスを抜けて出て行ってしまう。
その手には小さなビニール袋が下げてあった。
私はその後ろを気取られないように、お弁当を持ったまま追跡する。
廊下で私の不審な動作を見た同期の女の子が、眉間に皺を寄せて睨んでいたけれど、そんなものに構っている暇はない。
私は今日、大事なミッションをクリアすべく、必死なのだ。
七海さんは廊下を抜けて、エレベーターに乗り込む。
私も同じくエレベーターに乗ると変に思われるので、隣の階段を駆け下りる。
やっと1Fにたどり着いた時には、既にロビーには七海さんの姿は無かった。
しまった、見失った!
大慌てで会社を出て、辺りをキョロキョロと見回した。
あんなに目立つ体格をしているのに、素早い逃げ足である。取り合えず、居そうなところをしらみつぶしに探すしかないか、ととぼとぼ歩く事2分。
まさか、会社の横にあった小さな公園のベンチに座っているなんて、誰が予想しただろう。
公園の入り口で固まる私に気づいた七海さんは、はあ、と分かりやすく溜息を吐き、片手で前髪をかき分けた。
「……何ですか」
「いやぁ、七海サン。奇遇ですねぇ? お昼ですか、私もご一緒してもいいですかー?」
地味に家で練習したセリフは見事に無感情だった。
だけど七海さんはそんな私を拒否することなく「どうぞ」と言って、座っていたベンチを少し空けてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ」
有難く七海さんの隣に腰かけ、膝の上にまずは自分用のお弁当を広げる。
七海さんは持ってきていたビニールから小さなパンを取り出して、包装を開けようとしていた。
「…七海さん?」
「はい」
「まさかと思いますが、それはお昼ご飯ですか?」
「まさかも何も、その通りですが」
「成人男性がそんな小さなドーナツだけで足りるとでも?」
「私は足ります」
まさかのまさか。
七海さんが会社から出て行く時から大事そうに持っていたビニール袋。
その中身がお昼のご飯だと何となくは分かっていたけれど、まさか出てきたのが女性が食べそうな可愛らしいドーナツ一つ。
どう考えても七海さんの体格にあった摂取量ではない。
無理矢理にでもお弁当を作ってきて正解だったかもしれない、と私は七海さんに見えないように自分の横に置いていたもう一つの袋を七海さんに手渡した。
「これ、どうぞ」
「……何ですか、これは」
「偶然にも私、お弁当を二つ用意しておりましたので、もしよかったら七海さんに食べて頂きたく」
「どんな偶然が重なればそんな事になるんですか」
はあ、と本日二度目の溜息を目の前で吐かれて、私は少しだけ戸惑った。
お弁当を作った経緯は勿論、これまでの七海さんのお礼も兼ねているのだけれど、七海さんの気持ちは全く考慮なんてしていない。
他人が作ったお弁当なんて嫌だ、と思われてしまえばそれまで。
まあ、嫌なら嫌で私が二つ食べる気ではあったけれど。
「…いらないなら、いらないと言って下さってもいいんです、よ?」
七海さんの両の手の上にある私の作ったお弁当。
じっとそれを睨みつけるように見る七海さんは、とてもじゃないけど喜んでいるようには見えなかった。
だから、一応拒否されてもいいようにそう助け船を出したつもりだった。
が、七海さんは無言で私のお弁当の巾着をするすると開けていく。
お弁当を取り出し、私と同じように膝の上に載せてパカ、とお弁当を開けた。
私も黙ってその様子を見ていた。
七海さんは中身を見ても何も言わない。
巾着の中に入っていたお箸を持ち、目の前にあったきんぴらごぼうを掴む。
そうして、一口、口に入れると暫く咀嚼をして、一言。
「…意外に美味しいですね」
何を以て意外なのかはさておき、七海さんのお口にはあったようだ。
私は七海さんが私の作ったおかずを食べる様子を見て、昨日よりもさらに満足げだった。
「やっぱり、沢山食べないといけませんよ、七海さん。ただでさえ、血色悪くて、今にも死にそうな顔をしているんですから」
「……貴女だけには言われたくはありません」
「何か言いました?」
「……」
お箸でおかずを突きながら、七海さんが何か呟いたような気がしたけれど、気のせいだったらしい。
こうして、私の七海さんへのお礼作戦は大成功を収めたのだった。
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