05

新しい手ぬぐい、もとい私が買ってきた洋服を煉獄さんに着てもらうと、そこにはなんということでしょう、ムチムチTシャツ大男の姿が。
何故かTシャツとチノパンを履いて仁王立ちしている姿は「褒めて褒めて」といわんばかりのわんこである。
私は取り合えず、煉獄さんに謝罪するところから始めた。

「今度は、もう少し大きいサイズのものを買ってきますね…」
「いや!さすがにそれは申し訳ない。これで十分だ、ありがとう」
「……なるべく早く買ってきます」

十分だと言われても、それだけ筋肉質なTシャツは見たことが無い。
ジムでトレーニングをしている、筋肉見せたがり男ならまだしも、こんなムチムチな人が外を歩くのは、ちょっと。
まあでも、煉獄さんが外に出るようになるまでに用意すればいいか。
何てことを思いながら、私は服と一緒に買ってきた適当な総菜をテーブルに広げる。
大したおかずではないのに、煉獄さんは「豪華だ」「美味しそうだ」と喜んでくれる。
…何だかとても申し訳ない気がしてきた。

ご飯を食べる所作は本当に綺麗だった。
背筋が伸びて、とても姿勢がいい。思わず見とれるくらいに。
問題があるとすれば、まるで何もかも飲み込んでしまいそうになるくらい大口を上げて、一瞬のうちにテーブルのおかずをカラにしてしまったことくらい。
私が箸をつける前のものまで空っぽにされてしまい、怒りでプルプルと手が震えた。

「ん、どうした? 食べないのか?」

これはもうギャグのつもりだろうか。
私はなるべく鋭く目を細め、煉獄さんを睨むと

「こちらのおかずは一人前ではありません。煉獄さんの胃袋はブラックホール並みに吸収するのかもしれませんが、私の口には一口も入ってない事を御理解下さい」

と言う。
すると、パクパク口を動かしていた煉獄さんがぎょっとした顔になり、ぱちんと箸をテーブルに置く。

「ぶ、ぶらっくほーる、とは何か存じ上げないが、つい食べ過ぎてしまった。申し訳ない!」
「別にいいですけどねぇ、病人は沢山食べることと、休息をとることが仕事ですから」

いい、と言いつつも煉獄さんを睨むことは忘れない。
煉獄さんはとうとう床に手を付いて謝り始めたので、私は我慢できずにぷ、と吹き出してしまった。
令和で土下座を見る事なんてそうそうない。

「冗談です。でも残りのおかずは私の分も残しててくださいね」

そう言うと、煉獄さんは苦笑いを見せて「勿論だ」と言った。

お皿も片付けて。
やることが途端になくなった。
私もカーペットの上に座り込んで、テーブルに肘をつく。
何となく、違和感を感じたのでテレビのリモコンで遊んでいる煉獄さんに声を掛けた。

「あのー」
「…すまない、夢中になっていた。何だろうか」
「私のお名前、憶えてますか?」
「…ああ! そうだ。何と呼べばいいだろうか」

リモコンを置いて、ポンと手を叩く煉獄さん。
自己紹介は目が覚めたときにしたと思うけど、まだ一度も名前を呼ばれていない。
もしかして忘れているんじゃないだろうか、と思って尋ねてみたけれど、一応覚えているらしい。
「普通に読んでいただいて」と言うと、煉獄さんはぽりぽりと頬を指で掻きながら、

「名前を教えて欲しい」

と微笑む。
世の女子たちがこのイケメンの微笑みを見てしまったら、一瞬で恋に落ちるのかもしれない。
私は、残念ながら、ムチムチのTシャツの方が気になってしまって、それどころではなかった。

「名前です」

そう言えばさっきは苗字しか教えなかったな、と片隅で考えながら呟く。
そして自分でもびっくりなくらい大きな欠伸を一つ。
ああ、そうだった、私徹夜明けだったんだ。

気が抜けると途端にやってくる眠気になんとか逆らっていると、煉獄さんがするすると近づいてくる。
私の肩に手を置いて「もう眠るといい」と優しく言ってくれた。

「昨晩中ずっと俺を看病してくれていたのだろう? 無理はするな、名前」

初めて名前を呼んでくれたなぁ、なんて考えながらもやっぱり頭はちゃんと働かない。
色々考える事が目の前にあったはずなのに、私は肩にある大きな手に安堵して、余計に眠気が襲ってきた。
テーブルに肘をついていたはずなのに、もう頬までテーブルに引っ付いている。
それを見て、煉獄さんが何か横で喋っていたけれど、私の耳にはもう届いていなかった。

「んん、」

私の髪をそっと掬う手に捩ろいで、私は完全に瞼を閉じた。

「おやすみ、名前」

眠ってしまった私を抱き上げて、煉獄さんが耳元で呟いていた事など、知る由もなく。


◇◇◇


とても心地よかった。
暖かい何かに包まれているような、まるで雲のお布団のような。
昔実家で飼っていた犬に抱き着いている感覚と似ていた。
だから、私は目の前のふわふわしたものを精いっぱい抱きしめた。
実家の犬はいつも抱きしめると、私の頬を舐めてきていたけれど。
残念ながら、今抱きしめているものは、舐め返してくることはなく、それよりもばたばたと暴れ、声にならない声を上げている。

「あれ?」

瞼を閉じたまま、夢にしてはちょっとおかしくないか、と気づき始めていた。
何だか感覚がリアルな気がするし、段々耳に入る声もクリアに聞こえてくる。
そう、私の耳に入った音、声は、紛れもなく煉獄さんが私の胸に顔を埋めて、くぐもったもの。

私は一瞬で目が覚めた。


「いやぁあああ!!」


叫び声を上げながら気づいたことは、同じベッドの上で煉獄さんと並んで寝ていたこと。

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