16

想像以上に早起きをした。
いつも早起きの煉獄さんよりも早く起きてしまって、まるで遠足を楽しみにしている子供のようだと心の中で笑った。
僅かに背中に感じた寝息に、ふと顔が見たくなってごろんと寝返りを打った。
まだ煉獄さんの怪我が癒えていないときから、こうして一緒の布団で寝る様になったけれど、向かい合って寝る事はなかった。
昔の習慣だと言いつつも、煉獄さんは私より早く起きて、身支度を整えている。
だから、実際はこうして横になっているのに気づく事無く、目を覚ます事が多い。

目の前にある端正な顔は、いつもこんなに近くで見る事は無くて。
あの凛々しい眉も、瞳も。
眠っている表情はどこか子供のようだった。
胸がくすぐられたような感覚になって、私は思わず布団で顔を隠す。
だめだ、こんな至近距離で煉獄さんの顔なんて見たら、今日のデートをどう過ごせばいいのか分からなくなる。
そうして布団の中に隠れること、数十秒。
途端、私の背中に大きな腕が回され、ぎゅっと抱きしめられた。

「…っ!」

驚きすぎて声が出そうになった。
けど、寸前でなんとか押しとどまる。がっちりホールドされた身体は言う事を聞かない。
布団だけがはらりと落ちて、私の視界が明るくなった。

さっきよりも近い距離に瞼を閉じた煉獄さんの顔があって、私は今にも叫びだしそうだった。
え、え、ええっ!?

反射的に動こうとしたけど、背中の腕は更に強く抱きしめてくる。
これは、まさか、寝ぼけている…?
何か月か前に、犬と間違えて私が煉獄さんを抱きしめたことがあったけれど、まさにそれの逆。
まさか煉獄さんに抱きしめられるなんて。

ど、どうしよう。
いつまでもこのままではいけない。
そう思うも、やっぱり身体は動く様子が無かった。
部屋の時計をちらっと見て、まだ時間に余裕があることを確認すると、私はそっと自分の顔をその大きな胸板に当てて瞼を閉じた。

今だけ。
こんな事、きっと二度とないだろうから。
いつ帰るか分からないのなら、少しでも近づいていたい。

邪な考えをするような女の子は嫌われてしまうかもしれない。
でも、私はこの状況を喜んでいた。
身体が温かくなって、もう一回眠気がやってきた頃。
耳元に「名前…」と私を呼ぶ、煉獄さんの声が聞こえた気がしたけど、きっと私の空耳だろう。

すうすうと二人分の寝息が部屋に響いてから、2時間後。
煉獄さんの声にならない声で私は目を覚ます事になった。


◇◇◇


「やっぱり、スカートなんてやめとけばよかったかも」
「…どうした?」

朝はとてもバタバタした。
叫ぶ煉獄さんをなんとか落ち着かせ、二人ともやっと着替えて家を出た。
大慌てで用意をしたから、デート服がこれでよかったのかと、街中のショーウィンドウに反射した自分の姿を見て首を傾げる。
めいいっぱい遊ぶのならば、パンツスタイルの方がよかったかも。
でも、Tシャツスウェットorスーツ以外の可愛い服だって煉獄さんには見て欲しかったから、スカートを選んだのだ。
当人にそれが伝わるとは思っていないけど。

私はうーん、と口を尖らせつつ、煉獄さんの顔をちらっと見る。
煉獄さんは歩幅が大きいのに、隣を歩く私に合わせてゆっくり歩いてくれていた。
しかも、時々私を見て安心するように笑っている。
思わず胸がきゅんと跳ねてしまったのは、煉獄さんが悪い。

「この服、動きづらいかなって」
「そうだろうか。着物に比べたら、とても動きやすい服装だと思うぞ」
「…まあ、着物は…そうですけど」

きょとんとした煉獄さんの返しに、納得せざるを得ない。
着物と比較されたらそりゃ、スカートはとっても動きやすいでしょうね。
でもやっぱり可愛いとは思われていないのか、思っていた返答じゃなかっただけに私はどこか不満げ。
それを顔に出さないようにするので精一杯だ。

「それに」
「それに?」
「今日の名前はお嬢さんらしくて、本当に可愛らしい」
「…へ?」

不意に飛んできた「可愛い」という言葉。
今まで何度か煉獄さんから言われた事はあったけど、今日が一番破壊力があった。
思わず足を止めた煉獄さんが、ちょっと困ってしまったけど、すぐに何かいい事に気づいたように、私の手を握ってくる。
…は、マジこの人?

「今日は恋人同士だろう?」

もう何度私の心臓を止めようとするのか。
朝一は子供みたいな無邪気な顔で寝ていたのに、今はどこか大人の余裕が見えるそんな顔で。
結局物言わぬ像になってしまった私を連れて、煉獄さんは遊園地へと導くことになった。


遊園地に着くと、煉獄さんはテレビで見ていたからか、混乱はなかったようだけど、隣で見ている私でも分かるくらい楽しそうだった。
ゲートをくぐった先に、ポップコーンのお店とキャラクターの風船の並ぶお店を見て、キラキラした目をしていた。
そんな様子を見ていたら、私も緊張が解れてきて、煉獄さんを楽しませてあげようという気になってくる。
繋いでいた手をそのまま引いて、早速私は一歩前へ。

「遊園地と言ったら、絶叫系に行かないと始まらないからね!」

ね?と小首を傾げて言うと、煉獄さんは意味が分かっていなかったようだけど「連れて行ってくれ」と笑う。
私も数十分後の煉獄さんの有様を想像して、笑いが止まらなかった。

ジェットコースターに乗る煉獄さんという貴重なシーンを隣で観察して。
降りた後の青い顔の煉獄さんを介抱して。
休憩がてら、二人分のジュースを買って、ベンチに並んで座る。

そうして、数時間が過ぎた。
とても、幸せな時間だった。

でも、その時間がもう残されていない事を、私は知らなかった。

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