目の前の蛍光灯の光を反射する金属。
きらりと輝いた先に、奇妙な顔をした私がいた。
それでもなお、私は緊張で手が震える中、そーっと刃にブツを押し当てる。
ス、と音もなくそれは入っていった。そしてあっと言う間に足元に転がる分断されたキュウリ。
それらを拾い上げて両手に持つ私は大きく深呼吸した。
「真剣じゃないですか!」
「だから、そうだと言っただろう!」
煉獄さんは大きな目を私に向けて、ハハハと大きく笑う。
何がそんなに面白いのか、私には一切分からない。
生まれて初めて真剣を目にして、私は顔面蒼白だというのに。
真っ二つとなったキュウリを未だ両手に持ち、私はくるくると部屋の中を回る。
これからどうすればいいのか全く見当つかない上、今まさに私は無免許で真剣を家に保持しているのだ。
これで冷静になれと言う方が無理な話だ。
「そんなに回っていては、机の脚にぶつけてしまうぞ」
「何で煉獄さんは冷静なんですか!? 貴方、自分のおかれた状況を理解していますか!?」
「ああ、十分に理解している」
先程までケラケラと笑っていた表情が、急にキリリと真面目な顔へと変わる。
私はそんな煉獄さんの様子にどう反応すればいいのかもわからないので、そのままストンとカーペットの上にお尻を落とした。
テーブルの上にある、本物の刀を見つめながら。
煉獄さんの知っている事、私の知っている歴史。
それらをすり合わせた結果、信じられないが煉獄さんがこの時代の人間であるとは到底思えない事が判明した。
現代人ならば当然知っているだろうあらゆる家電への反応や、窓の外を眺める物珍しい表情。
全てが演技だと言われればそれまでだが、とても演技でそんな反応をしているようには見えなかった。
何より、彼が携帯していた刀は本物の刃がついていた。
冷蔵庫にあったキュウリが犠牲となり、それは証明された。
しかも、長期間使い古されたような見栄えもしているし、家で大事に保管されていたとは考えられない。
煉獄さんが大正時代からやってきた人だとは完全に信じていないけれど、現代人だとも思えない。
だってこの人、さっきトイレの使い方を教えたら、トイレの中で散々喚き散らしていたんだもの。
「これも鬼の仕業か」なんて真面目な顔をしてトイレから出られたら、笑っていいのか突っ込んでいいのか分からなかった。
「俺がこの時代にやってきたのは、きっと鬼の血鬼術によるものだ」
「……さっきから鬼、鬼って言いますけど、鬼って桃太郎とかに出てくる鬼ですか?」
「いや、」
煉獄さんは鬼に関してざっくりと私に分かりやすく説明をしてくれた。
とても分かりやすい説明だったけれど、私からすれば、それは漫画や映画の世界の話でいまいちピント来ない。
超能力が使える鬼なんて、どう考えても桃太郎の手に負えないじゃない。
首をあっちこっちに傾げながら、刀と煉獄さんを見比べる。
そして気づいた。
煉獄さんの衣服が無い事に。
「…服」
「服?」
「煉獄さんの服がないです」
「ああ、それなら隊服と羽織があるから…」
「一着しかない服で、どうやって生活するんですか!」
さっきから叫んでばかりな気がする。
徹夜明けで、上手く頭も回転していない自信はあるけれど、それにしたって屈強な成人男性をいつまでも半裸にしていいはずがない。
自分の家にあるTシャツを引っ張り出し、煉獄さんの胸の前に当ててみた。
「……」
「手ぬぐいか!」
煉獄さんの納得したような顔の前に、私は盛大に落胆していた。
考えればわかることだ。これだけ肩が広く、胸板があって、私よりも大男である煉獄さんが、レディースのTシャツなど着れるはずもないことに。
手ぬぐいと間違われるくらい、ちんちくりんな見た目に、私は溜息を吐いた。
「煉獄さん、今から服を買ってきますので、留守番をお願いしてもいいですか?」
「そんな! 俺の為に君にそこまでしてもらうわけにはいかない!」
「…どちらかというと、私の為に服を着て欲しいです」
何度も言うが、筋肉隆々の裸体をいつまでも曝け出されるほうが、困る。
徹夜明けでどれだけ眠かろうが、服くらいは買いに行かねばなるまい。
私はトイレで適当な外出用の服に着替え、財布を持って飛び出す事にした。
最後まで煉獄さんは服を買う事に申し訳なさそうにしていたけれど、こればかりは仕方ない。
出る直前に「ベッドの上から抜け出さない事」「家の中で必要以上に叫ばない事」「誰が尋ねてきても無視すること」を約束させ、私は落ち着かないけれどなんとか家を出る事に成功した。
日差しを浴びつつ、繁華街に向かって歩いていると、本当に昨晩の出来事は夢なんじゃないかなんて思ってしまう。
夢ならばどれだけ良いか。
適当な服屋に入り、メンズの服のセンスなんて皆無な私は、ひたすらマネキンの着ている服をカゴへ納めていく。
やっぱり寝ていないのがダメだったのか、レジで値段を読まれるまで、どれくらいの価格の物をカゴに入れていたのか全く気付かなかった。
今さら「そんなのいりません」なんて言えないので、泣く泣く生まれて数回しか使っていないカードを取り出した。
両手に沢山の袋を携えて自宅へ戻ってくると、部屋の奥から「お帰り」という声が聞こえてくる。
やっぱり夢なんかじゃなかった。
私はふう、と息を吐いて靴を脱ぎ捨てた。
「……新しい手ぬぐいか!?」
テーブルに広げた洋服を見て、大変失礼な事を口にする煉獄さんには、あとで傷口に消毒液スプレーという拷問をかけようと誓った。