七海さんのお弁当を作るのも当たり前となってきたある日の朝。
お弁当を作りながら、朝のニュース番組を見ていたら不穏なニュースばかりを目にする。
惨殺された遺体発見だとか、はたまた行方不明事件だとか。
特にここ最近はこういう関係のニュースが後を絶たない。
ちなみにどの事件も犯人は捕まっていないようだ。
女性ばかり狙われているわけでもないし、夜に襲われているわけでもなさそう。
会社帰りとか気を付けたいけれど、そうなるとどう気を付ければいいのかも分からない。
まあ、でも。
きっと私とは関係のない事なんだろう、と白いご飯をお弁当箱に詰めながら思った。
「最近、怖い事件多いですよね」
今日は七海さんが会社にいるというので、久しぶりに一緒にお弁当を広げた。
二人で一緒に食べるようになった公園では、いつものように私達以外、人気は無い。
黙ってご飯を食べるのもアレなので、朝仕入れた話題をふと口にしてみたけれど、口にしてからご飯時にする話題じゃなかったことに気づいた。
でも七海さんは気にしていない様子で「そうですね」とぽつり呟く。
案外普通に返事をしてくれるので、私はそのまま話題を広げることにした。
「しかも犯人が捕まってないんですもんね。七海さんも一人でいる時は気を付けてください」
「男の私よりも、苗字さんの方が事件にあう確率は高い気がしますが」
「女性だとか男性だとか関係ないみたいですよ、年齢も」
「…そうですか」
そう。
被害者に共通点がない事も、この事件の犯人にたどり着かない原因の一つだった。
無差別と言われればそうなのだけれど、そう何人も人を殺すなんて恐ろしい以外のコメントが出てこない。
酷い時は一日で何人も、なんて時もある。
全く、恐ろしい世の中だ。
「七海さんだって十分狙われる可能性はありますよ。その日本人離れした髪色とか、長身でイケメンなところとか」
「……そんな理由で狙われるとは到底思えませんが」
「そうですかぁ? 現に会社の女の子たちはそんな七海さんを見てきゃーきゃー言ってるじゃないですか。あり得る話ですよ」
「それはまた意味が違います」
話が逸れてしまった。
七海さんはカボチャの煮物を突きながら、目頭を押さえた。
私がバカな事を言っていると呆れているのだろう。
でも別にそれ自体は本当のことなのに。
唇を尖らせてわざと「むー」と小さく呟けば、七海さんと目が合った。
会社内だけじゃなくて、外を歩けばみんな振り返るくらいのイケメンだと自覚がないのだろうか。
会社の女の子たちが私が七海さんとご飯を食べていると知ったら、きっと嫉妬で殺される自信さえあるというのに。
「苗字さんは、」
「はい?」
自分の行く末を想像していたら、七海さんが口を開く。
また呆れて苦言を呈されるのだろうか、と身構えていたら全く違う角度の発言が降ってきた。
「苗字さんは、私にみたいな男性にはきゃーきゃー言わないのですか」
「……へ?」
口に放り込んでいたご飯が一粒ぽろりとお弁当箱へ落ちた。
汚いとか思わないで欲しい。それくらい衝撃ある一言だったのだから。
私は何と言っていいのか分からないけれど、とりあえず会話をしなければと思い、慌てて口を開いた。
「な、七海さんくらいの男性にきゃーきゃー言わない女性はいないと思います」
「貴女も?」
「…何でそんなに突っ込んでくるんですか」
「いえ、特に意味は無いです」
あれか、七海さんとちょっとした冗談を言えるような間柄になったと喜んでいいのだろうか。
七海さんにとって冗談でも、私にとっては冗談に聞こえないのが悲しい。
隣に座ってどれだけ心臓が悲鳴を上げていると思っているんだ。
これ以上私を心肺停止にして楽しいのか、この人は。
「七海さんはどうなんですか」
「は?」
「私の好みを聞いたんですから、ご自分もどうぞ答えてください」
「…私が、ですか」
そんな意地悪な七海さんには質問返しの攻撃をしてやる。
これで戸惑え、と思ったけど、案外七海さんの表情に変化はない。
少し考えるように七海さんが私から視線を逸らす。
考えているのだろうか、結構長い間沈黙が続いてしまった。
まさかそんな真剣に考えてもらえるなんて思ってもみなかったので、焦った私はまた適当なことを口にした。
「あ、そう言えば七海さんは髪の長い女性が好みだったんですよねー。忘れてました」
そう、あれは確か、一人で残業していた夜に七海さんがそんなことを言っていたような気がする。
あれから何か月も経ったので、私もあの当時よりは髪が伸びているけれど、それでもまだまだ短い方。
更に反応を見せなくなった七海さん。
冗談なのだから、せめて何か口にしてほしい。
と、思っていたらやっと七海さんの重い口が開いた。
「長い髪の女性が好み、と言われたらそうかもしれません。でも私は、苗字さんは長い方が似合うと思ったから言ったまでです」
ドクン、ドクンと心臓が一段と高鳴った。
何でそんな風に言うんだろう。
そんな勘違いするような事を言われると、簡単に堕ちてしまう。
さっきから一向に鳴りやまない心臓が痛い。
私は顔を見られたくなくて、大きく顔を逸らして「ああ、そうですか!」と大きく声を上げた。
「そうです。だから、次からは伸ばすことをお勧めします」
「わかりましたから、それ以上言わないでください…!」
「気に障ったのなら謝りますが」
「障ってません! いいから早くお弁当食べてください!」
やっぱりだめだ。
人たらしなのかどうか知らないけど、このまま会話を続けていたら、私の顔はヤカンになってしまう。
ばくばくと煩い心臓を抑えるべく、ばれないようにゆっくり深呼吸をした。
数回繰り返して、ようやく落ち着くのを待つ。
…多分、暫くは髪を切らないんだろうな、なんて考えながら。
06
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