自意識過剰だと言われてもいい。
最近の私に対する杏寿郎さんの態度が柔らかい気がする。
前から優しい人だったけど、ふとした時に絡みあう視線が温かいきがするし、一緒に歩いていてもさりげなく私の肩を抱いて、すれ違う人から庇ってくれるときもある。
その度に心臓はドキドキと高鳴って、杏寿郎さんのことを直視できなくなるけれど、それと同時にいつか終わりが来ることを自覚してしまいそうで、心臓に針で刺されたような気さえする。
でも、もしかしたら、このまま令和の世で杏寿郎さんと一緒に過ごしていけるのなら。
そうしたら、私達はどんな関係になるんだろうか。
都合の良い事を考えてしまうくらいには、この生活に幸せを感じていた。
もう二人で暮らし始めて何か月も経過していた。
最初はワンルームでこんなガタイの男の人と一緒に暮らすのはとても大変だったけれど、それに慣れてしまうとむしろ居ない方が寂しく感じてしまうかもしれない。
私のベッドの下に布団を敷いて、二人並んで眠る。
目線は合わないけれど、眠るまで喋ることもある。
そういう日常が凄く愛おしい。
そう、ずっと…このまま。
ずっとこの生活が続いてくれればいいのに。
「……それ、どっから出したんです、か」
「これか! てれびの横の棚から落ちていたのを見つけたんだ」
「……」
晩御飯を食べて、片付けも済んだある日。
杏寿郎さんの手には上等そうな表紙のアルバムがあった。
それは高校生の時の卒業アルバム。一人暮らしをする際に友達のいない土地に越してくることになるから、寂しさついでに持ってきたものだった。
独り暮らし最初の時は、毎晩のように友達に電話したり、このアルバムを開いてあの時の思いでに浸っていたりしたけれど、最近はめっきりだった。
それもそのはず、寂しいとは無縁の生活を送っていたのだから。
寝る前のお茶でも、とお盆に二つ分のコップを乗せて戻ってきた私は、複雑そうな顔をしながら杏寿郎さんの隣に腰を掛ける。
パラパラとページを捲る杏寿郎さんの顔は興味深々である。
「名前もどこかにいるのか…?」
「いますけど。でも、教えないです」
誰が好き好んで学生時代の写真を見せるものか。
ふん、と顔をわざと逸らした私に、杏寿郎さんはくすりと笑って視線を落とす。
捲っていた手がある場所で止まり、一つ一つの人物を指でなぞっていく。
「見つけた」
「うそ…?」
「いや、名前だ。わかる」
ぴたりと止まった場所。
文化祭の模擬店の衣装を着た私が立っていた。
二年程度しか経っていないはずなのに、遠い昔のように感じてしまう。
今思えばやっぱり学生だなぁと思うし、子供っぽいとも思う。
それなのに、杏寿郎さんは柔らかく笑ったまま私の写真をじっと見ている。
「なんすか」
何か反応してほしかったのかもしれない。
だから、わざわざ杏寿郎さんの隣に行って、その太い腕をツンツンと指でつついた。
アルバムから視線を私に移した杏寿郎さんが、その指を止めた。
「とても可愛らしいと思う」
「妹みたいに?」
「……いや、その」
「冗談ですって」
以前言われた事を根に持っているのだ。
勿論冗談だけれど「妹のように可愛い」という言葉はもういらない。
下手に期待させるだけ、酷い人だと思う。
「この男は?」
「それは…」
写真の隣に移る男子生徒。
クラスの男の子で、一番仲が良かった子だ。
話を逸らす意図があったのかもしれないが、杏寿郎さんの表情は少し険しい。
よく分からないけど、私は正直に「一緒に勉強をしていた男の子です」とだけ言う。
ただ杏寿郎さんは納得のいってない顔で唇をきゅっと結んでいる。
「なにか?」
「…ただの学友ということか?」
「そうですけど」
「それにしては距離が近いと思はないか」
「…まあ、それなりに仲が良かったですし」
偽りはない。
でも社会人になってからは連絡は取り合っていないし、本当に仲がよかった人。過去形だ。
睨みつける様に写真を見つめる杏寿郎さんに向かって首を傾げていると、少し口調の強い言葉が降ってくる。
「結婚の約束もしていない男女がこれだけ近いのは、どうかと思うぞ」
「……まあ、昔の基準から言えばそうなのかもしれませんけど」
確かに明治時代のそれと比べられると、今はその辺寛容ではあると思う。
でも本当にこの子とは何でもないのだ。
それを誰でもない杏寿郎さんに言われるのは、少しだけ傷つく。
私もちょっとだけ苛立ってしまって、口を尖らせつつ口を開いた。
「だったら、今の私達だって同じ立場じゃないですか?」
一つ屋根の下で暮らして、毎日こんなに近い距離にいて。
勿論二人の間には何もないけれど、それを突きつけられたようでつらい。
自分で言ってて悲しくなるので、私はすぐに杏寿郎さんから離れて座る。
杏寿郎さんは、目を見開いて驚き、口をぽかんと開けていた。
そんなに驚くようなことを言っただろうか。
でも、私は間違ったことは言ってない。
私達は、ただの同居人。それだけの関係だ。
私がどれだけ杏寿郎さんを想おうと、彼には知って欲しくない事実だ。
「…それは、どういう意味だ」
パタンと杏寿郎さんがアルバムを閉じた。
思ったより強めに閉じたので、もしかしたら怒っているのかもしれない。
何で怒っているのかは知らないけど。
力強い視線が私を射抜く。
目が逸らせない。
何でそんな目で見られないといけないの。
だって、嘘は言ってないじゃない。
間違っていないじゃない。
イライラしてきた私は、怒りにまかせて余計な一言を放ってしまう。
「杏寿郎さんは、戻るんでしょ」
しまったと思った時には遅い。
傷ついたような顔をする杏寿郎さんが目に映った。