「時間、結構経ちましたね。最後一つくらい乗れそうですけど、何がいいですか?」
腕時計を横目にそう言うと、煉獄さんは茜色から段々暗い色に染まりつつある空を見て「そうだな」と息を吐く。
楽しい時間はあっと言う間だった。確かに少し寝坊してしまったけど、それでも満足いくくらい遊び倒した。
閉園まで時間はまだあるけれど、明日は仕事だし煉獄さんが夜ご飯は家で食べたいと言ったので、それならということで、もうそろそろ帰ることにした。
最後に一個くらいアトラクションに乗れると言うと、煉獄さんは少し悩むように周りを見渡す。
乗りたいものでもあるのだろうか。
「もう一度ジェットコースターに乗ります?」
「……勘弁してくれ」
「冗談」
先程ジェットコースターから降りてきた煉獄さんは本当に見ものだった。
あのカッコいい筋肉粒々の大男が、今にも口からいろんなものを吐き出しそうな顔でフラフラしていたのだから。
流石に二回もそんな体験をさせるわけにはいかないから、軽口はここまで。
さて、本当に最後に乗るものは定番と言われてもおかしくない観覧車に乗ることにした。
高い所は大丈夫かと尋ねたら「平気だが、本当にあのカゴが急に落ちたりしないだろうな?」と疑心な目で言ってきたので、思わず吹き出してしまう。
そこまでビビらなくてもいいのに。可愛い人。
二人で観覧車に乗ると、スタッフさんが扉を開けながら「彼氏さんカッコいいですね」とボソリ呟くから、顔を赤くして首をコクコクするしかなかった。
煉獄さんには聞こえていなかったようで、不思議そうな顔をしていたけど、どうか知らない振りをしていて欲しい。
今日一日だけの特権なのだ。
観覧車はゆっくりと上昇していく。
段々と遊園地の全体が見回せる辺りまで上がってくると、向いに座る煉獄さんが声を上げた。
「素晴らしい」
本当に心からそう思っているような。
そんな言葉を聞いて、私は隣で嬉しくなる。
「そう言って頂けてなにより。また来ましょうね」
ああ、と力強い言葉が返ってくるものだと信じて疑わなかった私だが、煉獄さんは暫く無言で窓の外を見た後、私の方へ顔を向ける。
どうしたんだろう、と私も煉獄さんの顔を凝視するも、煉獄さんは少し寂しそうな笑みを向けるだけ。
そして、
「今日は、名前と二人で出かけられて良かった」
大声じゃなくて、私だけに向けられた優しい言葉。
それを聞いてしまったら、さっきの煉獄さんの表情について問いかけたかったのに、全てが吹っ飛んでしまった。
モゴモゴと口を動かす。恥ずかしくてなんて言えばいいか分からないけど、煉獄さんははっきりといつも言葉にしてくれていた。
だから、私もはっきり言おうと決めた。
「私も、とっても楽しかった」
朝起きたら仕事に行って、帰ったら寝るだけの生活を繰り返してきた。
そんな私の元に煉獄さんがやってきて、家族以外の人と同じ家で過ごす毎日が、こんなに楽しい事を教えてくれた。
出来る事ならもっとずっと傍に居て欲しいけど、それは我儘。
でも、もう少しだけ、この幸せに浸ってもいいよね?
茜色に反射する横顔に見とれつつ、私はこの時間が永遠に続くように願うしかなかった。
◇◇◇
帰り道、もうすぐ家に着くというとこで、煉獄さんがぽつりと呟く。
「今日はさつまいもの味噌汁が食べたいのだが、駄目だろうか」
まるで子犬がおやつをねだるような顔をされても。
さつまいもなんて家に無いから、このまま一旦スーパーに走らないといけないとか、思うことはあったけれど
NOとは言えない私はきっと煉獄さんにとことん惚れこんでしまっているらしい。
最初は一緒にスーパーに行くと言った煉獄さんを制止し、一人で行った方が早いとその場で別れた。
だって、買うものはさつまいもだけだから、一瞬で買い物も終わってしまう。
味噌汁だから、そんなに時間を掛けずに用意だってできる。
だから、私は遊び疲れているはずなのに、小走りでスーパーへ向かい、大慌てで家で戻ってきたのだ。
袋にさつまいもだけをぶら下げて、玄関で靴を脱ぐ。
「あれ、電気…」
おかしいと思ったのはその時だ。
だって、先に煉獄さんが家に帰っているはずなのに、家の中は真っ暗だった。
靴を脱ぎ捨て、廊下をぺたぺたと歩く。
部屋の扉のすりガラスからは、中の様子が薄っすら見えた。
扉に背を向ける様に、煉獄さんが座っていた。
「煉獄さん? 何で電気つけて…」
ないんですか、と続くはずだった言葉。
それが引っ込んでしまったのは、目の前に座る煉獄さんが、見慣れない恰好をして、正座していたからだった。
その服は、煉獄さんがこの時代にやってきた時に身に着けていたもの。
白くて裾が炎のような色をした羽織。
そして、煉獄さんの前にあるローテーブルの上には、あの刀が置かれていて。
ぽかんとその様子を見ていたら、私に気づいた煉獄さんがゆっくり振り返る。
「早かったな。帰ってくる前に、と思っていたのだが」
何を。
どういう事?
煉獄さんは笑っている。
でも胸騒ぎが止まらない。
「どうやらもう少しだけ、俺には時間を与えられたらしい」
何の時間?
言葉にしたいのに、声にならなかった。
意味を理解しているのに、理解したくない。
ただ、血の気が凄い勢いで引いていくだけ。
指先が冷たくなったとき、手に持っていたさつまいもの袋が床へ落ちた。
「お別れだ、名前」
こんな時まで、そんな笑顔を見せないで欲しい。
いつものような穏やかな笑みは、私の胸に深く刺さった。