思いのほか嬉しそうにお弁当を食べてくれる七海さんの表情が忘れられなくて、私はまた性懲りもなくお弁当を用意していた。
最初の一回は社交辞令とかそういうので食べてくれたのかもしれないのに、どうしてまた私はお弁当を作っているのだろうか。
身体に見合ってないドーナツを食べている様子に胸を痛めたのもそうだけれど、私の作ったものを美味しいと言って食べてくれた、それが心から嬉しかった。
またあの表情が見たいな、なんて思っていたらいつの間にか手が勝手に動いていたのだ。
作ったはいいけど、前回は何だかんだ言って「これまでのお礼」という建前があったからか、わりと積極的に渡すことが出来たけれど、今回は二度目。
そう、二度目なのだ。
つまりはお礼とは別で七海さんのためにお弁当を用意したということ。
七海さんだって気を遣って受け取ってくれないかもしれない。
そんな事を考えたら、少し胸にズキンと痛みが走った。
今日は外回りの人が多いのか、オフィスには人がいつもよりも少なかった。
勿論、七海さんの席を見ると「外回り中」と書かれた札が置かれている。
七海さんも居ないんだったら、お弁当を作った意味無かったな。
こっそりカバンの中に忍ばせていた二つ目のお弁当に目をやりながら、小さく息を吐いた。
お弁当の事を考えるとやっぱり余計な事をしたな、と思っちゃって苦しくなったけれど、午前中のお仕事がそこそこ忙しかったから、途中から考える余裕も無くなった。
気が付けば昼休憩を知らせる放送が鳴って、オフィスにいた人たちがいそいそと部屋を出て行く。
私も自分の用意した二つのお弁当をなんとか消費しようと、カバンの中から取り出した。
男の人が食べるんだから、と自分のお弁当より一回り大きい物を買ったのが仇となるとは。
「まさか、二つも食べるつもりですか」
「…いやまあ、そうですけ…ど」
私の後ろからカバンの中身を覗き込んだ、驚いた声が聞こえた。
仕方ないじゃないか、本当ならこのお弁当は七海さんにあげる予定だったのだが、七海さんがいないから私が食べるしか、と口を開きかけた。
途端、この声は誰の声だったかなと思考を巡らせるまでもなく、私の手の中にあったお弁当が消えた。
「女性には些か多いように思いますが」
「…七海、さん?」
消えたお弁当はいつの間にかそこにいた七海さんの掌の上にあった。
あれ、何でこの人オフィスにいるの? 外回りで直帰のはずじゃないの?
頭の上に疑問符を並べ、ポカンとしたまま七海さんを見ていたら、七海さんはふう、と息を吐いて「一度戻ってきただけで、すぐに出ます」と言った。
「忘れ物ですか?」
「まあ…そうですね」
忘れ物なんて、七海さんにしては珍しい。
だけど七海さんはいつまで経っても私のお弁当を返してくれない。
何ともいえない空気の中、恐る恐る七海さんの手の上のお弁当を掴もうとしたら、私の頭よりはるか高いところへ持ち上げられてしまった。
立ち上がって、手を伸ばしたけれど、さらに高い所へ上げられてしまって、私の恰好はなんとも間抜けだ。
「…七海さん?」
「はい」
「あの、お弁当」
ここまで言っても七海さんはお弁当を返してくれない。
意地になってきた私はその場で飛び跳ねてみるけれど、やっぱり返してくれない。
……なんで?
「これは、苗字さんのお弁当ですか?」
「えっと…いや、はい」
ジーっと逸らさず見つめられて、少し恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
濁した返答に満足しなかったのか、七海さんはそのままするするとお弁当の袋を開けてしまう。
あ、と思った時には七海さんが口元をほんのわずかに緩めて「やっぱり」と呟いていた。
「このお弁当、買い取ります」
「……へ?」
「二つも食べられないでしょう。だったら、私が一つ頂きます。勿論、タダではないですよ」
「そ、それは別にいらないんですが…!」
突然七海さんが「買い取る」などと言ったので、私は目ん玉が飛び出るくらい驚いた。
買い取ってもらうだなんて、そんな事できるはずがない。
だって私は、
「七海さんにただ食べてもらいたかっただけなんで…」
言った後に、しまったと思ったけれど、時すでに遅し。
七海さんはほんの少し目を見開いて私を見ていたけれど、この前みたいな柔らかい表情になって「そうですか」と平坦な声を漏らす。
平坦と感じたのは声色だけで、その表情は嬉しそうだった。
「では有難く頂きましょう」
私の作ったお弁当は、私の手の上に戻ってくる事無く、そのまま七海さんのカバンへとしまわれてしまった。
「これは車の中で食べます」と言っていたので、きっとこの後食べてくれるのだろう。
まさか二度目のお弁当も引き取ってもらえると思っていなかった私は、驚き8割。
でも残りの2割は、胸に広がるぽかぽかするような気持ちでいっぱいだった。
「礼は必ず」
「そんなのいいです。ドーナツじゃなくて、ちゃんとしたご飯を食べてくれるなら」
「……確かに、苗字さんのお弁当は、ドーナツよりも栄養価がありそうですね」
「そうでしょう、愛情が籠っていますもの」
勿論、冗談のつもりだった。
いつもの軽口。
なのに、一瞬身体を硬直させた七海さんを見て、私は自分がとんでもない事を口にしたとその時やっと理解した。
「…あ」
私が顔を赤くしてパニックに陥る前に、七海さんはそのままスタスタとオフィスを出て行ってしまった。
七海さんの頬がほんの少し色づいていたのに、私は気づくことはなかった。
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