「あれ、七海さん最近顔色悪くないですか」

いつものようにお弁当を七海さんのデスクに置いた時、ふと顔を見ると七海さんの顔色がほんの少し色を失っている事に気づいた。
前みたいな食生活をしていたら健康な人でも不健康になるだろうけれど、最近はお弁当も作っているし、何なら七海さんの為に栄養が偏らない様に考えている。
それなのに、七海さんの顔色が悪いということは、何か別の理由でもあるのだろうか。
首を傾げ尋ねると七海さんは素知らぬ顔で「問題ありません」と答える。
想像していた答えに思わず苦笑いが零れた。

「そんなに顔色悪いなら、今日の飲み会とかやめておいた方が…」
「いえ、問題ありません」
「…本当ですか?」
「はい」

そう、今日は久しぶりの職場の飲み会なのだ。
以前の飲み会から七海さんが参加するようになったので、今回も当然参加と言っていたけれど、その顔色で参加するのはあまりお勧めはしない。
私も七海さんがいるなら、と思って参加と答えたけれど流石に無理っぽい。
でも七海さんは当たり前のように首を横に振った。
本当に大丈夫なのかな。

「倒れても知りませんよ?」
「…私が心配ですか」
「当たり前じゃないですか」

オフィス内の人間がいない事を確認して、私と七海さんが立ちあがる。
そして一緒に会社隣の公園へ向かって歩き始めた。
私より遥かに大きい七海さんと並んでいたら、本当にちんちくりんだな、私。
ロビーのガラスに反射した自分たちの姿を見て、ほんのり悲しくなる。

「それなら、」

ガラスの向こうの七海さんと目が合った。
ドキン、と胸が鳴る。

「今日の飲みの席では、私の隣で」
「……誰がですか?」
「苗字さんが、です」

は、と思わずガラスを見つめたまま固まると、ガラスの向こうの七海さんはそそくさと私の傍から離れていき、会社の外へ出て行ってしまう。
慌ててその背中を追い駆けると、七海さんの足がほんの少し遅くなった。
こうやって微妙な気遣いをしてくれるのが、本当に紳士だ。

「私が七海さんの隣に座るんですか?」
「私の事が心配なんでしょう?」
「そうですけど」
「私も、苗字さんがまた他の連中に飲まされないか心配ですので」
「……あ、」

七海さんにそう言って、私はやっと思い出した。
前回の飲み会の時の惨事を。
あの時は華麗に七海さんが助けてくれて、そのまま逃げしてくれたっけ。
今回もそうならないように助けようとしてくれてるんだろうか。
ドキドキと心臓が先程よりも高鳴る。
……優しい人。

「じゃ、じゃあ…お願いします」

私がそう言うと七海さんは僅かに口元を緩め、こくりと頷いた。


◇◇◇


夕方6時半。
いつもの居酒屋に30分ほど早く来ると、七海さんは既に一番目立たない席を陣取っていた。
30分も前に来ても誰もいないと思っていたら、本当にその通りで、七海さん以外誰もまだ来ていない。
「今日は7時からですので、6時半に店に来て下さい」と言うから、何だと思ったら、スムーズにいい場所を取るためだったとは。
私は申し訳なさそうに七海さんのカバンが置いてある隣の席に腰かけた。

「本当に隣を取ってくれていたんですか?」
「昼にそう言いました」
「…です、けど」

しれっと言う七海さんに私はずっとときめいてばかりだ。
本当に女性の対応に慣れているんだから、と考えて、一瞬で気持ちが沈む。
……それだけ女性とのお付き合いもあったと考えるべきか。
七海さんのような男性ならばそりゃ、女性とお付き合いするのも当然あるだろうし。
元カノが10人以上います、と言われても納得してしまう。
ただ、今は付き合っている人がいない事は何となく分かる。
もしお付き合いしている人がいるなら、私と一緒にお昼には出てくれないだろうから。
七海さんならそういう所はキチンとしていそうだ。

他の人を待っている間も七海さんと私は、たいして喋るわけでもなく、ただただ時計の針を眺めていた。
約束の時間15分前くらいから、やっと人が集まり始め、七海さんの隣に座る私を見て驚き、何も言わずに他の席へ着席する。
七海さんの隣に行きたがる人ってあんまりいないし、七海さんはいつも角の目立たない席にいるもの。
今日は私が一番角の席。七海さんはその隣。それでも目立たない席であることは変わらない。

約束の時間を5分すぎたところで、飲み会はスタートした。
問答無用で運ばれるジョッキをそれぞれが回して、乾杯を始める。
私も同じ席の人達と乾杯をして、

「七海さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」

最後に七海さんのジョッキにカチン、と自分のジョッキを当てた。
私はいつも面倒な席に座らされることが多いから気づかなかったけれど、こうして目立たない席に座る人達は、会社の中でも世渡り上手な人が多い。
七海さんもその一人だが、そんな人達とお話をしていたらいつもの飲み会よりも楽しい気がした。
下品な話題なんて無いし。

そう言う意味では七海さんに本当に感謝だ。

「七海くん、いつも定時上がりだけど、彼女でもいるの?」

ちびりちびりとビールを口に入れていたら、突然、向いに座っていた隣部署の人が七海さんに話題を振った。
私は思わずぶふ、と吹き出しそうになったけれど慌てて何事もなかったかのように、ビールを飲み干す。
私の動揺に気づかないのか七海さんは冷静に「いません」と答える。

その答えにほっとする私。

「でも、気になる方はいます」

次の瞬間には、気持ちがどん底まで落ちてしまったのだけど。
07


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