その背中ずっと見つめて


「なあーお姉さん。一緒に飯食いに行かね?」
「行かないし、私これから塾だし」
「じゃあ、送って行ってやるよ」
「結構です。ついてこないで」

おかしい。
いつものように放課後は塾に行くため、繁華街を一人歩いていただけだ。
いつもと同じ。車の通りは多いし、たまにガラの悪そうな連中が歩いていることはあっても、絡まれるような容姿をしていないし、私にとってはなんら問題のないことだった。
なのに、今日に限って。
塾用のカバンを肩から下げ、急ぎ足で道を歩いていたら、突然背後から声が掛かったのだ。
「お姉さん」と声変わり直後の少し高い声で、そう呼ばれて。
落とし物でもしたかな、なんて呑気に考えながら振り返るとそこには、甚平を着た金髪の男の子が一人。
草履を履いて、ポケットに手を入れて。
身長は私と同じくらいのように見えたけど、お姉さんと言われるほど年も離れているようには見えなかった。
まだ子供らしさの残る幼い笑顔を私に見せて、もう一度「お姉さん」と言う。

「何か?」

何か用だろうか。
特段何の疑いもなく問うと、男の子はにこりと微笑みながら「今、暇?」と尋ねてくる。

「…暇じゃないけど」
「ふうん。ねえ、俺と少しお喋りしない?」
「何で…?」
「何かそういう気分だから」

道行く人が私達を不審そうな目で見ている。
そりゃそうだ。
私も同じ目で男の子を見ている。
これは、所謂ナンパ、と言う奴なのだろうか。
そんなの生まれて初めて体験したから、イマイチ反応に困る。
でも本当に私は暇じゃないのだ。だから正直に断ったのに、男の子は引かない。

ぶっちゃけると、私は地味な方だと思う。
クラスでも美人や可愛い子はいるけれど、決して私がその中に名を連ねたことはない。
おさげでメガネをかけていることも、地味の代名詞ともいえる。
別に学校でオシャレをする必要はないと思っている、何故なら私は受験生だからだ。
勿論、全くオシャレをしないわけではない。
友達と遊びに行くならまだしも、ただ教室で缶詰になって勉強するのに、マスカラやアイプチが必要だとは思わない。
…そして、今の私は学校帰りのおさげ&メガネ。
これで声を掛けてくる勇者は数少ないと思う。

だけど、目の前の金髪の男の子は人懐っこい顔を見せたまま「え〜」と唇を尖らせる。
ただの暇つぶしの相手を探しているのなら、私は候補から外して欲しいのが本音だ。

そうして冒頭へと繋がるのだ。


いくら断っても引かない男の子。
むしろ無視して歩き始めている私の後ろを一定間隔でついてくる。
ストーカーとまではいかないけど、これはこれで迷惑だ。

「なあ、いこーよ」
「ごめんね、これから塾だから」

そう言って立ち止まったら、男の子も立ち止まる。
塾の入っているビルの前に到着したからだ。
男の子のハーフアップの髪が緩く揺れ、明らかに不機嫌そうに顔を歪めた。
「ちぇ」と可愛らしい文句が聞こえたところで、社交辞令のつもりで「またね」と言ってビルの中へ入る。
流石に男の子はついてこなかった。
良かった、これでどこかへ行ってくれる。
その時の私は安心して、授業を受ける事が出来たのだ。


◇◇◇


「よっ」
「え?」

二、三時間経って、塾の授業が終わり、ビル外へ出てきた私は驚愕した。
ビルの出口の前のガードレールに腰かけて座る、先程の男の子がいたからだ。
手にはスナック菓子があって、暫くそこで過ごしていたんだろうなという事が分かる。
まさかだと思うけど。

「もしかして、終わるまで待ってたの?」
「またねって言ったじゃん。だからずっと待ってただけ」
「……え?」

あまりに真面目な顔で言うもんだから、社交辞令って知ってる?なんて気軽に聞けなくなってしまった。
男の子は手首に下げたコンビニの袋に食べかけのスナック菓子の袋を放り込み、そのままつかつかと歩いてくる。
そして、私の腕を引き、歩き始めてしまった。

「腹減ったー。飯食おうぜ」

腕を引かれつつ、混乱する私にまた屈託のない顔でにこりと笑う男の子。
名前も知らない、ついさっき知り合った男の子に私は嫌悪すら抱く事なく、むしろちょっとくらい付き合ってもいいかな、なんて考え始めていた。
勉強のし過ぎでおかしくなったのかもしれない。
離す気がなさそうな手首を見つめつつ、私は「ねえ」と声を掛ける。
振り返ることなく男の子は「何?」と返事をする。

「名前、なんて言うの?」
「俺? 俺はマイキー。いいから、早く行こうぜ、名前」

あれ、私の名前。
マイキーという日本人離れした名前を頭に記憶していたら、突然自分の名前を言い当てられて声を失う。
さっき教えたっけ、と記憶を辿るが全く覚えがない。

「こんな時間までよく勉強なんかできるよなー」
「……あ、うん」

なんかそんな事はどうでも良くなるくらい、気の抜けたセリフだった。
やっぱり勉強のし過ぎて疲れているんだろう。
じゃなかったから、こんな知り合ったばかりの子とご飯に行ったりしないもの。
それでもいっかなんて、思ったりしないもの。



その背中を見つめて



まだ子供っぽいなとも思うけど、それでも少し筋肉質な背中だなぁ。


数日後、マイキーという金髪男子が何者かを知った時には、毎日のように連絡が来る間柄になってしまっていた。

……普通の受験生に戻れる、よね?

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