「本当にごめんなさい!!」
ベッドの上で土下座する女なんて、私くらいしかいないだろう。
ピチピチTシャツの大男、煉獄さんは私の前に同じように座っているけれど、頬を赤らめたまま何とも言えない顔をしている。
窓の外からの太陽の光が、土下座する私と煉獄さんを照らしていた。
「頭を上げてくれ、名前。女子の布団に潜り込んだ俺が悪いんだ」
「…それも、私がテーブルで眠ってしまって、ベッドに運んでくれた煉獄さんを離さなかったからじゃないですか…。あーもう、何てこと」
そう。
昨晩、晩御飯を食べて少し話し込んでいた記憶はある。
それからプッツリ意識は無くなって目が覚めたら、私は明るい色の髪色の頭をぎゅうぎゅうに抱きしめて布団に入っていたのだ。
親切心でベッドに運んでくれた煉獄さんのピチピチTシャツを離す事なく、そのまま二人でシングルのベッドに横になったと聞く。
想像するだけで恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
そして夢で犬と間違えて抱きしめるなんて、どう考えても痴女のそれだ。
煉獄さんは「気にするな」と言うけれど、年頃の娘である私はとてもじゃないが気にしないわけにいかない。
「煉獄さんには不快な思いまでさせてしまい…」
「不快なんてとんでもない! むしろ、」
「…むしろ?」
「いや、それより、昨日はよく眠れたみたいだな。前の日に徹夜させてしまったから、心配だった」
しまった、という顔をした煉獄さんが慌てて表情を切り替える。
煉獄さんの言う通り、私もそれは実感している。
目が覚めた時のトラブルはあったけれど、頭はすっきりしているし、肌ツヤもいい気がする。
やはり人間、睡眠はしっかりとらなければならないのだ。
お陰で当面の事を考える余裕すらある。
「…煉獄さん、明日からの事なんですが」
明日、つまり月曜日。
世の社会人の大多数が嘆く、月曜日が始まる。
私も出来る事ならこの家から出たくはないが、生活していく以上、仕事には行かなければならない。
つまり、この家には煉獄さん一人になってしまうのだ。
昨日服を買いに行く時に、留守番をさせたけれど、それも数時間の事。
朝から晩まで帰らない間、何とか過ごせるだろうか。
それだけは酷く心配である。
私の表情を読み取ったであろう、煉獄さんが「うむ」と大きく頷く。
私が仕事をしている事も既に話しているから、この家で一人になることは承知済み。
むしろ「俺も何か手伝えることはないだろうか!」なんて言われてしまったけれど、大正時代の人にPCを叩ける筈もなく。
お気持ちだけ受け取って、私はそれを丁重にお断りした。
「お昼ご飯は、今日中に全部作り置きしておきます。冷蔵庫の中に全て保存していますので、お腹空いた時に食べてくださいね」
「…ほとほと便利な世の中だ」
「確かに、昔とでは比べ物にならないくらい便利な世の中です。全部覚えるのは大変ですが、覚えたらとても楽に生活できるので、頑張ってくださいね」
「ああ!」
台所の冷蔵庫の扉をガシャンと開けて、中身を見せると感心したように煉獄さんが頷く。
その他、教えておく必要のある事は何だろうか。
首を僅かに傾けて、私は顎に手を置いて考えてみる。
あ、そうだ。
「それから、絶対にこの家から出ないで下さい」
これは絶対だ。
今の煉獄さんが外に出ようとするならば、きっとあの腰に刺していたものも一緒に持っていくのだろう。
再三「この時代では帯刀が許されていません」と伝えたけど、
「俺の住んでいた時代も本来帯刀は許されていない」とあっさり言われてしまって。
許されていないのにも関わらず帯刀していたのか、と色々衝撃的な事実が知れてしまったので、私は呆れてそれ以上言うのを諦めた。
それに、きっと外に出たら煉獄さんにとっては魔境。
何処に何があるかもわからず、迷子としてさまよう事間違いない。
見た目成人済みの大男が迷子だなんて、それはそれで問題だ。
「明日はなるべく早く帰りますから」
「無理はするな。俺も男だ、家主の留守を預かろう」
「ありがとうございます」
穏やかな笑顔に、きりっとした眉。
それが凄く私の気持ちを安堵させた。
この調子なら、問題などなさそうだ。
そう、この時はそう信じていた。
次の日の晩に帰宅するまでは。
◇◇◇
「これは、何ですか」
何とか大急ぎで仕事を終わらせ、お局の小言を完全にスルーし帰宅すると、玄関に広げられた大きな段ボール箱。
それを無理やり開けたのだろう、段ボールには大穴が開いていて、中から何かを取り出した形跡があった。
おそるおそるリビングへ入ると、中からは元気な煉獄さんの「おかえり!」という声が聞こえてくる。
ただし、テーブルの上には見た事もない洗剤と浄水器の機械が置いてあった。
震える声で何とか絞り出すように言うと、煉獄さんは明るい笑顔をこちらに向けて、口を開く。
「飯を美味しくする水を作るためのカラクリだそうだ。心優しい男が置いていってくれた」
褒めて、と言わんばかりの表情。
私はピシ、と表情が凍り付くのを感じる。
「私、誰かが訪ねてきても開けないで、って言いませんでした?」
「ああ…だが、客が捕まらず困っているようだった」
「……煉獄さん……」
しゅん、と眉を下げる大男。
それは完全に相手の営業トークという奴です。
相手にとって煉獄さんは本当に容易いカモだったに違いない。
相手の話をふんふんと聞いている様子が、簡単に脳裏に浮かんだ。
……まあ、優しい人だという事は重々承知なんですけどもね。
盛大な溜息を吐いて、私は取り合えずスーツのまま仁王立ちをするところから始めた。